第52話 それぞれの都合
ジュリアーノ・レグリア第一王子が自ら率いる、第一王子派の主力の軍勢。王国軍を基幹に徴集兵を加えたレグリア軍がおよそ六千、諸貴族軍がおよそ六千、そしてヴァロワール家の陣営より送り込まれた援軍がおよそ五千。
総勢で一万七千にも達する大軍は、しかしジュリアーノが期待したほどの規模ではない。本来は二万を優に超える兵力を揃え、その圧倒的な数をもって第一王女派を倒すはずだった。しかし、アルメリア家の陣営が参戦してきたために、そちらにも兵力を多く割かざるを得なくなった。
とはいえ、北に兵力を割いてもなお、第一王女派に対する数の有利は揺るがない。集結を終えた軍勢は、四月中旬に王都トリエステ近郊より出撃した。
その後の行軍は、ジュリアーノの思うようには進まなかった。大きな要因の一つは、徴集兵たちの練度の低さ。整列も、行進も、野営準備や片付けも遅い徴集兵たちは、正規軍人たちの足をどうしても引っ張ってしまう。
それに加えて、敵の時間稼ぎの策も行軍速度の鈍化に拍車をかけた。おそらくは生前のピエトロ将軍の入れ知恵か、第一王女派は王都から拠点の都市サヴォーナへと続く街道上の何箇所かを、派手に破壊していた。街道に面した森の木々を切り倒し、道を塞ぐという姑息な妨害工作のために、それを除去しながらの軍勢の歩みはさらに遅くなった。
障害を乗り越えてようやくサヴォーナ近郊に辿り着き、対峙したのは、第一王女派の軍勢およそ九千。存亡がかかっている戦いだからか、敵側の人口規模やこれまでの損害を考えると、少なくとも頭数に関してはそれなりに努力して集めていると言える。
将兵の数でも質でもこちらが有利だが、第一王女派の軍勢は丘の上に位置取り、柵や空堀などを立てて防御陣地を構築している。ジュリアーノとしては最終的に勝つ自信があるが、できる限り少ない損害で勝利を成すために、攻め方はよく考えなければならない。
戦術家としての才覚も持つジュリアーノが、参謀たちとも話し合って作戦を決め、攻勢の準備を命じた矢先――北の戦場より新たな報せがもたらされる。
報告によると、ミランダ・アルメリア侯爵率いる北の敵軍が、数百騎ほどの騎兵部隊をいくつか編成し、第一王子派の各貴族領を荒らし回っているという。
オルランド・コッポラ伯爵率いる軍勢の緒戦での敗北については、ジュリアーノも東進の最中に報せを受け取っていた。敗走はしたものの、オルランドの巧みな指揮もあり、レグリア軍を中心に一定の兵力が維持されて城塞都市で守りを固め、敵軍のさらなる南進を防いでいる。籠城に備えた物資集積なども事前になされているため、ジュリアーノ率いる主力が第一王女派を打倒するまで都市は十分持ちこたえる。
なので敵の行動は、単なる嫌がらせに過ぎず、放っておけばいい。ジュリアーノはそのように考えたが、しかし貴族たちの反応は違った。
リュクサンブール家の破壊騎兵をはじめとした敵騎兵部隊が、自分たちの領地を好き勝手に蹂躙している。そう聞かされた貴族たちは、ひどく動揺した。そしてジュリアーノに申し出た。第一王女派との戦いを一時中断し、アルメリア派による破壊活動を止めるために北へ向かいたいと言い出した。
「おのれ、馬鹿どもが……どうして長い目で全体の利益を見ることができない」
貴族たちの申し出を受けたジュリアーノは、司令部天幕に自身と側近だけを残し、吐き捨てるように言う。
第一王子派の全体で見れば、このまま攻勢を続け、一刻も早く第一王女派を打倒してしまうのが最善。東に敵がいなくなった後に主力を北進させれば、オルランド率いる残存兵力も合わせて敵を数で圧倒し、退却に追い込み、もって王国中央部の安寧を取り戻すことができる。
しかし、東を攻めている間中ずっと自領を荒らされることを、貴族たちは当然に厭う。王領はあまり荒らされず、貴族領ばかりが損害を被っている現状、ジュリアーノが我慢しろと言っても貴族たちは不満をつのらせるばかりとなるだろう。
彼らの気持ちはジュリアーノも理解できる。が、感情面で納得し、許すことができるかは別。自分たちの利益を最優先し、あれこれと要求してくる貴族たちの言動が、ジュリアーノには鬱陶しくて仕方がない。戦術面でどれほど上手くやったとしても、貴族たちが戦略面で足を引っ張ってくるのであれば、戦争の終結は遠のくばかり。
第一王子派などと言っても、所詮は野心のために寄り集まっただけの連中か。
おそらくは敵側も、こちらを意図的に分断させるためにこのような手に出ている。いくつもの貴族家から成る陣営の脆さを、アルメリア侯爵はよく理解している様子。名家の当主としての経験値では、あちらが明確に上か。
「殿下。いかがいたしましょう」
「……止むを得まい。諸貴族軍の離脱を許可する。敵陣への攻勢は中止し、作戦を練り直す」
貴族たちの申し出を拒否すれば、彼らは第一王子たる自分への反感を抱き、最悪の場合では敵側に寝返る。だからこそジュリアーノは、諸貴族軍が自領を守るために別行動をとることを認めざるを得ない。
総勢で六千の諸貴族軍が抜ければ、こちらの残存兵力は一万一千ほど。なおも数の有利は保っている。主力であるこの軍勢は正規軍人の割合が高く、質の面でも敵に勝っている。ジュリアーノとしては、勝つ自信が十分にある。
が、戦い方は変えなければならない。勝利に要する時間はさらに長くなるだろう。ジュリアーノの顔に浮かぶ苛立ちの色が強くなる。
・・・・・・
ウィリアム・アーガイル伯爵を大将としたアルメリア家の陣営の別動隊と、オクタヴィアン・ヴァロワール侯爵率いる軍勢は、バルネフェルト伯爵領とヴァロワール侯爵領の領境付近で睨み合っていた。互いに、相手陣営を牽制するのが最重要の役割。兵力差もほとんどない。だからこそ、両軍とも攻勢に出ることはなく静かに対峙していた。
オクタヴィアンが日中の多くの時間を過ごしている、ヴァロワール家の陣営の司令部天幕。そこへ新たな報せがもたらされたのは、四月の末のことだった。
報告によると、王領北部の会戦ではアルメリア家の陣営の本隊が勝利し、第一王子派の諸貴族領で騎兵部隊による破壊活動を開始。それに対応するため、第一王子派の主力から諸貴族軍が離れ、北に向かっているという。
察するに、第一王子派はどうやら思わぬ苦戦を強いられている。第一王女派が逆転勝利する可能性も、現実的なものとなってきた。オクタヴィアンはそう考える。
もし第一王子派が敗れれば、自分とリッカルダ第二王女の結婚もおそらく不可能となる。そのような未来はとても受け入れ難い。
しかし、自分の奮闘によって状況を変えられるとしたら。例えば、目の前にいるアルメリア家の陣営の別動隊を粉砕し、さらに北進したら。手薄になっている自分たちの勢力圏を守るため、王領を攻めているアルメリア家の陣営の本隊も退却せざるを得なくなるだろう。
そうなれば、第一王子派は再び第一王女派との戦いに注力できるようになり、勝利を収めるだろう。新たにレグリア王となるジュリアーノ第一王子は、大きな貢献を成したヴァロワール家にますます好感を抱く。戦勝後はより厚遇してくれる。
リッカルダも、レグリア王家を助けた自分に感謝し、より尊敬し、そして愛してくれる。
そのような結論に至ったオクタヴィアンは、微笑を浮かべて口を開く。
「対峙しているアルメリア派の軍勢を撃破し、アルメリア家の陣営の勢力圏に侵攻する。敵地への侵攻をもってより強力な牽制を成し、第一王子殿下による戦いをお助けする」
オクタヴィアンの決断に対する側近や貴族たちの反応は、様々だった。睨み合いばかりが続く状況に焦れていた好戦的な者たちは喜んだが、兵力的に互角で将兵の質では劣っている現状で、攻勢に出ることを不安がる者も少なくなかった。
「閣下、畏れながら申し上げます。今この状況で攻勢に出るのは、危険な賭けとなるでしょう」
「もちろん、それは分かっている。覚悟の上で言っている」
慎重派の声を代表するように進言した側近に、オクタヴィアンは冷静な微笑をたたえながらそう返す。
「我々がこのまま何もせずにいて、もし第一王子派が敗北すれば、我々の陣営は躍進を成せず、それどころか東と北に強力な敵を抱えて危機に陥る。どうせ臨むのならば、行動せず味方の勝利を祈るだけの賭けよりも、自分たちの奮戦次第で勝利の可能性を高めることのできる賭けの方がいいと思わないか?」
その問いに対し、勇んで同意の声を上げる者はいても、はっきりと異を唱えることができる者はいなかった。
「……では、決まりだな。我々は偉大なる躍進を成すため、偉大なる勝利を目指す。諸卿の奮戦に期待している。もちろん私も、賭けに出ると決めた責任をとって奮戦しよう」
結局、オクタヴィアンの決断がそのままヴァロワール家の陣営の決断となり、ウィリアム・アーガイル伯爵率いる敵軍への攻勢準備が開始される。




