お礼
セラやトーアと別れたわたしは、ノアの気配がする方へ、足早に歩いて行く。
ノアはわたしの眷属だから、会いたい時に居場所が何となくわかるので、とても便利だ。
あの場所から離れるために何となく口から出た言い訳だったけれど、考えてみたら、確かにまだノアにお礼を言っていなかった。むしろわたしとしては、トーアより先に会ってお礼を言うべきだったのかもしれない。
けれど、トーアがセラのために今までにない大発明をしたのだと騎士たちから聞いて、セラがとても感動してお礼を言わなきゃと言っていたので、二人で一緒に行ってきたのだ。
わたしも主として、トーアを褒めてあげないと、と思ったし。
トーアはセラのために頑張っていたけれど、ノアはわたしのために、今日一日の予定を変更して、頑張ってくれた。
朝、セラの失踪に気づいて焦るわたしを落ち着かせてくれて、自分がセラを捜すからと、わたしをパレードへ送り出してくれた。そのおかげで、わたしはこの建国祭の大切な日に、きちんと皇女として振る舞うことができたのだ。
もう寝る準備を始める時間だけれど、できれば今日中に会って、お礼を言っておきたい。
……それに今、なんだかすごく、ノアに会いたい気分なのよね。
気配を追ってみると、どうやらもう部屋に帰っているようだ。今日は色々と動き回らせてしまったし、早めに休むつもりなのかもしれない。
……でもきっと、ちょっとお部屋でお話するくらいなら、大丈夫よね?
ノアの部屋の前まで来たわたしは、部屋をノックしようとした。けれど、なんとその前に、ドアが内側から開いてしまった。
「……キアラ?」
そしてなぜかちょっと呆れ顔をしたノアが、部屋の中から顔を出す。
「ノア! よくわたしが来たのがわかったわね」
「いや、そりゃあわかるっていうか、信じたくなかったんだけど、本当に来たんだな……。陛下から、オレの部屋には一人で行くなって、散々言われてるんじゃなかったか? 特に夜はさ」
……そういえば、そうだったわ。
わたしも大人になってきたということで、だんだんとこういう小言を言われるようになり始めた。
いくら眷属だからといって、つがいでもない男の人の部屋で二人きりなのはよくないとか、うんたらかんたらと口うるさく。
わたしだって、世間体というものがあるのは理解できるけれど、正直面倒だなとも思う。
……それに、ノアと会うのを制限されるなんて、なんだかすごく嫌なんだもの。
「まあ、今日はいいじゃない。次から気をつけるから。ちょっとだけ、入れてくれない?」
「いや、バレたら、オレが怒られるんだけど。っておい」
話しながらサッと部屋に入ろうとしたところ、ノアに腕を掴まれてしまった。
「わかったよ。話をするなら、外へ行こう」
「えー……」
少し前までは、普通に入れてくれていたのに。こういう変化が不満で、わたしは口を尖らせる。
「どうしてもダメ?」
「……っ、こら。そんな目で見るな。入れてやりたくなるだろ」
……入れて欲しいんですけど?
わたしがどんな目で見ていたのかはわからないが、結局、ノアは部屋に入れてはくれなかった。ノアはわたしの眷属なのに、わたしよりも父の言うことを聞く傾向がある気がする。
……むう、解せぬ。
◇
空には、キラキラと綺麗な星が輝いている。
やってきたのは、夜の庭園だ。噴水の側にあるベンチに、二人で並んで腰かけた。
春とはいえ夜はまだ少し冷えると言って、ノアが部屋から持ってきた上着をかけてくれる。
「ありがとう」
「ん。で、どうした? セラは、何とか式典に間に合ったって聞いたけど、何かあったのか?」
「ううん。セラは、ちゃんと出演できたわ。ノアが、すぐにセラを見つけてくれたおかげよ! それに、ノアが証拠の小瓶を見つけてくれたから、すぐに犯人も捕まえられたのよね。本当にすごいわ!」
「いや、オレはそんなすごいことはしてないよ。それよりも、トーアがセラを絶対に式典に出させてやりたいんだって、すごく頑張ってた」
「そうなのよね! 新しい魔道具まで作ったって聞いたから、びっくりしちゃった。今日のセラはね、すごく素敵だったのよ。いつもは可愛いけど、今日は堂々としていて格好よかったの!」
「へえ。よかったな」
「あっ。でも、ノアは見られなくて、残念だったよね……?」
父の側にロドルバンさんがいたように、本当なら、ノアは今日もわたしの近くで護衛をしてくれるはずだった。他にも護衛はいるのでセラの捜索を任せてしまったが、おかげでノアは式典の様子を見ることはできなかったのだ。
「別にいいよ。セラがちゃんと式典に出られて、キアラが悲しまなかったなら、何も問題ない」
ノアが優しすぎる。でも、今日のわたしは、それでは不満なのだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ノアはいつもそうやって、自分のことを後回しにしちゃうじゃない。なんだか申し訳ないわ」
ノアは自分の境遇を気にして遠慮しがちなところがあるので、もっと欲張ってもいいのに、と思ったりする。
「いつも助けてもらっているけど、今日は特にありがとうって思ったから、何かお礼したいの。ねえ、何か欲しいものとか、してほしいことはない?」
「いや、そんなのいいって。オレの立場を考えたら、ありえないくらい良くしてもらっているし、充分に与えてもらってるよ」
ノアは実質わたしの側近として働いているということで、少なくないお給金が発生している。欲しいものを自分で買うこともできるのだから、わたしがお礼をしたいと思っても、何をすればいいのか考えるのは、結構難しいのだ。
……あら? そういえば、以前お父様にも同じことを考えて、悩んだような気がするわ。その時は、どうしたんだったかしら。確か……。
「お父様にはほっぺにキスをしたんだけど、ノアにはお礼にならないわよね?」
「は!?」
ノアが驚いた様子で身を引いた。そうよね。プーニャだった時もついキスをしてしまった時があったけれど、ノアはとても驚いていた。嫌ではなかったと言っていたが、困らせてしまっていたと思う。
「そうよね。ごめんなさい、お父様はとても嬉しそうにしていたから……」
「え、いや、違う。別に、嬉しくないわけじゃないから。というか、なる。すごくお礼になる」
「そうなの?」
ノアの顔が赤い。無理をしているのではないだろうか。ノアは赤くなった顔を手のひらで隠しながら、視線だけでこちらを見た。
「……お礼のキスは、特別大好きな人にしかしないんだろ?」
昔わたしが言ったことを、ノアは覚えていたらしい。そうなのよね。お礼にキスをしようなんて、お父様やお母様、ノアくらいにしか思わないもの。
「そうよ」
「……じゃあ、嬉しいよ」
そう言ったノアの柔らかな笑顔に見惚れてしまい、思わずじっと見ていると、ノアが訝しげな顔をした。
「なんだよ。……今、してくれるんじゃないのか?」
「あっ、ごめん」
そして、ふと気づく。ほっぺにキスをしようとしても、身長差があるので、お互いに座ったままでは届かない。
……ノアは、いつの間にこんなに背が高くなって、格好よくなったのかしら?
五年前に人の姿で初めて会った時から、わたしも成長しているはずなのに、身長は追いつくどころか、離される一方だ。
それでも、屈んでもらうのは何だか違う気がしたので、わたしは立ち上がって、ノアの前に立った。
「キアラ?」
「じっとしてて」
ノアの両肩に手を置いて、ほっぺにチュッとキスをした。
「……」
「……」
なんだろう。何となくノアの顔を見ていられなくて、視線を逸らした。
サァァ、と噴水の水が流れる音が、やけに耳に響いた。
「えっと……お礼になった?」
「……なった。ありがとう……」
――この後、どうやって部屋へ帰ったのかあんまり覚えていないのは、すごく疲れていたからに違いない。うん、きっとそう。
よいお年を!




