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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第26話 集結②

 各貴族家の軍――その総勢は一万六千に届く程度となった――の集結が完了した四月末。敵であるレスター家の陣営の動向は、帰還したアルメリア軍の斥候たちによる報告で明らかとなった。

 報告されたレスター家の陣営の兵力は、推定で一万五千から一万六千。うち半数ほどがレスター軍と見られている。

 その他に特筆すべき戦力としては、武闘派として知られるリュクサンブール伯爵家の軍。名高い破壊騎兵の総勢一千のうち、半数以上を動員しているものと見られる。

 他に警戒すべき方面が多いはずの敵側も、相当に兵力集めを頑張っている。特にレスター家に関しては、名家としての存続がかかっているからか、目を見張るべき努力が見て取れる。

 結果、両陣営の動員兵力はほぼ互角。敵側の方が小勢であってほしいウィリアムの願いは叶わなかったが、少なくとも不利な状況ではない。


 レスター家の軍勢が集結し、西進を続けているとの報を受け、アルメリア家の陣営も各軍が東進を開始。街道を進み、まずは最前線たるハイアット子爵領に入る。敵側の強襲を警戒していた監視部隊とも合流し、さらに前進。ハイアット子爵領の北東に位置するマスグレイヴ伯爵領――すなわちレスター家の陣営の勢力圏への侵入を果たす。こちらの強襲を警戒していた敵側の監視部隊およそ二千は、抵抗することなく後退。本隊と合流するものと思われた。

 地理的な有利もあり、敵側に先んじて前進を果たしたアルメリア家の陣営は、しかしそこで足を止める。

 寄せ集めの軍勢の進軍には時間を要する上に、着実に西進を続けるレスター家の陣営も既に近くに来ているため、これ以上前進すれば不意に遭遇することとなる。そのため陣営の盟主であるミランダ・アルメリア侯爵は、最前線を敵側に押し込むのではなく、現在地で有利な位置取りを得た上で会戦に臨むことを決めた。

 敵地であるマスグレイヴ伯爵領で、しかしアルメリア家の陣営は掠奪や暴行などを行わない。食料などの物資は後方から輸送するか、現地住民に対価を払って購入する。マスグレイヴ家の居城のある領都にも手出しはしない。これは、勝利の後にこの地を併合するハイアット子爵家への配慮だった。


 決戦の場を定めたアルメリア家の陣営は、そのやや後方に野営地を置き、レスター家の陣営が現れるのを待つ。その間に軍議が開かれ、作戦や各軍の配置が決まり、将兵たちは戦いに備える。

 早ければ今日中にも敵軍が迫り、そうなれば明日には決戦。そのように各軍の将に伝えられた日の正午。ウィリアムは昼食をとっていた。

 野営地では天幕の中で一人、あるいは限られた側近たちと共に食事をとる貴族もいるが、その逆に天幕を出て多くの配下と食事を囲む者もいる。ウィリアムは後者だった。

 決戦を控えたこの日の食事は、戦場で自身を守ってくれるアーガイル家親衛隊騎士たちと共にとることにしている。普段から領主家の身辺警護やフレゼリシア城の警備を担い、ウィリアムも顔と名前を把握している譜代の騎士たちと共に、武骨な食事を口にする。


「うわぁ、まだ震えてるよぉ」


 右手に握った堅パンが小刻みに揺れる様を面白がるような声で、ウィリアムは言った。その様を見せられた親衛隊騎士たちも苦笑を零す。

 気持ちの上では、ウィリアムは既に戦場に立つ覚悟を決めている。騎士や兵士がひしめく野営地で過ごし、何度か開かれた軍議にも参加したことで、この空気にも慣れた。動揺を露骨に顔に表すようなことはなくなった。

 が、頭では冷静さを得たと思っていても身体は正直なようで、迫りくる大戦争を前に震えが止まらない。おそらくこれは、武者震いなどという格好の良いものではない。


「自分ではそんなつもりはないけど、やっぱり怖いのかなぁ」

「閣下。戦場では我々が必ずお守りしますので、ご安心ください」


 同じく震える左手に持った器からスープを啜り、不思議がるように言うウィリアムに、隣に座るギルバートが返す。隊長の言葉に、他の親衛隊騎士たちも同調する。


「皆ありがとぉ。おかげで戦うのも怖くないよ……こんなに震えながら言っても説得力ないかもしれないけど、本当にそう思ってるよぉ」


 堅パンとスープの器を揺らしながらウィリアムが言うと、頼もしい直衛たちはまた笑った。

 前回の動乱の時代は遥かに六十余年前。以降、大陸東部の中でも特に治安が良かったアーガイル伯爵領では、正規軍人でも実戦経験を持つ者は少ない。領軍隊長ロベルトなど一部の古参将兵が、国境地帯の紛争への派遣や、稀に領内に現れる盗賊討伐などの任務を経験している程度。

 ほとんどの者にとって、今回が初めての実戦。それでも、アーガイル軍、特に正規の領軍将兵たちの士気は高い。親衛隊騎士たちも、全員がアーガイル家のために迷いなく命をなげうつ覚悟を持っている。彼らがいるからこそ、ウィリアムも人生初の実戦を前に、少なくとも頭では冷静さを保っている。


 その後もウィリアムは、震えに多少手こずりながら食事を続ける。

 野営地での食事は、決して侘しいものではない。特に補給が保たれている今は、量に関しては十分にとることができる。

 しかし内容に関しては、貴族であるウィリアムはもちろん騎士たちから見ても、普段の食事よりも数段簡素で単純な内容となる。保存性を重視した堅パンは、その名の通り非常に堅く、スープに浸しながら食べることを前提としている。そのスープは、肉や野菜や麦などがふんだんに入っているが、一度に大量に作るため、味付けはどうしても大雑把なものとなる。中には自分用に別で食事を作らせる貴族もいるだろうが、ウィリアムは自軍の将兵たちから抱かれている親しみやすさを損なわないために、そのようなことはしない。


 騎士たちの給仕を担うのは、それぞれに付いている騎士見習いたち。

 生まれた騎士家を継ぐ予定であったり、生家から独立して新たに騎士家を興すつもりであったりする騎士子弟たちは、一人前になるための修行を兼ねて騎士の従者を務める。多くの場合は、自身の親の知人友人である騎士のもとで修業をする。

 野営地における彼ら騎士見習いの務めは、付き従う騎士の身の回りの世話。馬の世話。そして鎧の着用など戦準備の補佐。騎士たちが戦場に出た後は、野営地の警備も担うことになる。


「閣下。スープのお代わりは如何いたしますか?」

「うーん、もう大丈夫かな。満腹になったよ」

「承知しました。器をお下げいたします」


 そしてウィリアムの食事の世話を務めているのは、アイリーンだった。

 彼女は傍仕えとして、当然に今回の出征にも同行している。普段は仕事着として派手さはないが上質なドレスを纏っている彼女は、この出征中は軍装。肩にかからない程度に揃えている髪型も相まって、男装の麗人のようにも見える。

 野営地には、女性も案外多い。兵士は大半が男だが、騎士は少なからず女性がおり、主にミランダのような女性貴族の身辺警護を担う。そうした女性騎士は、従者を務める見習いも女性の例が多い。またアイリーンのように、軍を率いる貴族の家臣や使用人などもいる。

 そして、補給を担う酒保商人や、料理、洗濯など後方の仕事に雇われた労働者にも女性はいる。大勢の男が集まり、暇を持て余すことも多い野営地を格好の稼ぎ場と見なし、春を売る職業の女性たちも集まる。


 およそ一万六千の将兵に、非戦闘員を含めた総勢は二万人以上。大規模な戦争を控えた軍勢の野営地は、まるで都市のような様相を成している。

 そんな野営地に、新たな喧騒が伝わる。司令部のある中央後方から、ざわめきが徐々に伝わってくる。


「閣下! 最新の状況報告です!」


 アイリーンの淹れてくれた食後のお茶を飲んでいたウィリアムのもとへ、当番の伝令役として司令部に置いていた親衛隊騎士が駆け寄ってくる。ウィリアムの前で立ち止まり、敬礼した後に口を開く。


「敵軍が行軍距離で半日の地点まで迫り、野営地の設営を開始していることを、斥候が確認! 明日には決戦に臨むため、各軍そのつもりで備えるように願うとの要請が、アルメリア侯爵閣下より発せられております!」


 報告を聞き、ウィリアムはごくりと唾をのむ。ギルバートとアイリーンと顔を見合わせる。

 いよいよ、戦いのときが来た。

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