消えた聖女
昨日の前夜祭は、多少予定外なことや不愉快な事件があったものの、全体的に見れば成功裏に終わった。
獣人族差別禁止法に堂々と違反した聖女は、今日の聖火点灯式への参列と、聖女としての行事への参加を向こう三年禁止され、所属教会へは抗議と警告文が送られることになった。これで、あの司祭だったという男性は、何らかの責任を取らされることになるだろう。
親友があんなに怯えるほど傷つけられたのだから、わたしとしてはもっと厳しく罰してほしいところだが、現実としてはこんなものだろう。
本当に、これでちゃんと反省してくれるといいのだけれど。
さて、それはそれとして。
今日は、ついに建国祭初日です!
夕方に聖火を点灯させるのに合わせて、パレードは午後から始まる。けれど、午前中は暇なのかと言えばそうではない。なぜって、パレードとは、世界中から来るたくさんの人々への顔見せと挨拶なのだ。
つまり。準備が、とっても、大変なのです!
前夜祭で夜遅くまで動いていたので、朝はとても眠い。ほとんど眠りながらお風呂へ入れてもらい、しっかりと洗われる。それが終われば、丁寧に化粧を施され、飾り付けられ、皇女キアラ・ヴァン・バルドゥーラが作られていく。
「完璧です。これぞ最高傑作……」
「はわわわわ……素敵すぎます、キアラ様!」
「あはは。ありがとう」
昨日と違うピンクのドレスは、あちこちに造花がつけられている。髪を巻いたりして、昨日よりも華やかに仕上がっているのは、パレードでは遠くから見る人が多いからだ。目立つように、これくらい煌びやかにしたほうがいいらしい。
わたしは首もとに光るネックレスに、そっと触れた。するとそれを見たリリアンが、ニコニコと声をかけてくる。
「そのネックレスとイヤリング、今日のドレスにも合うデザインで、よかったですね!」
「えっ? あ、うん、そうね!」
昨日ノアにもらったネックレスに、無意識に触っていたみたいだ。どうしてだろうと首を傾げる。
これをつけているだけで、なんだか嬉しい気持ちになる。まるでそういう魔法がかけてあるみたいだなと思いながら、そんなわけないよねと、小さく笑った。
軽く昼食を済ませようと、サンドイッチをつまんでいると、部屋のドアがノックされた。
「あら、どなたでしょう?」
リリアンがドアの方へと向かう。
もうすぐパレードが始まるというのに、来客の予定などあるはずもない。
なんだか嫌な予感がする。
やってきたのは、確かいつもセラについてもらっているメイドだった。困ったような、焦ったような顔で、恐る恐る話し始める。
「あの、お忙しいところ、申し訳ございません。皇女殿下は、こちらにいらっしゃいますか? セラ様について、お聞きしたくて……」
「皇女殿下はおられますが、セラ様ですか?」
……まさか、セラに何かあったの?
「セラが、どうかしたの?」
「恐れ入ります。先ほど、庭園へセラ様を呼び出されたかと思うのですが、その後セラ様がどちらへ行かれたか、ご存知ではないかと思いまして……」
ドクン、と心臓が音を立てた。
「……いいえ、わたしは呼んでいないわ」
そう言うと、メイドは顔色を失くして、両手でバッと口元を押さえた。
「そ、そんな。皇女殿下からの伝言を伝えに来た新人のメイドが、皇女殿下が呼んでいるから、セラ様に庭園まで来るよう伝えてほしいと、確かに言っていたのですが……」
サッと血の気が引いた。
「それで、セラは一人で向かったの?」
「は、はい。一緒に行こうとしたのですが、今日の準備があるから忙しいでしょうとおっしゃって、お一人で向かってしまわれて……。でも、なかなか帰ってこられないので、心配になって庭園へ行ってみたのです。でも、誰の姿も見当たらなかったので、おかしいと思い……皇女殿下ならば、何かご存知ではないかと……」
誰かがわたしの名前を使って、セラを呼び出したことは明白だった。そしてセラは、その後その誰かに、何らかの危害を加えられて身動きが取れない状態にされている可能性が高い。
「も、申し訳ございません! 私……」
「謝るのは後よ。セラを、助けに行かなくちゃ!」
立ち上がりかけたわたしを、メリアンが焦ったように止める。
「キアラ様、お待ちください。セラ様のことは確かに心配ですが、まもなくパレードが始まります。キアラ様は皇女として、必ず出席しなければなりません」
リリアンも続けざまに、わたしを止めようと口を出す。
「メリアンの言うとおりです、キアラ様。この件は陛下へ報告し、騎士たちに捜索を依頼しましょう。きっと、セラ様は彼らが無事に探し出してくれるはずですから!」
「でも……っ」
セラは、本当に無事なのだろうか。
今日の聖火点灯を見ていてくださいね、と笑っていたセラの顔が、頭に浮かぶ。
……セラ!
その時、すごい勢いで、誰かが……いや、ノアが近づいてくる気配がした。
バンッ!!
「キアラ、無事か!?」
「ノアルード様!?」
「ノアっ!」
ノアが、勢いよく部屋へ入ってきた。リリアンたちが驚いているけれど、今はそれどころではない。
「キアラ、よかった。無事だな。何があった?」
ノアは、眷属としてわたしの激しい動揺と不安を察知したため、慌てて様子を見に来たらしい。ノアは眷属になってから身体能力が上がっている上に、魔法も使えるので、現在は移動速度が竜人族並みか、それ以上になっている。
「セラが、セラがいなくなっちゃったの!」
「は……!?」
セラが、わたしの呼び出しだと嘘をつかれて呼び出されたまま戻ってこないと話すと、ノアは眉間に皺を寄せた。
「セラがいなくなってから、どれくらい経つ?」
「い、一時間ほどです!」
セラ付きのメイドが、すぐさま報告する。
「わかった。なら、それほど遠くへは行っていないはずだ。キアラは、もう移動する時間だろ? パレードの待機場所へ行ったら、陛下へ報告してくれ。セラは、オレが探すから」
「で、でも……」
「セラはきっと無事だ。犯人の目的が何かはわからないが、皇女の側近である帝国認定聖女の命を奪えばどんなことになるか、わからないはずがない。セラはこの後聖火点灯式があるから、必ずそれまでに……」
そこまで言って、ノアはハッとした顔をした。
「……まさか、いや」
「どうしたの?」
ノアは何か思い至ったようで、難しい顔をしている。
「確証はないけど……もしかしたら、昨日騒いでいた連中が、何か関係しているんじゃないかと思って。セラが聖火を点灯させることに、やたらと嫌悪感を示していただろ?」
「あ……!」
そういえば、そうだ。
あのイレーヌとかいう人は、獣人族なんかが帝国認定聖女なのはおかしいとか、自分の方が聖火を灯すのに相応しいとか言っていたっけ。
「決めつけて動くわけじゃないけど、奴らの動向も追ってみるよ。その前に、セラを見つけなきゃな」
《ーー!》
《ーーーー♪》
ノアの周囲から、色とりどりの光が浮かび上がった。
「あっ、精霊たち!」
「え? あぁ、精霊がいるのですね」
リリアンが、キョロキョロと何もない空中を見る。彼女には、この光は見えていない。わたしもハッキリと姿が見えるわけではないけれど、ノアを眷属にした儀式のあとしばらくすると、ノアが魔法を使う時などに、こんな風に精霊たちの光や曖昧な声だけが認識できるようになったのだ。
あの儀式は、お互いの力の一部を共有できるようになるものだと聞いていたけれど、これが、わたしがノアからもらった力なのだろう。
浮かんだ光は、やがてわたしの周囲をくるりと一回りした。
「お願い。セラを見つけて、助けてあげて」
《ーー♪》
わたしの言葉が伝わっているのかはわからないが、機嫌の良さそうな声が聞こえた後、精霊たちが四方八方へ飛んでいく。わたしはその光を、祈るように見つめた。
「精霊たち頼りの魔法は広範囲を対象にするには向かないけど、オレも直接探してみるよ。だから、キアラはパレードを頑張ってこい。自分のせいでキアラがパレードを欠席したなんてことになったら、後でセラが悲しむぞ」
「……っ」
そうだ、セラはそういう子だ。だから、わたしがやるべきことは決まっている。
「わかった。わたしはお父様に報告して、騎士たちを動かしてもらうわ。……ノア、セラをお願いね」
「任せろ」
わたしがギュッとノアの手を掴むと、ノアはわたしを安心させるように、その手に手を重ねてくれた。
……セラ、どうか無事でいて。ノアと騎士たちが、きっとすぐに助けにきてくれるからね!




