3.白い手
「どどどど、どうしたんですか」
突然の光景にパニックになって、慌てて女の子の傍に駆け寄った。女の子はぐったりして、目を閉じかけていた。
「きゅう、きゅう、救急車に電話」
右往左往に首を巡らせ、後方斜め、椅子の上に電話を発見した。受話器を上げ、急ぎ旧式のダイヤルを右に回すと、ぼくの耳の横から不気味な白い手がにょきっと伸びてきて、ダイヤルを回している手首を力強くつかんだ。
「ちょっと、ストップ」
耳元で微かな息遣いが聞こえた。
「どこにかけるの」
白い手と、かすれているのに肝の据わった深い声に圧倒され、身体に緊張が走った。
「人が、死にそうだから、すぐにでも救急車を呼ばないと……」
「いいから受話器を置いて」
受話器を握っている方の手にも、もう片方の白い手が添えられ、そのまま受話器を電話の上に戻させたあと、白い手は後ろにゆっくりと引っ込み、そのあとドサッという音がした。振り向くと女の子は倒れていた。いつのまにか猫はいなくなっている。開け放たれたままの窓にカーテンがバサバサと揺れていた。
彼女の傍に近づき跪いた。身体は細く、いかにも弱々しかった。救急車を呼ぶなってことらしいが、それで問題ないようには見えない。
「でも、こんな――」
意識はしっかりしているみたいだけど、彼女は横たわったまま顔を上げようともしない。
「大丈夫。病気とかじゃないし、死にはしないから。お腹が空いて力が出ないだけ」
お腹の空き過ぎで倒れているというのか。体を起こせないほどの空腹とは甘く見ていいものじゃない。放っておいたら餓死するということじゃないか。現に彼女のウエストは両手で挟めてしまいそうなほど細く、声は今にも消え入りそうだ。
「一体いつから食べてない?」
わずかに彼女の目をが開いた。それだけのことがしんどそうだった。
「三日くらいは、水しか飲んでない」
「三日。三日も何も食べてないのか。あんたみたいな細い子が三日も」
倒れて当たり前だ。これだけ細い子が三日間何も食べなかったら、生きるためのぎりぎりのエネルギーだってなくなってしまう。このまま起き上がれず、食べ物を補給できなかったらどうなってしまうのだ。
「台所借りるから。あんたもいつまでもそんなとこに寝てないで、起きてテーブルの上、片付けろ」