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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第10話 引っ張りだこ、もとい板挟み

 クリフォードは翌日の朝には自領へと帰っていき、その日の午後。ウィリアムは会議室に、ジャスミンと重臣たちを招集して話し合いの場を設けた。


「いやはや、アルメリア侯爵家とレスター公爵家の双方が、これほど強気の姿勢で味方に引き込もうと画策するとは。大人気ですなぁ閣下は」

「笑えないよぉ~! 洒落になってないよぉ~!」


 何やら感心したような表情で言うロベルトに、ウィリアムは嘆きながら返す。

 アルメリア家とレスター家の両方から、敵対すれば容赦しないと言外に警告を受けるのではないか。そんな悪い想定が現実となり、事の重大さが増した以上、複数の大貴族家から熱烈な勧誘を受けて引っ張りだこ……などと浮かれる気分にはとてもなれない。


「アーガイル伯爵領の位置や、アーガイル伯爵家が擁するものを考えれば無理もないことなのかもしれませんが……これはいよいよ、この家の命運を左右する二択を迫られますな」


 主の嘆きに、エイダンは難しい表情で言う。


「これで陣営選びを間違えて敗けたら、選ばれなかった方の家が殺しにくるよねぇ~!」

「必ずや命までをも狙われると決まったわけではないでしょうが……その可能性は相当程度あると、もはや考えるべきでしょう」


 嘆きの言葉が止まらない主に、エイダンも今回は同意を示す。彼の傍らでは、アイリーンが父の厳しい考察に神妙な表情を見せている。


 ミランダ・アルメリア侯爵は、レスター家との因縁について自家の言い分をウィリアムに共有させるかたちで。そしてクリフォート・レスター公爵は、ウィリアムに友情を行動で示すよう強いるかたちで。それぞれアーガイル家が味方になるよう圧力をかけてきた。

 その結果、ウィリアムはアルメリア家とレスター家のどちらと手を結ぶことを選んでも、選ばなかったもう一方から裏切り者扱いされる状況となった。

 これで手を結んだ側が敗北したら、すなわちアーガイル家も敗者となる。裏切り者の敗者がろくな目に遭わないことは誰でも容易に想像できる。少なくともこのフレゼリシアの都市と城と鉄鉱山は奪われるだろう。貴族家として滅亡に追い込まれる可能性もある。そこまではいかずとも、許してほしければ当主の首を差し出せ……などと要求されることは大いにあり得る。それ以前に、戦場において最優先で殺すべき敵将として狙われる可能性も。

 アルメリア家もレスター家も、アーガイル家が素直に味方につかないのであれば、敵対し勝利した後にはいっそ鉄鉱山を奪ってしまいたいのが本音のはず。両家の当主がわざわざ来訪してまでウィリアムを自陣営に勧誘したのは、アーガイル家を味方にしたいのはもちろん、味方にできなかった場合には堂々と報復する意思があることを対面で示すためだったと推測できる。

 わざわざ大貴族家の当主が赴いて対話するほどに、アーガイル家は重要視されている。なので味方になれば厚遇されるだろうが、だからこそ敵対すれば容赦はされない。それがあらためて明らかとなった。想像上の懸念は、現実の危機となった。


「ああ、可哀想なウィリアム。私の愛する人をこんなに悩ませて怖がらせるなんて、アルメリア侯爵もレスター公爵もろくな人間じゃないわ。卑劣で横暴で強欲で……」

「ほんとだよぉ……アルメリア侯爵はともかく、クリフォード様があんな強引な手でこっちの言質をとりにくるなんて、正直残念だなぁ。お互い立場もあるけど、友だちなのになぁ」


 隣に座るジャスミンに抱き締められ、頭を優しく撫でられながら、ウィリアムの嘆きは止まらない。


「仕方がありません。レスター公爵は閣下のご友人であり、柔和な人柄の御方ですが、かといって甘い相手ではないでしょう。大貴族家の当主として、必要とあらば卑劣な策も強硬手段も用いることはためらわないはずです」

「過去の動乱の時代を振り返っても、それまで仲の良かった貴族同士が一転して潰し合うことは決して珍しいことではありませんからな」

「まあ、そうだけど……そういうのってあくまでも歴史上の話だったのになぁ」


 エイダンとロベルトの言葉は正しいと認めつつ、ウィリアムは深いため息を零す。


 ウィリアムの二十年の半生は、平和そのものだった。国境地帯の紛争はあくまで遠くの出来事。貴族同士の対立で人死にが出るような事態は、政争のくり広げられる宮廷で偶に起こったり、どこかの領境紛争で緊張が高まり過ぎた末に不運な事故として稀に起こったりする程度。大勢が殺し合う動乱の時代など、自分が生まれる遥か前の歴史だった。

 過去の歴史を見れば、動乱の時代には他貴族の財産を奪うことなど日常茶飯事。それどころか命を奪うことも何ら珍しくない。無理やり口実を作り出し、報復の名のもとに一族郎党皆殺し……などという例も、歴史書を紐解けばごろごろ出てくる。書物としては大変読みごたえがあるが、ずっと歴史のままであってほしかった。

 しかし、もはやそうはならない。新たな動乱は、現実として迫りくる。最初の一歩がこの壮絶な板挟みの状況。最初の一歩目から、あまりにも重い。


「嫌だよぉ~死にたくないよぉ~! 平和に長生きしたいよぉ~!」


 必ず殺されると決まったわけではないが、必ず助かると決まったわけでもない。死ぬ可能性が相当程度あるというだけでもウィリアムにとっては大変な恐怖であり、だからこそ嘆きの言葉が零れ続ける。


「ご安心ください、閣下! 我らアーガイル伯爵領軍が、必ずや閣下とジャスミン様をお守りしてご覧に入れます! そうだろう、ギルバート?」

「無論です。アーガイル家の御為に、全身全霊をかけて戦います」

「……二人とも、ありがとぉ」


 その言葉に、ウィリアムもひとまず半泣きで嘆くのを止める。自信満々で語るロベルトも、厳しい情勢に動じることなく冷静に言うギルバートも、実に頼もしかった。


「ウィリアム。レスター公爵も返答までの猶予はくれたことだし、ひとまず今日はお仕事お疲れさまってことで、あとは休んでいいんじゃない? 疲れたでしょう?」


 甘い声で提案したのはジャスミンだった。ウィリアムの選択次第では自身の命も危うくなる彼女は、しかし恐怖に襲われて情緒が不安定な夫とは裏腹に、この状況でも落ち着いている。

 ジャスミンの言葉に、ウィリアムも精神的な疲労を強く実感しながら頷く。格上の貴族との極めて重要な会談ともなれば、受ける心労も大きい。その会談を経て状況が悪化したとなれば尚更に。


「そうだねぇ。仕事も詰まってはいないし、今日のところはゆっくりしようか……どっちの陣営を選ぶか、最終的に決めるまでの猶予、どれくらいあるかなぁ」

「おそらく、冬の前には両家とも返事を催促してくるのではないでしょうか。来年の冬明け以降になれば、もはやいつ本格的な戦争が起こってもおかしくありません。アルメリア家とレスター家としても、アーガイル家をはじめとした周辺の貴族家がどちらの陣営につくか、今年中にははっきりさせたいはずです」

「ってことは、またしばらくは情報収集かぁ」


 エイダンの考察に納得しながら、ウィリアムは呟く。


 おそらくアーガイル家は、アルメリア侯爵領とレスター公爵領の周囲に領地を持つ中小貴族家の中でも、最も早く勧誘を受けた部類。ミランダとクリフォードはこれから、重要な貴族家に対しては当主自ら領地に赴いて自陣営に誘い、そうでない貴族家にも使者や書簡を送って引き込もうとするはず。

 中小貴族たちの決断が出揃うまでには時間を要する。ウィリアムと同じように、他の貴族家の動向を探った上で自らの立ち位置を決めたがる者もおそらく多い。とはいえ、アルメリア家もレスター家も、今年の内には誰が味方で誰が敵なのかを定めた上で来年以降の戦いに臨みたがるのはほぼ間違いない。

 となれば、期限は残り数か月。その間にできる限りの情報を集め、アルメリア家とレスター家それぞれの陣営に有利不利が生まれるかを注視するのが、現状での最善手。


「アルメリア家とレスター家、及びその周辺の貴族家の動向については、全力で情報収集に努めてまいります。ご判断の材料となる情報について、明らかになる分は必ずお届けいたします」

「軍事に関しても、引き続き抜かりなく進めてまいりましょう。最後にものを言うのはやはり力ですので」

「うん。頼んだよぉ」


 ウィリアムは側近たちに答え、会議を締めた。

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