8.食べたくない
自分の家の話をいつの間にかしているうちに、ふとこの子が住んでいると思われる、このお屋敷のことが気になった。彼女以外の人物が住んでいるような気配はないが、他に誰もいないのだろうか。
「それよりここ、一人で住んでんの?」
「うん、まあ」
彼女はあらぬ方向を向いている。目線を追うと、象牙色のカーテンが風力を示すかのようにぱたぱたと揺れているだけだった。
「どうして倒れるほどの空腹になったわけ。冷蔵庫の中見たけど、食う物もちゃんとあったし、食おうと思ったら食えただろ」
倒れるほどの理由がどこにもなかった。彼女はこちらを振り向きニカニカ笑った。
「ごはん食べること忘れてたんだよね」
「え?」
先ほどはあれだけたくさん食べたのだ。拒食症ということではないはずだ。食べることができない人ではない。冷蔵庫に食料があるにもかかわらず、実際にさっきまでは倒れていて。もしかして考えられることは演技? いやいや、それはないだろうけど。食事を忘れてそのまま倒れるなんてことがあり得るのか。
彼女はぼくが頭を抱えているあいだ席を立ち、台所で水を注いで戻ってくると、その水を飲んだ。
「あ、あんたも飲む?」
「……うん」
勢いよく喉を鳴らして彼女は水を飲み、反対にぼくは、まるで熱いお茶をすするかのようにちょびちょびと水を飲んだ。
「なんだって、ひとつ何かをやり始めると、他のことは忘れる?!」
「そんな大きな声出さないでよ」
コップの中の水の波紋が、声の反動で広がる。彼女はうるさそうに目を背けた。
「忘れたって三日間だろ、そんなことあるわけない。倒れてたんだぞ。あのまま何も食べないで起き上がることもできなくなってたら、どうなってたと思うんだ」
彼女はぼくに目を向けることなく、頬杖を突いている。
「お腹が空いたなあと思っても食べる気になれないの」
「はあ、なんで」
ちらっとこっちを見てから、彼女はわずかにため息を吐いた。
「なんでって、あんはたに言ってもわかんないよ、そもそもなんで言わなきゃいけないわけ」
彼女はふくれっ面で、ぼくをじっとり睨みつけた。そもそも何でこいつの態度は、こうも突っかかるのだ。何か変なことを聞いたか。倒れていたやつに原因を聞いているだけだろ。なんでこんな態度を取られないといけないのか。気分を害するのは、ぼくであるべきだ。