2.猫の行く先
いつも自転車で通り過ぎていたビル群が連続する道とはちがい、古い家や、個人経営の小さな店舗が転々と立ち並ぶ広い通りに出た。人影はない。猫はさらに駆けていった。
「どこまで行くんだ? こっちに何があるってんだ?」
二十分かそこら走っただろうか。びっしょりと汗をかき、背中にはポロシャツが張り付いていた。何度も立ち止まりそうになったが、猫に止まる気配はなかった。鶏ささみは大事な食材だが、なくても昼飯が作れないわけではない。猫はどんなに高い塀もジャンプして昇ることができ、そのうえ俊足。太刀打ちできないことを思い知った。
諦めて戻ろうと、ひと息吐いたとき、二十メートルほど先にいた猫が左に曲がり、家らしき大きな建物に飛び込んだ。
「飼い猫だったのか?」
安心な家の中で、ゆっくりささみをいただこうっていう魂胆だろうか。再度息を吐くと、猫が入っていったその屋敷に向かって走った。
一軒家というより洋風なお屋敷というほうが相応しい気がした。立派な造りをしているが、無数の罅ひびが建築物の古さを物語っていた。近くには他に建造物もなく、静まり返っていた。庭があり、大きな木が三、四本立っていた。木々はお屋敷に暗い影を落としていた。
厚みのある重そうな扉が、ほんの僅か開いていた。とても人が住んでいそうな気配はなかった。暗く、埃っぽい匂いが漂っていた。おそらく先ほど飛び込んでいった猫の住処にでもなっているのだろう。思い切って、扉の隙間から体を滑り込ませた。
玄関は薄暗く、扉から細い光が差し込むだけだった。猫はどこに行ったんだろう。念のため靴を脱ぎ、廊下を小走りで進んだ。広い洋間を覗いたとき、枕くらいの塊が動いた。ゆっくりと近づいてみると、あの猫だった。
「動くなよ」
あと五メートルというところまで近づいたとき、
「鶏の生肉なんて食べられないよ」
消え入りそうなほど細く力のない声が聞こえ、白い陶器のような手が、すっと猫の頭に伸びた。猫は「ニャア」と甘えた声を出し、気持ちよさそうにその手に擦り寄った。机の陰になっていたので見えなかったが、屈んでみると、なんとそこに人が横たわっていた。猫はその人物の鼻先に鶏のささみを置いたのだ。中学生くらいの女子のようだった。