疾い小童 その肆
妻、侑季が酷い鬱から奇跡的な復活を
遂げたのを私は全力で喜んでいたが、
侑季は私を力尽くで突き離した。
「ちょっと、あなた。どうしちゃったの!?
さっきからあなたの話を聞いても理解できない!」
「えっ、だって本当に嬉しいんだ!
お前は昨日まで酷い鬱状態だったんだよ!
赤ちゃんみたいな言葉しか発せないし、
家中の家電を舐めたり噛んだり喰ったり
してたんだ!この前なんかリモコン喰ってたろ?
………俺はその生活を7年も続けていたんだよ!」
信じられない、と侑季が呟く。
本当に記憶が無いのか?
子供達はそんな妻を囲んでいる。
中には頭をよしよししている奴も居る。
……これじゃ、俺が悪者じゃないか。
とりあえず俺は疲れていたと言い聞かして
侑季に謝り、颯爽と出勤の支度をした。
その際に家の家電を調べてみたが、
どこにも異常は無かった。
なんとかして通勤ラッシュを掻い潜り、
急いでオフィスに入ろうとすると
鳥口に聲をかけられた。
奴は眉間に皺を寄せて
やけに真剣な口調だった。
「おい烙本。昨日の事なんだけどよ……」
「あー。愚痴こぼしなら良いって。
いつもの事だろ?お前の十八番
なんだから。」
「違ぇよ!……お前の″幻覚″の話だよ。」
幻覚?いったいなんの事だ……
………あ、もしかして子供達の事か?
「悪いが昼、空けといてくれ。
良い店知ってるんだ。昨日のケジメだ。」
「いや、でも侑季が弁当作ってくれたんだ。」
「ならその愛妻弁当は3時のオヤツとして
喰ってくれ。どうしても、今日中に話したい。」
分かった、と俺が告げる前に鳥口は会議室へと
向かってしまった。
………愛妻弁当か。良い言葉だな……
昼時、やや不機嫌な鳥口に着いて行くと
お偉いさん方の接待で使う様な
敷居の高い鉄板焼きのレストランだった。
鳥口は何を話すつもりなんだ?