第49話 本隊の戦い①
四月の中旬。アルメリア家の陣営の本隊は、第一王子派の勢力圏と睨み合う上での最前線――リュクサンブール伯爵領に集結した。
基幹となるのは、盟主の軍たるアルメリア軍。領軍二千に徴集兵三千を合わせた総勢五千ほどが動員される。
東部直轄領――すなわち旧レスター公爵領南部を含めると八十万を超える領民を抱えるようになり、旧レスター公爵領軍も合わせると七千を超える規模の領軍を備えるアルメリア家だが、領地規模の大幅な拡大から一年も経っていない現在は、あまり無茶な軍事行動をとることはできない。
領内社会には昨年の戦争による疲弊が残っており、特に新領地である東部直轄領は未だ不安定な部分もある。徴集兵を動員しようにも限度がある。領軍も、昨年の死傷者と入れ替わるかたちで新規入隊した将兵や、旧レスター公爵領軍から合流した将兵などは、直ちに万全の働きができるとは言い難い。
今回はあくまで第一王女派への助力の立場であり、場合によっては損切りをすることも想定している。無理をしてまで大兵力を投じる意味は薄い。当主ミランダがそう考えた結果として、アルメリア家はこの本隊に五千を、別動隊に二千五百を投入している。決して少なくはないが、現在のアルメリア侯爵領の規模から考えると動員数の限界というわけではない。
アルメリア家に次ぐ規模の兵力を動員するのが、昨年にレスター家の陣営から鞍替えしたリュクサンブール軍。リュクサンブール伯爵領が最前線であるため、領地人口十五万に対して二千五百の大兵力を揃えている。
リュクサンブール伯爵領は良馬の産地として知られ、リュクサンブール家は一千もの騎士から成る騎兵部隊、通称「破壊騎兵」を常備兵力として備える。今回の動員兵力には、騎士七百と歩兵や弓兵など三百が含まれており、アルメリア家からすれば非常に心強い戦力となっている。
また、昨年の戦争においては敵側の盟主だったレスター家も、十五万の領地人口に対して一千の兵力を供出している。残された領地が大陸東部の北端と戦場からやや遠く、大陸北部の寒冷地帯に対する監視も行わなければならないレスター家の事情を考えると、なかなかの動員数と言える。
このように旧レスター派の貴族たちが、おそらくはアルメリア家に対する臣従の意思を行動で示すためにも気合の入った動員を成したおかげで、本隊の総兵力は一万四千に達した。
対して、アルメリア家の陣営を睨むかたちで集結している第一王子派の軍勢の規模は、リュクサンブール伯爵領軍騎士たちの偵察によると推定で一万四千。ほぼ互角。
「……敵側も、かなりの動員を成しているのですね」
各軍を率いる貴族たちが集まった軍議の場。敵軍の規模を聞いて驚愕を隠さず呟いたのは、シャーロット・レスター公爵だった。
今は亡きクリフォード・レスターの長女であるシャーロットは、自死した父の跡を継ぎ、権勢を大幅に縮小させたレスター家の当主となった。現時点での爵位は公爵だが、アルメリア王国再興の後には、領地規模を鑑みて伯爵に落とされることが決まっている。そのため、立場としては伯爵相当、本隊を率いる盟主ミランダよりも格下として扱われている。
軍議の場に並ぶ他の貴族たちも、皆一様に驚きを示す。第一王女派と今まさに戦い、キルツェ辺境伯家の陣営を警戒することにも兵力を割いている第一王子派が、アルメリア家の陣営と対峙するためにこれほどの戦力を割くとは誰も予想していなかった。
「数では互角だが、敵はおそらくかなりの無理をして頭数を揃えている分、将兵の質や士気は相当に低い。恐れるには値しない」
ディートハルト・リュクサンブール伯爵がそう語り、敵軍の陣容を説明する。
総勢で一万四千ほどと見られる敵軍のうち、およそ五千が王領より動員された兵力。五千が、第一王子派の王国中央部貴族たちの集めた兵力。
そして残る四千は、旧レスター派貴族の手勢。
昨年にアルメリア家の陣営と対立していた時点で、レスター家の陣営が抱える総人口はレスター公爵領を含めて推定で百四十万ほどだった。レスター家の敗戦とアルメリア家への臣従を受けて、レスター派の貴族家の多くはアルメリア派に鞍替えした。
しかし、全員が素直にアルメリア家に下ったわけではなかった。旧レスター公爵領南部と王領の間に領地を持つ貴族家の一部が、様々な理由から、アルメリア家への臣従を厭って第一王子派の方へ鞍替えした。そうした貴族家の領地の総人口がおよそ十万。第一王子派から見れば、これらの貴族家の領地が、対アルメリア派の現在の最前線ということになる。
これらの貴族家からすれば、今回の戦いは、一度はレスター家についた自分たちを受け入れてくれた第一王子への忠誠心を示す禊の場。また、この戦いでアルメリア家の陣営に敗北し、自領への進軍を受ければ、ろくな結末にならないことは明らか。
だからこそ彼らも必死なのか、総人口十万に対して総勢四千という、現実的な限界に近い動員を成している。
「旧レスター派の貴族家が集めた兵に関しては、兵と呼べる代物かも怪しい。強制的にかき集められた数合わせの民兵など、まともに戦いに臨むとは思えん」
「リュクサンブール卿の言う通りだ。その内実から考えて、敵の陣容は見た目の規模に比して脆いはず。こちらが有利であることは間違いない」
軍議の中心にいるミランダも、ディートハルトの言葉に同意を示す。落ち着いた口調での断言と自信に満ちた表情によって、大将としての余裕を見せる。
「各軍が十全に力を発揮して堅実に戦えば、必ずや勝利を掴むことができるだろう。諸卿におかれては、引き続き自軍を万全な状態に保ってほしい。予定通り、明日には南進を開始する」
ミランダの呼びかけに貴族たちが応え、この日の軍議は終了となった。
・・・・・・
数日後。南進したアルメリア家の陣営の本隊は、リュクサンブール伯爵領の領境を越えて王領へ侵入したところで第一王子派の軍勢と遭遇。互いに距離をとって野営地を置いた。
そして翌日。両軍はそれぞれ布陣し、戦場となった丘陵地帯で対峙する。
アルメリア家の陣営の本隊は、中央にアルメリア軍を基幹とした主力がおよそ五千。右翼にはレスター軍や、騎士以外のリュクサンブール軍など、主に旧レスター派の貴族家の軍から成るおよそ三千。左翼には元よりアルメリア家の陣営に属している諸貴族家の軍およそ三千。後方に予備軍がおよそ一千五百。さらに、陣形右端後方には総勢七百騎ほどの騎兵部隊。
一方の敵側は、中央にレスター派から第一王子派へと転向した諸貴族家の軍がおよそ四千。右翼には元より第一王子派に属している諸貴族家の軍がおよそ四千。左翼には王領より送り込まれたレグリア軍が四千。後方に予備軍が一千数百と、最左翼後方に騎兵部隊がおよそ五百騎。
今回の戦場は丘陵地帯。地形は昨年の会戦時よりも起伏に富んでいる。両軍とも丘陵の狭間の平地に集まるように布陣しているが、戦場の東側――アルメリア家の陣営から見て左手側には長大な丘陵が壁として存在し、そのため互いに東の側面に回り込むことは難しい。
また、敵の左翼、レグリア軍と騎兵部隊が布陣している辺りも緩やかな丘になっており、敵側が高所を取っている状況。こちらから見れば、守りづらく攻めにくい。
「……かき集めた徴集兵を使い潰すつもりなのでしょうか」
本陣から敵の布陣を見て呟いたのは、シャーロット・レスター公爵。以前は敵だったが今は庇護すべき味方であるレスター家の当主の言葉に、ミランダも頷く。
「おそらくはそうだろう。強制的に動員した民兵の使い道としては間違いなく効果的だが……個人的には好かない戦い方だな」
「同感です。守るべき民を、まるで肉の壁のように扱うなど……」
そう答えるシャーロットの横顔を見ながら、ミランダは微笑する。
クリフォード・レスター公爵は、敵ではあったが悪人というわけではなかった。彼の教えを受けて育ったシャーロットも、領主貴族としてはごくまともな倫理観の持ち主なのだと、この発言から分かる。
敵陣の中央を担うのは、領民の男たちを半ば力ずくで徴集しただけの、戦力的には最も脆弱なはずの旧レスター派の諸貴族軍。その徴集兵たち――総勢四千弱が前面に並び、後ろに正規軍人たちが控えている。正規軍人が後ろから徴集兵を追い立て、逃げ場のない彼らに望まぬ突撃を強いてこちらの中央主力にぶつけるつもりであることは明白だった。
おそらく敵側の作戦は、中央の徴集兵を消耗戦力として擦り減らしながらこちらの中央主力を押さえ、その間に右翼と左翼それぞれが、数で劣るこちらの左翼と右翼を撃破し、一気に押し勝つというもの。非道な部分もある策だが、よく考えられている。
特に厄介なのは、敵左翼のレグリア軍か。その前面に立っているのは、敵軍全体を見ても最精鋭であろう王国軍部隊。地勢的にも高所に位置取る敵側が有利。こちらが右端の騎兵部隊を使って側面攻撃を仕掛けようにも、敵側にも騎兵部隊――数ではこちらに劣るが、レグリア軍と同じく高所の有利を得ている――がいるために、安易な攻勢はできない。
まともにぶつかれば、それなりの苦戦が予想される。敵の中央を突破することができれば勝てるだろうが、いくら士気の低い徴集兵とはいえ、後ろにも左右にも逃げ場がないために必死で戦う数千の人の群れは厄介な障害物となる。そう簡単に殲滅しきることはできまい。こちらの中央突破が先か、両翼の崩壊が先か、賭けとなる部分も出てくる。奇しくも昨年の会戦とよく似た状況。
が、こちらは事前に策をひとつ仕込んでいる。それが狙い通りに発動すれば、勝利はまず間違いない。不発ならば両翼が崩れきる前に、騎兵部隊を援護に回しつつ一時退却すればいい。ミランダはこの本隊の大将として、そう考えていた。
「できるだけ早く決着をつけてやろう。それが結果として、絶望的な戦いを強いられる哀れな敵徴集兵のためにもなる……全軍前進せよ」
ミランダの号令で、アルメリア家の陣営の本隊、総勢で一万三千強が前進を開始する。対する第一王子派の軍勢も前進し、両軍の距離が縮まっていく。




