第16話 同盟の宴②
ここは貴族の社交の場である以上、ウィリアムもルトガーもずっと気心の知れた身内と話しているわけにはいかない。間もなく他の出席者と話すためにルトガーが離れていくと、入れ替わるようにウィリアムに近づく者がいた。
「楽しんでおられるか? アーガイル卿」
「あっ……はい、おかげさまで楽しませてもらってますぅ」
声をかけてきたのは、ミランダの継嗣、アルメリア侯爵家嫡男フェルナンドだった。
ウィリアムとは社交の場で何度か会ったことのある彼は、あまり背の高くないウィリアムよりも頭一つ上回る長身。よく鍛えられた体躯に、母ミランダとよく似た強者の雰囲気を纏っている。自身にとっては未来の親類である彼の言葉に、ウィリアムは柔和な笑みを作って頷く。
「アーガイル家が当家との友好を選んでくれたこと、次期当主としても誠に嬉しく思う。それに、いずれ生まれるであろう卿の継嗣と、私の子の婚約についても。アーガイル家ほどの有力貴族家との姻戚関係が約束されているとは、光栄なことだ」
「は、はい。こちらこそ光栄に思います……あの、両家の婚約の件については、事前にフェルナンド殿とお話ししてからお返事することができずに、申し訳なく思い――」
「卿が謝られる必要などない。私はつい昨日まで軍務でこのレアンドラを離れていたのだから、事前に話せなかったのは仕方のないこと。それに、我が子の婚約については母が決めたことだ。私が意見することでもない」
ウィリアムがいかにも気弱そうな表情で言うと、フェルナンドはやや食い気味に返した。
無難な微笑をたたえている彼の内心は、彼の言葉の中に込められた小さな棘からウィリアムにもおおよそ想像できる。そしてその内心の理由も。
家格は申し分なく、裕福で、軍事力も領地規模に相応のものを持っているウィリアムだが、貴族家当主としての人格的評価は分かれている。賢いとは見られているが、その気質の頼りなさが長所を損なって余りあると評価する者も多い。
おそらくフェルナンドは、その筆頭とも言うべき一人。子供の頃の話だが、頼りないと彼から直接言われたこともある。ミランダの気質を受け継ぎ、勇ましく強い次期当主である彼だが、他家の当主への評価まで母親と全て一致するわけでもあるまい。フェルナンドから見れば、きっと自分は最も気に食わない類の人間だろう。ウィリアムはそう思っている。
動乱への備えでアルメリア家の軍備増強の実務を担っているそうで、いかにも忙しそうな彼とはついに今日まで会えずじまいだったが、彼が本音としては自分に好意的でないことは予想の範囲内だった。
「……す、すみません」
「ははは、どうなされた? 謝罪の必要などないと言っているのに」
「いえ、あの、そのぉ……」
ウィリアムは露骨にたじろぐ。彼が自分のような人間を好かないように、ウィリアムも彼のような気質の人間は苦手としている。ウィリアムの様を見たフェルナンドは笑顔のまま言い、しかし瞳の奥底までは笑っておらず、それを受けてウィリアムはますます狼狽える。
「フェルナンド様もご存知かと思いますが、夫は少し物事を気にし過ぎる性格なんです。家督を継いでから大きな社交の場に出たこともあまりなかったので、今日は緊張しているみたいです。どうかご容赦ください」
そこへ助け舟を出したのはジャスミンだった。彼女はウィリアムの腕を抱きながら、艶やかな微笑を浮かべてフェルナンドに話しかける。
「……もちろん。私は何も気にしていないので安心してほしい。アーガイル卿、美しく頼もしい夫人に、社交の場でも隣で支えてもらえる卿は幸福な方だ」
お前は社交の場でも一人で立っていられず、伴侶に助けてもらうのか。当主のくせに。言外にそう言われている気がして、ウィリアムは硬い笑みを浮かべて頷く。
「でも、私は夫のこういうところも愛しているんです。繊細だからこその優しさと、思慮深さを持ち合わせているのが彼の魅力です。傍に私がいて彼が幸福なように、傍に彼がいて私は幸福なんです」
言いながら、ジャスミンはウィリアムの背に手を回し、そのまま抱き寄せる。
「彼の繊細さが欠点になる場面があるのだとしたら、私が補ってあげればいい。だからこうして、なるべく一緒にいるんです。そうよね、ウィリアム?」
「そ、そうだねぇ」
顔を寄せたジャスミンに尋ねられ、ウィリアムはフェルナンドの視線を気にしながら答える。
「……噂には聞いていたが、本当に仲がよろしいことだ。どうかそのまま、仲良く宴を楽しんでほしい」
ウィリアムとジャスミンの仲の良さは、二人が一緒に社交の場に出るようになった数年前から、王国北部の貴族社会ではそれなりに知られている。二人の噂通りの様を見たフェルナンドは少し呆れたように苦笑し、そして離れていった。
「助かったぁ。ありがとうジャスミン」
「いいのよ、愛するウィリアムのためだから……さあ、挨拶を続けましょう。私が隣にいるから安心してね」
ジャスミンに寄り添われながら、ウィリアムは主催者に次ぐ注目を集める有力貴族として、宴の出席者たちとの挨拶に臨む。
・・・・・・
「お前も分かりやすい人間だな、フェルナンド」
ウィリアムとジャスミンから仲の良さを見せつけられ、気まずさを感じながら撤退してきたフェルナンドに、笑い交じりに言ったのはミランダだった。
「……やはり理解できません。アーガイル卿の全てが駄目だとは言いませんが、あらためて話しても、母上がそれほど重要視すべき人物とは到底思えません」
母の言葉に対し、フェルナンドは苦虫を噛み潰したような表情で言う。
フェルナンド自身もウィリアムのことは昔から知っている。彼は穏やかで優しい人間なのだろうとは思う。
しかしフェルナンドに言わせれば、優しいだけでは守るべきものを守れない。その点でウィリアムは、互いを守り合う味方として頼りないことこの上ない。彼が賢い人物だということは別に疑わないが、賢いからといって戦場から逃げずに敵の軍勢と対峙できるとは限らない。
おまけに、彼はただの味方ではない。フェルナンドにとっては、将来的に己の息子か娘を預ける相手。そう思えばこそ、彼のあの気弱な気質はますますこちらの不安感と苛立ちを煽る。
決してウィリアムが憎いわけではないが、いずれ彼と肩を並べて共に戦うことが、彼の家へ嫁入りあるいは婿入りする我が子のことが、フェルナンドはただ単純に心配だった。これから大陸東部の情勢が混乱していく中で、あのいかにも軟弱そうなウィリアムが、守るべきものを守り抜けるのか甚だ疑問だった。
「前にも言っただろう。表面的な振る舞いだけを見て、その者の全てを評価することはできない。案外、ああいう人間が傑物となる可能性を秘めているものだぞ……私たちは歴史でしか知らぬ祖国を再興しようとしている。それは賭けに出なければ達成し得ない野望だと、私は心得ている。これもそんな賭けのひとつだ」
貴族たちに囲まれ、緊張した様子で受け答えをしているウィリアムを眺めながら、ミランダは言った。
彼女はワインを一口飲み、そして視線をフェルナンドの方へ移す。
「母を信じろ、我が息子よ。私の勘はそれなりに当たるぞ」
「……それは分かっていますが」
上機嫌なミランダの隣で、フェルナンドはため息を吐いた。
母の勘がよく当たることについては異論はない。そして、母はこういう人間――一度決心すれば相当の理由がない限り撤回しない人間だと分かっているので、もはや何も言わない。フェルナンドとしては、ウィリアムが母の見込み違いでないことを、もはや神に祈るしかない。
・・・・・・
レアンドラ城の宴と、その翌日に開かれた会議を経て、主催したアルメリア侯爵家と集った各貴族家は同志となった。アルメリア家を中心としたこの陣営が他勢力と対立した場合、皆で兵を出して戦うことが確かめ合われ、一連の集いは皆が期待した通りの結果を成して幕を閉じた。
レスター公爵家側と戦いになるとしても、両陣営が実際に兵を動かすのは冬明け以降。どの家もできる限りの備えを進めている現状が継続されることとなり、貴族たちは領地へ戻った。
ウィリアムとジャスミンも、本格的な冬が近づいてくる中でアーガイル伯爵領フレゼリシアへと帰還した。
「伯爵閣下。奥方様。お疲れさまでございました」
「ご無事でのお帰り、何よりと存じます」
「二人ともありがとぉ。出迎えご苦労さまぁ」
ジャスミンに寄り添われながら馬車を下りたウィリアムは、出迎えの列を率いる家令のエイダンと領軍隊長ロベルトに労いの言葉で答える。
「いかがでしたかな? レアンドラ城での社交は」
「う~ん、まあ、上手くやれたのかなぁ?」
「大成功だったじゃない。アルメリア家から庇護を約束されて、両家の関係に新しい展開もあったんだから」
ロベルトに問われて自信がなさそうに首を傾げるウィリアムに、ジャスミンがそう返す。
「ほう、新しい展開ですか。それはご報告を伺うのが楽しみですな」
「後ほど、ご成果を詳しく伺い、それを踏まえて今後について話し合う場を設けましょう……ところで閣下」
「ん?」
顔を向けたウィリアムに、エイダンはいつもと同じ冷静な表情で、しかし少しだけ間をおいて言葉を続ける。
「閣下のご不在中、レスター公爵家からの使者が来訪しまして……アルメリア家を選んだ閣下のご決断を明確な敵対行為と見なす旨の、言わば決別宣言のような伝言が語られました。伝言内容を明記した書簡も預かっております」
「……ううぅ」
淡々と語るエイダンを前に、ウィリアムは一転して情けない顔になる。
アーガイル伯爵家当主としての重大な選択を経て、ウィリアムはミランダ・アルメリアという頼れる庇護者を得た一方で、クリフォード・レスターという貴重な友人を失った。
本作のタイトルを『ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~』に変更しました。
何卒お見知りおきください。
「憂心」で「ゆうしん」と読みます。
引き続き、憂いながらも頑張るウィリアムを見守っていただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。




