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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第15話 同盟の宴①

 それからおよそ一週間後。レアンドラ城の大広間にて、宴は開催された。


 ウィリアムに少し遅れるかたちで集まった、アルメリア侯爵家との協力を選んだ貴族たち。小貴族も含めれば総勢五十人以上が揃い、高価な酒を飲み、豪奢な料理を食べ、そして語らう。他愛もない世間話もあれば、不安定になっていくレグリア王国の情勢を生き延びるための情報交換の会話もある。前者を装った後者もある。

 そうした歓談と、会場の華やかさに空気が温められた上で、主催者であるミランダは大広間の奥側、一段高くなった場に立ち、出席者たちの注目を集める。ミランダの傍らには、彼女の夫と子供たちが並ぶ。


「まずは、今宵この場に皆で集ったことを祝い合いたい。日増しに混乱を深めていくこの大陸東部において、我々は協力し合い、共に戦う同志となった。光栄にもこの協力関係の中心にいる我がアルメリア家は、この先も同志たちを守り、誠意をもって皆の期待に応えることを約束しよう。混乱が収束し、大陸東部が再び秩序を取り戻した後には、またこうして同じ顔ぶれでこの場に集うことができると信じている」


 ミランダが力強く語ると、貴族たちは拍手を送った。出席者の一人であるウィリアムも拍手をしながら、なかなか上手く言葉を並べるものだと感心を抱く。


 まず彼女は、レグリア王国ではなく大陸東部と言った。これは、もはやこの地がひとつの国としてはまとまっておらず、ミランダ自身もレグリア王国の一員であるという認識はないことを、暗に示している。

 そして、協力関係の中心で同志たちを守り、期待に応えるという言い回し。これは彼女がアルメリア王国を再興し、君主として皆に臣従を求め、対価として庇護を与える意思があることを匂わせている。先日の会談の場でも言っていたように、やはり彼女も現段階では、レグリア王国から再独立する意思を全員に明言はしないらしい。

 最後に、再び秩序を取り戻した後に、同じ顔ぶれでこの場に集うことができると信じている、という言葉。これは単に、動乱の時代に皆が無事であることを祈るだけの意味合いではない。おそらくだが、裏切りには容赦しないという警告も込められている。一度この陣営を選んでおいて途中で裏切った者は、動乱が終わる頃にはこの世に存在し得ない。


 今はまだ、あくまでレグリア王国の一角にある地方貴族たちの派閥。その建前を守りつつ、これが建国に向けた同盟であることを、自分がこの場にいる皆の支配者であり庇護者であることを、ミランダは実質的に宣言している。ここにいる者たちも貴族として教育を受けたのならば、よほどの間抜けでない限り、彼女の意図を正しく理解しているはず。ウィリアムのように、事前に一対一で会談して彼女の本心を告げられた者も何人かいるものと思われる。


「それでは諸卿、引き続き大いに語らい、友好を深めてほしい。我々の未来に待っている栄光の時代、そこへ至る道のりの第一歩を刻んだ夜として、記憶に残るひとときを過ごそう」


 ただ勇ましいだけではなく、政治的な立ち回りをも巧みにこなす彼女の強かさが、遺憾なく発揮された演説。その締めの言葉を語りながら杯を掲げたミランダに、ウィリアムたち貴族も杯を掲げて応えた。


 そして宴の場では、再び歓談が始まる。

 アーガイル伯爵家は、主催のアルメリア家を除けば、この場において特に領地規模の大きな貴族家のひとつ。その当主であるウィリアムは、忙しく挨拶に動き回るよりも、他の貴族たちから挨拶を受ける側となる。

 深紅のドレスを纏った伴侶ジャスミンに寄り添われながら大広間の一角に佇み、他の貴族が話しかけてくるのにひたすら応える。挨拶攻勢が一段落し、酒を飲んでひと息ついていると、新たに歩み寄ってくる人物がいた。


「やあ、アーガイル卿!」

「……伯父上!」


 気さくな笑顔で声をかけてきたのは、ウィリアムの亡き母の兄、すなわちウィリアムの伯父にあたるルトガー・バルネフェルト伯爵だった。よく見知った相手を前に、ウィリアムは安心した表情になる。


「ご無沙汰しております、バルネフェルト閣下」

「ああ、夫人と会うのは久しぶりだね。今日も可憐で美しい」

「まあ、ありがとうございます」


 親しみやすい笑顔で一礼したジャスミンとも、ルトガーは気さくな笑顔のまま言葉を交わす。

 彼はアーガイル家に嫁いだ妹亡き後も、甥であるウィリアムはもちろん、その婚約者となったジャスミンのことも可愛がってくれた。ウィリアムとは夏の国葬の場で会ったが、ジャスミンと顔を合わせるのは二年前、ウィリアムの父の葬儀のとき以来だった。

 私的な場では親しみを込めてウィリアムとジャスミンを名前で呼ぶルトガーも、二人が当主とその夫人という立場になってからは、このような公的な場では家名に敬称をつけて呼んでくる。


「アーガイル卿。こうして同じ陣営につくことができて本当に喜ばしいよ。妹の遺児と戦場で対峙するような事態は、個人的には避けたかったからね」

「同感です。正直に言ってひどく悩みましたが、バルネフェルト卿からいただいた書簡も、最後には決断する上で力強い後押しになりましたぁ」

「ははは、悩んだか、分かるぞぉ。私もこちらにつくかヴァロワール家につくか、最初は散々迷ったからねぇ」


 ルトガーは気さくな性格そのままに、親しげにウィリアムの肩を叩く。

 ウィリアムがルトガーに語った言葉は嘘ではなかった。歴史を見れば、親族にあたる貴族同士が道を違え、不運にも対立する例はままあるが、仲の良い伯父と対立せずに済めばそれに越したことはない。彼がアルメリア家の陣営につき、勧誘の書簡を送ってくれたことは、ウィリアムがアルメリア家を選ぶ理由のひとつになった。


「それにしても、こうして集まった顔ぶれを見回すと、なかなか面白いものだな。以前からアルメリア家に近しい家の当主もいれば、君や私のように、中立を保っていた貴族もいる。アルメリア家を選んだのが意外な者も何人か……彼女なんてその筆頭だな」


 そう語るルトガーの視線の先に立っているのは、ハイアット子爵トレイシー。ウィリアムにとっては、領地を接する隣人の一人。


「確かに、僕もこの場でハイアット卿を見たときは驚きました。ハイアット家の創設の経緯を考えると、彼女がレスター家じゃなくてアルメリア家を選んだのはかなり思い切った決断ですよねぇ」


 ハイアット家の創設は、前回の動乱の時代の終盤、レグリア王家による大陸東部統一がなされた頃まで遡る。

 アルメリア侯爵領とレスター公爵領の間、アーガイル伯爵領から見て南東の位置には、元々別の貴族領――ポズウェル伯爵領があった。およそ八万の領民を抱えるポズウェル伯爵家は、陣営としてはレスター王国に属していた。

 前回の動乱において、ポズウェル伯爵家の当主は成り上がりを夢見た。表向きはレスター王家に臣従して四か国によるレグリア王国の包囲に参加しつつ、裏ではレグリア王家に密使を送り、レスター王家を外側と内側から討つことを持ちかけた。


 その矢先、王太子が訓練中に事故死して軍勢の統率が叶わなくなり、レスター王家はレグリア王家に降伏。戦後処理の中で、成り上がりを夢見たポズウェル伯爵の内通が露見した。一説には、主家を裏切って謀略をめぐらせるような貴族を処分したくなったレグリア王が、わざとレスター家に内通の件を明かしたとも言われている。

 激怒したレスター家の当主――事故死した王太子の母である元女王は、病を抱えた老齢の身ながら、裏切り者のポズウェル家だけは潰さなければ死んだ息子に顔向けできないと考え、報復を決意した。アルメリア王国との戦いに際して、最前線となるポズウェル伯爵領に到着した直後、ポズウェル家の居城を不意に襲撃。一族郎党を皆殺しにし、滅亡に追い込んだ。


 領主家が不在となったポズウェル伯爵領は、レスター家によって新たに三つの貴族領に分割された。レスター家の傘下において動乱の中で大きな功績を上げた者たちが、レグリア王家の承認も得た上で新たに領主貴族家を興してこれらの領地を手にした。

 ハイアット子爵家もそのひとつ。西、北東、南東に三分割されたうち西側の領地を与えられ、およそ三万の領民を治めるようになった。アルメリア侯爵領とレスター公爵領を最短で結ぶ主要街道が領内を通っていることもあり、決して大規模ではないながらも、人口比で見れば比較的豊かな家として現在まで知られている。


 創設の歴史から考えても、ハイアット家をはじめとした三貴族家は、領地を与えたレスター家に近しいものとして考えられてきた。創設から六十余年が経ち、レスター家との繋がりが多少薄れたとしても、また動乱が起こるとなれば、順当に考えてレスター家の側につくものと誰もが思っていた。

 そんなトレイシー・ハイアット子爵が、アルメリア家の陣営の一員としてこの場にいる。だからこそ、有力貴族と言うほどではない彼女に、今はそれなりの注目が集まっている。彼女の方を見て噂話をしているのは、ウィリアムとルトガーだけではない。


「大方、アルメリア閣下から領地を拡大させてやると持ちかけられて、自領を最前線とすることを了承したのだろうな。彼女は確か三十代前半、貴族家当主としてはまだ若い方だ。野心に駆られたとしても不思議じゃない……領地を与えてくれたレスター家への恩も、六十余年が経てば期限切れか。まあそんなものだろうな」

「自領ではなくハイアット子爵領を最前線にできれば、戦線に縦深が生まれて、アルメリア家には一定の利点がありますからねぇ。それにハイアット家がレスター家の側につかなかったとなれば、あっちの陣営に多少の動揺もあるでしょうし」


 意見を語る伯父に、ウィリアムも同調する。

 領主貴族家を興して六十年以上。そして現当主はまだ若い。となれば、新たな動乱の到来に合わせ、レスター家との繋がりを切ってでもさらなる躍進を果たそうと、トレイシー・ハイアット子爵が決断したとしても不思議はない。

 ハイアット子爵領を最前線として提供する代わりに、戦勝後はかつてのポズウェル伯爵領の全域を自家のものとして与えられる……などという誓約を交わしたのだとしたら、ハイアット家がアルメリア家の側についたのも納得がいく。アルメリア家としても、自領を戦場とすることなくレスター家の陣営と戦うことができ、またレスター家の陣営につくものと思われていたハイアット家を味方に引き入れてみせることで、敵側に動揺を与えられる利点がある。両家の利害はしっかりと一致する。


「でも、もし負ければポズウェル伯爵家の悲劇が再演されるのは間違いないのに……よくもまあそんな怖い挑戦をしますよねぇ」

「ははは、卿があの家の当主だったら、絶対にやらないだろうな」

「やりませんねぇ。絶対に無理ですよぉ」


 ハイアット家がこのような立ち回りをして、アルメリア家の陣営が敗北すれば、レスター家の報復は確実に熾烈なものとなる。ハイアット子爵当人はもちろん、一族郎党もおそらく無事ではいられない。彼女はウィリアム以上に危険な橋を、本来ならば避けられたであろうに自ら進んで渡っている。それは、できるだけ平穏を保ちたい、そしてとにかく死にたくないウィリアムとしては理解に苦しむ野心だった。


「まあ、貴族の考え方も十人十色だ。ハイアット卿も、さして強くない新興貴族だからこそ、家ごと滅びる事態を我々ほどには恐れずに動けるのかもしれないな」

「そういうものなんですかねぇ」


 結論づけるようにルトガーが言うと、ウィリアムは首を傾げながら返した。

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