第19話 平和な祝祭②
騎士ドノヴァンは、大柄な体躯やいかにも勇猛そうな強面とは裏腹に、生真面目で控えめな性格の青年だった。領主夫妻の訪問を受けて恐縮する彼に、ウィリアムとジャスミンは称賛の言葉をかけ、その他の騎士たちについても西軍東軍を問わず健闘を称えた。
そうしてウィリアムたちが貴賓席に戻った後、競技はまだまだ続く。
次に行われたのは、アーガイル伯爵領軍が誇る弓兵部隊による射撃大会。総勢五百人の弓兵の中から、一際実力の高い十二人が選抜され、領主家をはじめとした要人たちや大勢の観客の前で腕を競い合う。
数十メートルも離れた小さな的への射撃に始まり、複数の的への連射、衝立の向こう側に置かれた見えない的への曲射、動く的の狙撃など、曲芸じみた離れ業が続く。弓兵たちは矢の過半を命中させ、外れる場合も非常に惜しい一射であるため、かえって観客は盛り上がる。元より精鋭で知られるアーガイル伯爵領軍弓兵部隊、その選りすぐりの実力者ともなれば、全員が達人級だった。
これら軍人たちによる競技を開催する目的は、単に派手な見世物で祭りを盛り上げることだけではない。
アーガイル伯爵領軍の実力を知らしめることで、自分たちは精強な軍隊に守られているのだと領民たちに自覚させ、領内社会が軍人への敬意を抱くよう誘導する。一方の軍人たちには、派手な活躍の機会のない平時にも領内社会で称賛される場を与えることで誇りを抱かせ、アーガイル伯爵領の守護者としての自覚を育てさせる。また、競技での勝利というかたちで将兵に実力を高める動機を持たせ、より一層訓練に打ち込ませる。領外の人間には、強い領軍を擁するアーガイル家は敵に回したら手強い相手であると知らしめる。そうした利益をも見込んで、アーガイル家は例年このような催しを行ってきた。
「まさに神業だった! 名高いアーガイル伯爵領軍弓兵部隊の、君こそが頂点に立つにふさわしい実力者だよ! 惜しくも勝利を逃した者たちも、皆さすがだった! この大陸東部を探しても、君たちほどの凄腕はいないだろう!」
最優秀者が決まり、ウィリアムが領主として称賛の言葉を語った後、舞台は最後の演目に向けて再び整えられる。
二日にわたる祭りの最後を飾るのは、騎士の伝統的決闘。馬上槍試合。
完全装備で騎乗し、試合用の槍を構え、木柵を挟んで対峙し、互いに全速力で駆け、そして激突する。相手を落馬させた側が勝者となる。内容は単純ながら、騎乗技術と武芸の腕、そして度胸、それら騎士として必要な全ての能力をぶつけ合う、騎士らしさを極めた競技。
出場するのは、伯爵領軍騎士の代表者、総勢十二人。全員が最精鋭。だからこそ、その戦いは迫力と緊張感に満ちたものとなる。
騎士と鎧の重量を乗せた馬が地面を蹴る力強い音。暴力的なまでの歓声。観客たちの前を一瞬で過ぎ去る疾風。二つの騎馬突撃、その破壊力が、貴賓席の正面でぶつかり合う。激突の瞬間、試合用の木槍は容易く折れ、その衝撃は騎士たちの身体を直撃する。
まるで壁にでも激突したかのように吹っ飛ぶ者。大きく上体をよろけさせ、そこから持ちこたえる者。持ちこたえられずに落馬する者。巧みに衝撃を受け流し、耐える者。衝撃をまともに受け止めながらも体格と筋力に任せて乗り越える者。
騎士たちの奮闘は多くの見せ場をもたらし、観客たちに絶大な興奮を与える。この試合も領主家公認で賭けの対象となっているため、金を儲けて歓声を上げる者もいれば、夢破れて嘆きや怒号、罵倒を零す者もいる。そうしてむきになる者たちを見て笑う声も多い。
「次はいよいよギルバートの出番ね」
「うん。せっかくならギルバートに勝ってほしいなぁ。僕がどっちかを贔屓して応援するのはあんまり良くないけど」
六組目、最終試合の準備が行われる中で、ウィリアムはジャスミンと言葉を交わす。
いつもウィリアムの警護についているギルバートは、しかし今日は傍にいない。彼はこれから、祭りの最後の主役となる。
直前の試合で折れた槍が片付けられ、荒れた地面が均され、試合の準備が整うと、最後の試合を担う騎士二人が登場する。
一人はギルバート。アーガイル伯爵領軍、五十人の騎士から成る親衛隊の長。
そしてもう一人は、騎士バーソロミュー。ギルバートと並び、領軍騎士三百人の中でも随一の実力者。戦時には中隊、百人規模の騎士を率いることになっている領軍幹部の一人。
「エイダンはやっぱりバーソロミューに勝ってほしい? アイリーンはどっちに?」
ウィリアムは近い席に並んで座る側近親子に尋ねる。
騎士バーソロミューは、エイダンの長男、アイリーンの兄にあたる。軍事に関しては極めて有能な士官だが、政務の補佐といった仕事に関してはからっきしであった彼は、次期家令の座を妹に譲った上で自身は独立した騎士家の主となり、軍人としての人生を選んだ。
「必ずしもそのようなわけでは。あれもいい歳です。騎士としての実力勝負で、今さら親の贔屓など必要とはしていないでしょう」
「……私は、兄と同僚がそれぞれ領軍騎士の代表として実力を発揮できればと思いますが、どちらを応援するということは特にありません」
淡々と語ったエイダンの隣で、アイリーンはそう言いながら、しかし視線はギルバートを追っていた。
「ふうん、そういうものかぁ」
おそらく無意識であるらしい彼女の行動には特に言及せず、ウィリアムは前に向き直る。
そしていよいよ、最後の馬上槍試合が始まる。
「始め!」
今日一番の大勝負ということで、ロベルトが領軍隊長として直々に宣言し、ギルバートとバーソロミューは疾走を開始する。
鎧を含めてもやや細身で、しなやかな印象を感じさせるギルバート。そして大柄な体躯に全身鎧を纏い、重厚な迫力を放つバーソロミュー。互いに槍を向けながら接近し、すれ違う刹那。
ギルバートは最小限の動きでバーソロミューの槍の穂先を受け流した。一方で、バーソロミューは胴鎧にギルバートの槍の穂先が直撃し、斜め後ろに回転するように落馬した。
ギルバートは馬上で姿勢を維持したまま優雅に停止し、折れた槍を手放し、やはり優雅な所作で兜をとる。汗に濡れた長髪が整った顔に張りつく様はなかなか画になっており、客席、特に若い女性たちが大いに沸く。
身体の前面から地面に落ちたバーソロミューも怪我はなかったようで、すぐに立ち上がり、やはり兜を脱ぐ。精悍な顔に、今は悔しげな表情が浮かんでいる。
下馬したギルバートがバーソロミューに歩み寄り、手を差し出す。バーソロミューも頷いて握手に応じ、二人は互いの肩を叩き合い、健闘を称え合う。
親衛隊と騎士中隊の長。それぞれ騎士として実力を競い合う好敵手であると同時に、協力して領軍を支え、主家とアーガイル伯爵領を守る友だった。
「騎士ギルバート! さすがはアーガイル伯爵家の守護者、親衛隊長にふさわしい強さを見せてくれた! そして騎士バーソロミュー! 微塵も怯むことなく突き進む勇敢さ、本当に頼もしい限りだよ! 二人とも最高の戦いだった!」
貴賓席の前で敬礼を見せた二人に、立ち上がったウィリアムは語った。
全ての競技が終わった後も観客たちの盛り上がりはなかなか収まらず、喧騒が舞台を包んでいる中で、ウィリアムはジャスミンの隣に戻る。
「……軍人の皆が実力を披露するのが、こういうお祭りの場だけで済めばいいのにねぇ」
もうすぐ冬が明け、そうなればアルメリア家の陣営とレスター家の陣営は激突するだろう。アーガイル家も正規軍人と徴集兵による軍を組織し、出撃する。
今日この舞台で観客を沸かせた騎士や兵士たちも、少なからぬ人数が戦場に立ち、実戦に臨む。たとえ勝利を掴んだとしても、生きて帰れない者はほぼ確実に出る。
多くの命を飲み込む動乱の時代が、間もなく到来しようとしている。平和の最後を飾る祝祭ももうすぐ終わってしまう。その事実を前に、ウィリアムは憂心を抱かざるを得ない。
ウィリアムの呟きを聞いたジャスミンが、そっと身を寄せる。甘く優しい微笑を浮かべ、耳元に顔を近づける。
「あなたのその優しさが大好きよ、ウィリアム」
避けがたい現実を前に空虚な気休めを言うのではなく、ただ彼女自身の気持ちを告げて心で寄り添おうとしてくれる伴侶に、ウィリアムも微笑を返した。




