過去の因縁
ロペス卿の発言にはどっと疲れさせられたけれど、まだまだ客人たちとの挨拶は続いていく。気を抜くわけにはいかない。
次にやってきたのは、南国ファルナージャの王女だ。確か、十六歳だったと思う。彼女は後ろに侍女と護衛を連れて、わたしたちの前に進み出た。
南国の正装とおぼしき衣装は、歩く度に、シャラシャラと金属の装飾品が音を立てている。帝国のドレスに比べると露出が多めだけれど、薄い布や装飾品で多少隠されているからか、下品な印象ではなかった。褐色の肌に金髪の彼女は、太陽のように明るい笑顔を見せた。
「お初にお目にかかります。偉大なる皇帝陛下と皇后陛下、ならびに皇女殿下にご挨拶いたします。ファルナージャの第一王女、サフィアナ・サラム・ファルナージャでございます」
「遠路遥々よくいらした、サフィアナ殿。貴国と比べると、ここはずいぶんと気候が異なると思うが、体調に問題はないだろうか」
「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます。確かに帝都は我が国よりも幾分肌寒いですが、この程度であれば、問題はございません。ヴァルドゥーラ帝国を冬ではなく春に建国してくださった初代皇帝陛下には、感謝しなくてはなりませんね」
そう言ってお茶目に笑った彼女は、とても可愛らしかった。そんな彼女が、ちらりとこちらへ視線を向けた。
「皇女殿下。わたくしたちは年齢も近いですし、もしよろしければ、是非仲良くしてくださると嬉しいですわ」
……えっ。それって、王女様のお友達ができるかもしれないってこと!?
実はわたしには、対等な立場の女の子の友達というものがいない。セラはお友達だけど側近だし、帝国貴族の女の子たちも、どうしても立場はわたしより下になる。
わたしが皇女である以上、それは仕方のないことだと思っていた。でも、帝国の方が圧倒的強国であるとはいえ、他国の王女様なら、ほとんど対等と言えるのではないだろうか。なんだか、期待で胸がワクワクしてきた。
「もちろんです。こちらこそ、仲良くしてくださいませ。ご迷惑でなければ、今度お茶会にお誘いしても構いませんか?」
「まぁ、是非! わたくし、建国祭後もしばらくは、帝国に滞在するつもりですの。建国祭中は皇女殿下がお忙しいでしょうから、その後でも大丈夫ですので、お誘いをお待ちしておりますね。楽しみにしておりますわ」
そう言うと彼女は最後に、ちらりと一瞬だけ、頬をピンクにしながら、ノアの方を見た。
……あれ?
サフィアナ様が去った後、ノアが後ろから小声で話しかけてきた。
「……キアラ、彼女は大丈夫なのか?」
ノアが言っているのは、サフィアナ様も何か思惑があって近づいてきているのではないだろうか、ということだろう。
「あぁ、うん。大丈夫。サフィアナ様は、きっと悪い子じゃないわ」
そう返すと、ノアは少し安心したようだった。昔から、わたしのこういう勘はよく当たるのだ。ノアも、それをよく知っている。危険なものや人は、ピリピリと嫌な感じがするけれど、彼女はむしろ、温かい日差しのような雰囲気を感じた。
もちろん、そういう人を利用して利益を得ようとする人が裏にいる場合があることも知っているけれど、誰も彼も警戒して遠ざけていたら、友達などできないと思う。
……でも、なんだろう? ちょっとだけ引っ掛かるような、この感じ。サフィアナ様はノアに一瞬視線を向けただけで、何もおかしなことはない、はずよね?
「そうか。仲良くなれるといいな」
「う、うん。ありがとう」
その後すぐに次の相手がやって来て、わたしはその違和感を、すぐに忘れてしまったのだった。
ーーそんなこんなで、やっと挨拶が終了した。
「疲れただろう。舞踏会が始まるまで、しばらく休憩にしようか、サーシャ」
「ええ。ありがとう、ディオ」
「キアラはどうする?」
父と母は、一旦控え室へ戻るらしい。わたしも正直かなり疲れているけれど、セラとトーアもここに来ているはずなので、声をかけてからにしたい。
「わたしは、少しホールに出ようと思うわ」
「そうか。気をつけるんだぞ」
「大丈夫、ノアがいるから。ね、ノア?」
「もちろん。陛下、キアラに近づく不埒な輩は必ず排除しますので、ご心配なく」
「うむ。頼んだぞ、ノアルード」
……何かノアって、たまにお父様とすごく息が合う時があるのよね。
ちょっと羨ましく思いながら、私は席を立った。
セラとトーアを探してホールを歩く。途中で何度か声をかけられそうになりながらも、丁重に断りながら歩いていると、やっとセラの姿を見つけた。すぐそばにトーアの姿も見えたので、二人は一緒にいたようだ。
「セ……」
「どうしてあなたが、ここにいるのって訊いているのよ!」
声をかけようとしたけれど、それはセラのそばにいた女性の怒鳴り声に掻き消されてしまった。
一体何事だろうとよく見てみれば、怒鳴られていたのは、なんとセラのようだった。セラの顔は青ざめていて、手が小刻みに震えている。
状況がよくわからないけれど、このまま放っておくわけにはいかない。セラのところへ行こうとした瞬間、トーアに先を越されてしまった。
「この方は、帝国認定聖女ですよ。ここにいることは、何もおかしなことではありません。そもそも、いきなり怒鳴り付けるなんて、無礼極まりない行いです。どなたかは存じ上げませんが、私はあなたの方が、この場所に相応しくないと思いますが」
「……っ、なんですって!? 私は聖女なのよ! 明日の式典にも、参列を許可されているの。私こそが、聖火を点灯させるのに相応しいのに! それなのに、何? そこにいる偽者聖女なんかが帝国認定聖女だなんて、冗談でしょ!?」
……何を言っているの、この人?
反射的に思わず出しかけた手を、ノアに止められる。
「落ち着いて。気持ちはわかるけど、冷静にならないとダメだ」
ノアを見上げると、彼も不快感を隠さない目で、怒鳴る女性を見据えていた。
……そうよね。怒りに任せて行動しちゃダメ。わたしは皇女なのだから、毅然と対応しなきゃ。
「冗談では全くありませんが。むしろなぜあなたがそこまでおっしゃるのか、理解に苦しみますね。何を根拠にそのようなことを?」
「だって、そいつは獣人族じゃない! 獣人族が帝国認定聖女だなんて、おかしいわ!」
ざわりとどよめきが起こった。獣人族に対して明らかな差別的発言をした彼女に、戸惑いや批判的な視線が多数向けられているが、彼女は激昂していて、全く気づいていない様子だ。
「何を言っているのですか? 獣人族だというだけで彼女を貶める発言をするなんて、正気とは思えない。獣人族差別禁止法が施行されてから久しいというのに、よりによってこの皇城で、陛下が定めておられる法を犯すおつもりですか?」
「なっ……!? そ、そんな法律は形だけで……!」
「イ、イレーヌ様! 何をしてらっしゃるのですか!?」
騒ぎに気づいてやってきたのか、聖女の付き人らしき初老の男性が、突然中に割って入った。彼は、彼女の発言がまずいものであるとわかっているようだ。
「ここでそのような発言をしてはなりません。言ったでしょう、聖女であるあなたは常に注目を集めているのだから、言動には気をつけるようにと!」
「でも、聖火の点灯をするのが、下等な獣混じりだなんて……!」
「イレーヌ様!!」
老人が大声を出したことに驚いたのか、彼女は目を瞬かせながら、ようやく口を閉じた。
「皆様。お騒がせして、誠に申し訳ございません。イレーヌ様は少し気が動転しておられるようですから、これで失礼させて頂きます」
「待ちなさい」
このまま行かせてしまっては、一連の無礼に目を瞑ることになってしまう。そんなことは許さないわ!
「この場を騒がせたことよりも、謝らなければならない相手がいるのではなくて?」
「こ、これは、皇女殿下……!」
わたしは、頬を押さえて悔しそうな顔をしている女性に、ちらりと視線を向けた。
「そこにいる女性のことですけれど。帝国において明確に定められている法を軽んじ、帝国認定聖女を無為に貶めたことを、なかったことのように振る舞うのは、皇女であるわたくしが許しません」
「も、申し訳ございません! そのようなつもりは……イレーヌ様、早くこちらの聖女様に謝罪を!」
「どうして私が……っ! 嫌よ! 私は間違ってないわ! 放して!!」
イレーヌと呼ばれた彼女は、老人の手を振り払い、そのまま逃げるように去っていってしまった。
「いや、ははは……申し訳ございません。イレーヌ様は我が教会が誇る優秀な聖女なのですが、少々世情に疎いところがありまして……帝国認定聖女様には、私が代わってお詫び致しましょう」
たぶんこの人も、普段から獣人族を差別している人なのだろう。渋々謝罪しているのが、わたしにはわかった。ここが皇城で、皇女のわたしの前だから、しおらしく振る舞っているに過ぎないのだ。
「……セラ、大丈夫?」
「……っ」
トーアが心配そうに声をかけるけれど、セラはショックを受けたせいか、動けないようだ。まだ顔色が悪い。
「あのようにひどい言葉で侮辱されたのですから、彼女の心痛は計り知れません。……セラ、あなたはゆっくり休んでください。トーア、セラを頼んでもいいかしら?」
「お任せください、皇女殿下」
トーアがセラに寄り添うようにしてこの場を去った後。
わたしは、老人に向かって毅然と言い放った。
「帝国法に背き、我が帝国が誇る帝国認定聖女を貶めたのですから、先ほどの彼女には、然るべき対応をさせて頂きます。覚えておいてくださいね」




