アンドリュー・ロペスの嘆願
わたしは今、とても頑張っている。
何をって、次々とやってくる貴族たちや、各国の使者たちの挨拶の受け答えを、だ。
参加者の名前や特徴、それに併せて出身国や領地の特産まで、一生懸命覚えてきたものの、それらを上手く引き合いに出しながら和やかに会話を続けるというのは、なかなかに大変である。
まぁ、実際はほとんど父がやってくれているのだが、母もわたしも、ずっと黙ったままというわけにもいかない。たまに話を振られた時にきちんと対応できるよう、常に話の流れを意識して聞いておかなければならないのだ。これが、結構疲れる。
きっと、母も同じだと思うけれど、母はそんなことはおくびにも出さずに、ずっと美しく微笑みながら姿勢よく座り、皇后として会話をしている。わたしも頑張らなければ。
でも、こんなに疲れるのは、きっと先ほど父が言った通り、何かしらの思惑を持ってわたしに話しかけてくる人が多いからだと思う。
「皇女殿下におかれましては、聞きしに勝る美しさで……」とか「あとで是非二人きりで帝国の未来についてお話を……」とか「双方の国の結びつきを強めるには……」とか言いながらチラチラとこちらを見てくる男性が何人もいて、その度に背筋がゾワゾワして仕方なかった。父が無言で一睨みすると大体みんな引いてくれたけれど、たぶん、あれは少し竜気にあてられていたと思う。みんな、可哀想なくらい真っ青になっていたから。
……それにしても、わたしって、政略結婚の相手として狙われやすかったのね。確かに、今のところわたしは唯一の皇位継承者だから、わたしと結婚すれば、将来帝国のトップになれる可能性が高いものね。なるほど、そういう風に狙われるのは、盲点だったわ。
竜人族はつがいをとても大切にするので、政略結婚は少数派だ。よほど権力に固執する人でもなければ、皆自分が好きになった相手と結婚している。
ヴァルドゥーラ帝国は大陸一の強国だから、たとえ皇女でも、必要のない政略結婚をするつもりはないことなんて、わかりそうなものだけど。お父様だって、人間族のお母様を選んだのだし。
「皇女殿下。この後は是非、私とファーストダンスを踊っていただけませんか」
若い竜人族の男性が、夢見るような表情でそう声をかけてきた。妙にキラキラしくて、なぜか断られるなんて微塵も思っていないような、自信に溢れた態度だった。
……確か彼は、何代か前の皇族の血を引く、西方の土地を治める貴族の三男の、アンドリュー・ロペス卿だったと思う。でも、どうして彼は、こんなに自信満々なのかしら? 普通は、ファーストダンスはエスコートしてくれたパートナーと踊るものなのに。
疑問に思っていると、ふと彼に熱い視線を送る女性の多さに気がついた。もしかしたら、彼はすごく人気があるのかもしれない。確かに、金髪碧眼で鼻筋の通った外見は、歌劇のスターのように華やかだ。わたしは、彼のように華やかな外見には、あまり魅力を感じないけれど。
……たぶん、この人も例に漏れず、わたしを見る目がちょっと気持ち悪いせいもあるわね。
そう納得していると、ノアが後ろから、わたしの代わりに答えてくれた。
「申し訳ありませんが、皇女殿下は本日、私以外と踊る予定はございませんので」
ノアの言う通りだ。わたしはダンスはそれほど好きではないので、今日のパートナーであるノア以外とは、元々踊るつもりはなかった。
わたしは特に何も言うことはなく、ノアの言葉を肯定するように微笑んだ。
すると、ロペス卿は明らかに不快だという表情を浮かべて、ノアを睨んだ。
「僕は尊き皇女殿下に話しかけているのです。あなたの意見は聞いていない」
……あれー? そうだよって伝えたつもりなんだけどな。しっかり言わないとダメみたいね。
ノアに対する侮りが透けて見えるような、失礼な態度を取った時点で、わたしの彼に対する好感度は地に落ちていた。早々にこの会話を終わらせたい。
「そうでしたか、それは失礼。しかし、私は殿下の意に反することを申し上げているつもりはないのですが」
ノアの言葉に、今度はしっかりと頷いておく。
「ええ、彼の言う通りですわ。お誘いはありがたく存じますが、ダンスのお相手なら、他にもロペス卿のお誘いを待つ魅力的な女性たちがたくさんいらっしゃいますから、彼女たちを誘って差し上げてくださいませ」
……ほら、たくさんの女性があなたをあんなに熱く見つめているんだから、その人たちを誘ってあげて!
わたしの言葉に、彼は「信じられない」と言わんばかりの顔をした。そして、グッと唇を噛む。
「……で、では! これはダンスの申し込みをを受け入れて頂けたら、その時に提案しようと考えていたことなのですが、今提案させてください!」
この機会を逃すまいと、彼は焦ったように喋りだした。
「どうか、私を皇女殿下の側近にしていただけないでしょうか!?」
ざわっ、とどよめきが起こった。
……突然何を言い出すの、この人?
「私は皇女殿下と身分も年齢も近いですし、魔法の腕にも自信があります。きっと、護衛としていい側近になれるかと存じます!」
……ええー? そう言われても……。
優秀なのも大切だけど、側近は、当然ながら一緒にいることが多い。だから、能力よりも性格が合うかどうかが、わたしは一番大切だと思っている。
だから、側近としての能力を身につける前から、わたしはセラをほとんど側近にすると決めていたし、ミリーシャだって、ルーシャスのつがいだからと、すぐさま側近にはしなかった。何度かお話しして、仲良くなれると思ったから、側近にしたのだ。
この人とは初対面だけれど、全く仲良くなれる気がしない。けれど、やんわりと断ろうとしたその時、周囲から期待の声がそこかしこから聞こえ始めた。
「まぁ、ロペス卿が皇女殿下の側近に?」
「確かに、彼ならば相応しいのではないか?」
「優秀だと聞くし、側近に相応しい身分も持っている。皇女殿下も、きっと喜んで受け入れられるだろう」
「アンドリュー様ほど素敵な方なら、皇女殿下も断る理由がないわよね?」
「彼は帝国でも指折りの婿候補ですもの。ゆくゆくは、お二人がつがいになられるかもしれませんわ」
なぜか、やけに周りが盛り上がってしまっている。彼をつがいにするなんてあり得ないし、婿どころか側近にするのも嫌なんだけど、ここまで注目されてしまっては、曖昧にしておくと了承したと見なされかねない。
彼は人気者みたいだし、周囲の空気を後押しにして承諾させようとしたのかもしれないけれど、この場できっぱり断っておかなくちゃ。
口を開きかけたわたしの返事を察したのか、彼はまた、すぐさま焦ったように切り出した。
「私は厳しい予選を勝ち抜き、建国祭三日目の武闘会の出場が決まっております。武闘会で優勝すると、法に触れるかよほど無茶なことでなければ、皇族の皆様より、願いをひとつ叶えて頂けることになっているはずです。ですから私が優勝した暁には、皇女殿下の側近として、私を召し上げて頂きたいのです!」
……えぇー!?
なんてことを言うのだ、この人は。
確かにそういう制度はあるけれど、ほとんど形骸化したものだと聞いている。本当に具体的な願いを皇族へ向かって口にする人は、ほぼいない。
「望むものはあるか」と訊かれたら、「陛下の御心のままに」と答えるのが、普通なのだ。つまり、報奨はだいたいお金になるという寸法である。
そのお金では叶えられないような、皇族ならば与えることができる名誉を得たい時。
例えば子供の名前を考えてほしいとか、皇帝夫妻に結婚の証人になってほしいとか、そういうささいな名誉を求める人はいると聞いていたけれど。
……まさか、優勝したら私の側近にしてほしいなんて!
結婚してほしいなんて言われたら、無茶な願いとして退けられるけれど、あくまでも側近だ。この人は血筋のいい竜人族で、もし大会で優勝したとしたら、間違いなく腕もいい。無茶な願いとは言えない……よね……?
父をチラリと見てみるけれど、苦々しそうな顔をするだけで、彼を止める気配はない。つまり、無茶な願いではないから、止められないということだろう。
まずい。父が先ほどからずっと、軽くとはいえロペス卿に向かって威圧しているはずなのに、全く堪えてない様子からして、腕に自信があるというのは嘘ではなさそうだ。もしかしたら、本当に優勝してしまうかもしれない。
でも、この人が護衛になるのは、ちょっと嫌だな。しかも、この人はルーシャスたちとは違って、皇城の中でも常についてきそうな感じがする。……うん、やっぱり結構嫌だな。
一度側近にしてしまうと、辞めさせるには明確な理由が必要になる。周囲から、安心して仕えることができる主ではないと思われてしまうからだ。
早く答えないと、不審に思われてしまう。でも、彼を避けるためのいい考えが浮かばない。どうしよう、困ったな……。
《不本意だろうけど、ここは受けるしかないな》
頭を悩ませていると、ノアから念話で話しかけられた。ちらりと視線を向けると、ノアはわずかに頷いた。
《でも、おそらくだけど、こいつは優勝できないと思う。今年は、マギナリアからの参加者がいるから》
……そっか! そういえばそうだったわ!
魔法国家、マギナリア。
マギナリアは小さな島国だが、土地に魔素が溢れているとかで、人口のほとんどが魔法使いという、とても珍しい土地だ。
普段はあまり国交もなく、彼らの外見や生活環境など、多くは謎に包まれている。けれど今回、そこからやってきたという魔法使いが、予選で大暴れしたという話はわたしも聞いた。かなりの実力者で、優勝候補筆頭だと、噂になっていた。
ここで断れないのだから、あとはロペス卿が、彼に負けてくれることを祈るしかない。
「……わかりました。もしロペス卿が優勝できたなら、その件は前向きに検討いたしますね」
「はい! ありがとうございます、殿下!!」
嬉しそうな彼を、たくさんの拍手と歓声が包んだ。盛り上がる周囲の空気とは裏腹に、高位席には苦い空気が広がる。
……本当に頑張って! 応援してるからね、マギナリアの人!!




