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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第40話 褒賞の時間

 正午に始まった宴は数時間で終了し、その後は予定通り、アルメリア家の陣営として戦った各貴族家への褒賞の時間となる。政治的には、こちらの方が主題と言ってもいい。

 戦争を主導して勝利を掴んだ名家は、得た戦果を独り占めすることは通常しない。庇護下の中小貴族家にも、その働きに応じて利益を分配する。今回もその例に漏れず、ミランダは目覚ましい働きをした貴族家には大きな褒賞を、その他の貴族家にも参戦の対価となる多少の褒賞を与えることになる。

 五十を超える貴族家の中で、最初に褒賞を受け取るのはアーガイル伯爵家。ウィリアムは宴が終わった直後、最初にミランダのもとへ呼ばれた。


「アーガイル卿。あらためて確認するが、本当に新たな領地は欲しくないのだな?」

「は、はい。事前にお伝えした通り、大変恐縮ながら、加領については固辞させていただきたく存じますぅ」


 荘厳な応接室で対面したミランダに問われ、ウィリアムはそう答える。

 先の戦争で、アーガイル軍は別格の働きを示した。その活躍を考えれば、アルメリア家が得たレスター公爵領の南側半分のうち、幾らかを新たな領地として受け取って然るべき。

 しかし、ウィリアムは加領をはっきりと断る。


 アーガイル伯爵領は、レスター公爵領の北部と領境を接している。すなわち、隣り合うレスター公爵領の全てはそのままレスター家のもの。アルメリア家に割譲された旧レスター公爵領南部の一部を受け取れば、そこは必然的に飛び地となる。

 元が一国の王家であり、多くの官僚を抱えているアルメリア家ならばともかく、普通の貴族家は飛び地の領有を嫌がる。そんなものを手にしても、持て余して管理しきれなくなるのが目に見えているからこそ。

 今回の論功行賞において、領地の下賜を喜ぶ貴族はおそらく多くない。小領からの転封というかたちでより大きな領地を受け取る者や、隣接する土地を受け取る者に限られる。その他の貴族たちは、領地ではなく別のかたちでの褒賞を望む。

 ウィリアム自身もその例に漏れない。アーガイル家は、現在のアーガイル伯爵領の統治だけで十分に忙しい。地続きならばともかく、混乱のもととなる飛び地など欲しくない。そんなものを与えられるよりも、今の領地をより発展させられるような褒賞をもらう方がいい。

 アーガイル家のそのような意向は、両家の官僚による事前の話し合いの中で、既にアルメリア家側へ伝えられている。ミランダの問いかけも、一応の最終確認に過ぎない。


「承知した。飛び地の領有を避けたい貴家の事情はこちらとしても理解できる。欲しくないものを押しつけても褒賞にはならない以上、加領は止めておこう」

「ご配慮に感謝申し上げます、閣下」

「それで、代わりに貴家が欲するのが、人材と労働力だったな」


 手元の書類――おそらくは各貴族家との調整内容が記されているのだろう――を見ながら、ミランダは言う。


 際立った活躍を示したアーガイル家に与える褒賞が少なければ、アルメリア家の面子にも傷がつくことになる。そのため、ウィリアムは半ば義務として、領地に代わる大きな褒賞をミランダに求めなければならない。

 そこで考えたのが、アルメリア家に割譲された旧レスター公爵領南部から、人材と労働力をもらい受けるというもの。

 例えば、鉱山から採掘された鉄鉱石を加工したり、採掘設備から武器まで各種の鉄製品を製造修繕したりする鍛冶師。街道の整備改善や、城壁の拡張と強靭化を行う土木技師。軍馬や荷馬の育成と世話を行う厩番。他にも、アーガイル伯爵領の西や北に広がる大山脈「巨竜の脊梁」の麓で働く狩人や木こり。さらには、そうした専門技術を持つ人材の下で働く健康で屈強な労働者。

 それらを合計で二、三千人もアーガイル伯爵領へと移住させることができれば、領内社会はますます強く豊かになる。土地の代わりに人を、それも役に立つ者だけを選別して得るという我が儘を許されれば、アーガイル家にとっては加領に足る利益となる。

 なので、そうした移住者を旧レスター公爵領南部で募る許可を出してほしい。ウィリアムはそのような求めを、ミランダに伝えていた。


「卿も既に聞いているだろうが、当家としては全く問題はない。アーガイル家による移住者募集を許可しよう。募集の事実が当家の新領地に広く伝わるよう協力もする」

「そこまでしていただけるとは、誠にありがたく存じます」


 この点に関しても、既に両家の間で調整はなされており、ミランダが快諾することは決まっていた。しかし、募集の周知協力に関しては、今初めてこの場で伝えられたこと、ウィリアムは少し驚きながら、素直に礼を言う。


「そして、それとは別で褒賞金として一億クローネ。最後に、アルメリア王国再独立の後に侯爵位を下賜する確約。以上を貴家への褒賞としたいが、如何か?」

「こちらとしても、何ら問題はございません。多くの褒賞をいただき、恐悦至極に存じますぅ」


 事前に内々で打診されていた通りの褒賞を提示され、ウィリアムはにこやかに答えた。


 アルメリア家の全面的な支援を受けての移住者集めというのは大きな利益だが、それでもまだ加領の代わりとしては弱い。そのため、もっと単純な、ある意味ではこの世で最も分かりやすい褒賞――つまりは現金も、アーガイル家は受け取る。

 一億クローネというのは、アーガイル家の年間総支出の五分の一――すなわち、領軍の維持費や領地運営のための各種支出を全て合計した、年間予算の二割に迫る金額。毎年の出費とは別でこれだけの金を使えるとなれば、様々なことができる。先の戦争での戦死者遺族や戦傷者への支援。旧レスター公爵領からの移住者を、領内社会に迎えるための準備。将来を見据えてのさらなる鉱山開発。さらには、この先もまた起こるであろう新たな戦いへの備えにも追加で予算を投じることができる。

 アーガイル家もかなりの金持ちではあるが、これだけの金額を支払うには相当の勇気が要る。そんな大金を、本命の褒賞とは別の言わばおまけとして差し出せるとは、恐るべし大貴族家の資金力だった。


 そしてもうひとつ、陞爵――すなわち爵位の格上げ。建前としては皆まだレグリア王国貴族ということになっているため、ウィリアムが侯爵を名乗るのはミランダの独立宣言後となるが、地位というのは現金と並んで分かりやすい褒賞と言える。

 レスター家は領地の大幅な縮小に伴って伯爵へと降爵されることが決まっているので、ウィリアムは今のところアルメリア王国の領主貴族の中では最上位となる予定。周囲が見ても、ミランダから格別の厚遇をされていることが分かる。また、これはいずれアルメリア家の姻戚となるウィリアムを、その際に公爵へと格上げするための布石でもある。


 人材と労働力。多額の現金。そして他の貴族たちと比べて頭一つ抜けた地位と、それに伴う威光やアルメリア家の庇護。勝利に大貢献した対価としては十分なものだった。


「では、貴家への一連の褒賞については、文書でその内容を保障しよう。陞爵に関してのみ、未だ公言できないのは申し訳ないが、せめて噂というかたちで流しておこう……これは両家が共存共栄を成していく上で、重要な一歩だ。今後もどうかよろしく頼む、ウィリアム殿」

「こちらこそ、何卒よろしくお願いいたします、ミランダ様」


 笑顔と握手をもって、ウィリアムたちは会談を終えた。


・・・・・・


 ウィリアム・アーガイル伯爵との会談を終えた後も、ミランダの仕事は終わらない。次に応接室に呼んだのは、ウィリアムに次いで大きな働きを示したトレイシー・ハイアット子爵だった。


「貴家への褒賞については、既に聞いていることと思う。マスグレイヴ伯爵領とターラー男爵領の全域、そして、アルメリア王国再独立の後には新たに伯爵位を授けよう。それでよいか?」

「もちろんにございます、閣下。多大なる褒賞を賜り、心より感謝申し上げます……本当に、ありがとうございます」


 トレイシーは感慨深げに答え、深く一礼する。

 旧ポズウェル伯爵領が三分割されて新たに興された貴族家のうち、ハイアット家とマスグレイヴ家は次第に対立を深めていった。残る一家であるターラー男爵家は、優勢なマスグレイヴ家に肩入れし続けた。

 ミランダがハイアット家を味方に引き込むために提示した条件が、マスグレイヴ家とターラー家の領地の下賜と、伯爵位だった。


「先の戦いにおけるハイアット軍の活躍を思えば、これも妥当な褒賞だ。卿は私の提案に応え、私の提示した条件に見合うだけの働きを示してくれた。アルメリア家当主として、私の方こそ感謝している」

「恐縮に存じます。これからも、我がハイアット家の忠誠を閣下とアルメリア家に捧げます。閣下を女王陛下とお呼びする日を心待ちにしております」


 賭けに勝っていよいよ躍進を成し、いつもより高揚しているのか、トレイシーは饒舌だった。そんな彼女の様に、ミランダは微笑ましさを覚える。

 先の戦争におけるハイアット軍の役割は、ミランダがトレイシーに与えた禊の機会でもあった。本来はレスター家に近しいハイアット家が、真にアルメリア家の陣営の主要貴族となるための試練でもあった。

 その場において、ハイアット軍は十分以上の働きを示した。そしてトレイシー個人も、自ら軍の先頭に立って奮戦することで、行動をもってミランダとその陣営への献身を証明した。だからこそミランダは、彼女を信頼に値する人物だと考えている。


 領地を大幅に拡大し、およそ八万の領民を擁する有力貴族となったハイアット家は、今後はその存在感を増す。領地規模はもちろん、アルメリア家の旧来の領地と、飛び地となる旧レスター公爵領南部を繋ぐ街道の守り手として重要な存在となる。アーガイル家やバルネフェルト家、リュクサンブール家などと並んで、アルメリア王国の主要貴族家のひとつとなる。

 ちなみに、マスグレイヴ家とターラー家を取り潰す名目も一応整えてある。両家は戦前にアルメリア家の勧誘に応じず、レスター家の目を気にしたのかアルメリア家の使者を城に入れることさえしなかったので、その無礼への報復……ということになっている。命や私財まではとらなかったので、両家とも親類や知人を頼り、アルメリア家の陣営の勢力圏を出ていく様子。


「私としても、卿を正式にハイアット伯爵と呼ぶ日を心待ちにしている。その日が一日も早く来るよう、今後も力を合わせて歩んでいこう」


 最後にそのように語り、ミランダはトレイシーとの会談を終える。

 そしてソファに腰を下ろし、傍仕えの家臣が淹れてくれたお茶を飲み、一息つく。


「……まだ二家か。先は長いな」


 褒賞は元からアルメリア家の陣営にいる全ての貴族家、総勢で五十家以上に与えられる。ミランダは全ての貴族家当主やその名代と会談し、最終確認を行った上で直々に褒賞の内容を確約する。

 その後には、新たにアルメリア家の陣営に加わった貴族家の当主たちとも、それぞれ会談する。今後の彼らの臣従に関して、あらためて詳細を確認するために。

 ひとつひとつの会談はそう時間もかからないだろうが、とにかく会うべき人数が多い。とても今日の夜までには終わらないので、明日も、もしかしたら明後日も、ミランダは朝から晩まで会談に明け暮れることになる。

 間違いなく疲れる仕事だが、これも自家の陣営が大躍進を遂げたからこそ。勝者ならではの嬉しい悲鳴だと考えるべきだ。そう己に言い聞かせながら、ミランダは次の会談に臨む。


 結局、ミランダの予想通り、全ての会談を終えるには翌々日までを要した。

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