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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第30話 破壊騎兵

 レスター家の陣営の騎兵部隊およそ千二百のうち、レスター公爵領軍を中心とした各貴族領軍の騎士およそ六百が、敵騎兵部隊への警戒に残った。そして、リュクサンブール伯爵領軍の破壊騎兵およそ六百が騎馬突撃を敢行した。

 しかし、この突撃では敵の隊列の突破は叶わなかった。

 突撃の目的を達成できず、再構築されていく槍衾を前に完全に勢いを削がれた破壊騎兵たちは、一度退いて隊列を組みなおす以外の選択肢を持たない。アーガイル軍の隊列に背を向けて後退する騎士の数は、突撃前から五十騎以上も減っている。脱落者は戦死したか、あるいは負傷して地面に倒れている。歩兵の隊列に対する一度の突撃で負ったことを考えると、大損害と言っていい。

 しかし、破壊騎兵たちを率いるディートハルト・リュクサンブール伯爵は、死傷者の側にはいない。強運もまた名将の持つべき資質。彼は最前列の中央に立って騎馬突撃に臨みながらも、軽傷を負ったのみで五百数十騎の配下と共に後退する。


「閣下。敵の騎兵部隊が動きました」


 同じく軽傷を負ったのみで未だ健在の側近に言葉をかけられ、ディートハルトは振り返る。

 側近の報告通り、アーガイル軍の北西側に控えていた敵の騎兵部隊およそ八百騎が、こちらを目がけて迫ってきていた。それに対し、警戒にあたらせていた六百騎が迎撃に出る。両陣営の騎士たち、その距離が次第に近づいていく。


「……我々ほどの精鋭でないとはいえ、牽制程度の役割は果たしてほしいものだな」


 リュクサンブール家の誇る破壊騎兵こそが、この大陸東部で最強の騎兵戦力であると、ディートハルトは自負している。それを率いて今日まで戦ってきた己もまた、最強の騎兵指揮官であると信じて疑わない。だからこそ、騎馬突撃は破壊騎兵のみで敢行した。

 他の貴族領軍騎士の寄せ集めである六百騎は、弱軍とまでは思わないが、しかし破壊騎兵ほどの精強さは期待できない。また、あまり大勢で騎馬突撃を敢行しても効果が高まるわけではなく、むしろ後退して隊列を組みなおすのに手間取る。

 そのため、彼らには敵騎兵部隊を牽制し、時間を稼ぐ役割を任せている。彼ら六百騎が時間を稼いでくれれば、破壊騎兵たちは再び隊列を整え、二度目の突撃を敢行することができる。

 健在の五百数十騎が整列する間、ディートハルトは味方の六百騎が敵の八百騎と衝突する様を鋭い視線で見据える。


・・・・・・


 フェルナンド率いるアルメリア家の陣営の騎兵部隊およそ八百騎は、敵騎兵部隊がアーガイル軍の左側面へ騎馬突撃を敢行する光景を見守った。

 一度目の騎馬突撃は必ず受け止める。その直後、敵騎士たちは体勢を立て直すまでに大きな隙を見せるはず。その隙を突き、こちらの騎兵部隊には反撃を行ってほしい。それがアーガイル軍からの提案であり、ミランダもそれを受け入れた。だからこそフェルナンドたちは、敵騎士たちがアーガイル軍の隊列を崩さんと突撃する様をただ見ていた。

 そしてアーガイル軍は、宣言通りに敵の騎馬突撃を止めた。リュクサンブール家の旗を掲げた破壊騎兵たちの、文字通り破壊的な突撃を、受け止めてみせた。

 勢いを削がれた破壊騎兵たちは後退し、再整列を開始。それを守る敵騎士は、こちらよりも少数の六百騎。今こそ反撃の好機。


「全騎前進! 敵騎兵部隊を撃破し、勇敢なるアーガイル軍を救うぞ!」


 高揚を覚えながら、フェルナンドは命令を下した。答える騎士たちの声にも高揚の色があった。破壊騎兵の凄まじい一撃を跳ね返したアーガイル軍の激闘を目の当たりにしたことで、皆が興奮を覚えていた。自分たちもあのように勇ましく戦いたいと願い、士気は最高潮に達していた。


「突撃! 突撃しろ!」


 徐々に加速し、ある程度の速度に達したところでフェルナンドは叫ぶ。隊列中央の最先頭に自ら立ち、突撃を命じながら疾走する。

 あの勇敢な友軍を、それを率いるウィリアム・アーガイル伯爵を死なせるわけにはいかない。彼らの勇気に、アルメリア家の人間として必ず応えなければならない。そう己に言い聞かせ、己自身を鼓舞しながら、愛馬と共に戦場を駆ける。

 敵側も黙って突撃されてはくれない。こちらへの警戒に残されていた六百騎が、整列中の破壊騎兵への突撃を防ぐために迎撃に出てくる。


「アルメリア家の騎士たちよ! 我々の力を敵に見せつけてやれ!」

「「「応!」」」


 フェルナンドも、これまで共に訓練を重ねてきたアルメリア侯爵領軍の騎士たちも、自分たちは大陸東部で有数の騎兵戦力であると自負している。少なからぬ実戦経験者も擁するアルメリア侯爵領軍の騎士は、あの名高き破壊騎兵にも決して劣らないと考えている。

 未来の主君であるフェルナンドと同じ戦列に並び、誇りを抱いて突撃するアルメリア侯爵領軍の騎士たちは、間もなく敵騎士たちと激突する。


・・・・・・


 アルメリア家の陣営の騎兵部隊を迎撃に出たこちらの六百騎は、敵と真正面から激突した。その勇気は称賛すべきものだが、戦術面で優れているのは敵側だった。

 助走距離では敵側の方が長く、速度も高く、破壊力も大きい。その有利を活かし、敵騎兵部隊はおよそ半数強、掲げている旗からしてアルメリア侯爵領軍騎士と思われる前衛が激突に臨み、数の不利を覆してこちらの六百騎を押さえた。

 そして後衛の残る半数弱は、激突の場を迂回し、未だ再整列の途中であるディートハルトたち破壊騎兵を目指して疾走を続ける。破壊騎兵の再突撃を妨害するような位置取りで戦場を駆ける。


「……撤退する。全騎撤退だ」


 こちらの六百騎が敵騎兵部隊を迎撃できなかった以上、再突撃は難しい。いかな破壊騎兵と言えど、落ち着いて整列し、しっかりと助走をつけて疾走しなければ、騎馬突撃の突破力を存分に発揮することはできない。アーガイル軍の弓兵に加えて、敵の騎兵部隊までもが妨害してくるとなれば全力での突撃は叶わず、となればアーガイル軍のあの守りはまず突破できない。

 これ以上この場で戦っても、徒に損害を増やすだけで何らの戦果も得られないだろう。それよりは、こちらの右翼の隣まで後退し、態勢を整えつつ味方の右側面を守った方がまだ陣営に貢献できる。そう考えたからこそ、ディートハルトは新たな命令を下した。


 その命令は迅速に伝えられ、レスター家の陣営の騎兵部隊は後退を開始する。突撃を止めた破壊騎兵たちは、自分たちの方へ近づいてきた敵騎兵部隊の半数を巧みに牽制しつつ、アルメリア侯爵領軍騎士たちと激突した味方を援護し、敵の追撃を防ぎつつ後方に下がる。

 破壊騎兵たちと共に移動しながら、ディートハルトは最後にアーガイル軍の方を振り返る。そして、皮肉な笑みを浮かべる。


「……亀の甲羅は硬いな」


 リクガメの守りなどと評されたのも、所詮は六十余年も前の話。平和しか知らない軍勢の防御陣形など、己の率いる破壊騎兵ならば一度の突撃で粉砕できると思っていた。しかし、予想以上に敵の守りは強固だった。

 もう一度全力で突撃すれば突破できたと確信しているが、それを言っても負け惜しみにしかならない。少なくとも、この会戦、この一場面においては、破壊騎兵はリクガメの守りに敗けた。それは認めなければならない。


・・・・・・


「突撃を防ぎきれて幸いだけど……破壊騎兵は後退も上手いんだねぇ」


 敵の騎兵部隊が後退していく様を見ながら、ウィリアムは言った。

 騎馬突撃の威力で知られるリュクサンブール伯爵領軍の破壊騎兵は、器用さの面でも優れているようだった。アルメリア侯爵領軍騎士に力負けして崩れかけた友軍の騎士たちを上手く助け、なおかつ自分たちが崩れることもなく、着実に後退していく。フェルナンド率いるこちらの騎兵部隊の追撃を巧みに牽制しながら、敵右翼の右側まで下がっていく。


「騎士としての技量そのものが、ずば抜けて高いのでしょう。こちらの騎兵部隊が深追いを避けていることもありますが、とはいえあれだけ秩序を保ちながら後退していくのは、敵ながら見事と言わざるを得ません」


 ウィリアムと共に敵騎兵部隊の後退を眺めながら、ロベルトはそう評した。


「……味方の騎兵部隊の援護があって幸いでした。あの一糸乱れぬ騎馬突撃をもう一度まともに受ければ、アーガイル軍の防御陣形とて維持できなかったかもしれません」

「……」


 珍しく厳しい表情で語るロベルトを見て、ウィリアムは硬い表情でごくりと唾をのむ。もし敵の騎兵部隊に左側面の守りを突破されていたら。あの破壊騎兵たちが殺意を纏って目の前まで迫る光景を想像し、思わず背筋が冷える。

 しかしともかく、敵騎兵部隊はもはや隣にはいない。こちらの騎兵部隊も前に出てきてくれたので、再び破壊騎兵たちがアーガイル軍の左側面に突撃してくることはできないだろう。そして正面で対峙する敵右翼も、バーソロミュー率いるこちらの前衛を突破する気配はない。

 結果として、自分たちは味方左翼の防衛という役割を果たすことができている。皆の奮戦や参謀ロベルトの補佐があってこそとはいえ、初陣ながらアーガイル軍指揮官として順調に戦えていることに、ウィリアムは安心を覚える。

 そのとき。


「閣下!」


 すぐ隣に馬を寄せていたギルバートが警告を発し、身を乗り出す。ウィリアムが慌てて前に向き直ると、自分の顔に向かって飛んでくる矢が見え、その視界をギルバートの身体が遮った。飛来した矢はギルバートの構えた盾に突き立ち、止まった。


「ひっ……」


 ウィリアムは思わず息を呑む。ギルバートが親衛隊騎士としての務めを果たし、矢を防いでくれなければ、顔を貫かれていた。

 ここは戦場の只中で、戦いはまだ終わっていない。死は決して遠くない。そのことを今一度思い出し、気を引き締める。

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