頑張れ、ノアルード!
ようやく衣装の最終調整を終えたわたしは、今度はメリアンたちの許可を得て、竜舎へやってきていた。
「シトリンーーー!」
わたしが竜舎へ飛び込むと、全体的に真っ白で、翼の先へ向けて黄色に染まった羽毛を持つ、最高にキュートでふわふわなドラゴンが、パッとこちらを向いた。
「キュゥーーーン!」
シトリンは大喜びで、わたしを歓迎してくれた。他のドラゴンよりもかなり小さめとはいえ、わたしの二倍以上は体長があるので、喜びを表現しているだけなのに、かなり迫力がある。
バサバサと鳥のような羽を羽ばたかせているが、この子は皇城にいるドラゴンの両親から生まれた、れっきとしたドラゴンである。
ただ、先祖返りかなにかで、この子だけ普通のドラゴンの姿で生まれなかったらしい。処分されそうになっていたところをわたしが見つけて、ペットにしたのだ。
……だって、こんなにふわふわで可愛いドラゴンなんて、他にいないもの!
本当は、白いからシロと名付けるつもりだったのだが、周囲に大反対されてしまった。皇女のペットに相応しい名前ではないらしい。
わかりやすくていいのにと思ったけれど、翼の先が黄色いので、シロはちょっと相応しくないのではないでしょうかとリリアンに言われ、それもそうかと考え直した。確かに、プーニャのクロは真っ黒だものね。
シトリンはメリアンが提案してくれた名前だけれど、薄い黄色の宝石の名前なので、可愛くて美しいこの子にピッタリである。
羽毛のほとんどが真っ白で目立つ上に、体も生まれつき小さめだったので、軍用には適さないと判断されてしまったけれど、ペットとして飼うのなら、どんなに他のドラゴンと違っていようが構わない。骨格はちゃんとドラゴンだし、角もあるから、わたしのシトリンは間違いなく、特別に可愛いだけの、立派なドラゴンなのだ。
「グルルルル」
「キュルキュルキュル」
シトリンと戯れていると、竜舎にいる他のドラゴンたちが、存在をアピールするように鳴き始めた。シトリンだけ飼い主であるわたしに撫でられて、羨ましいのかもしれない。
「ふふっ。みんなも元気そうね!」
ルーシャスの相棒のドラゴンであるイオは特にわたしに懐いてくれているので、真っ先にやってきて、頭を下げた。ひと撫ですると、満足げにフンッと鼻息をかけられた。こういうところも可愛いのよね。
他のドラゴンたちもみんな一匹ずつ一通り撫でてあげると、わたしはシトリンのところへ戻る。「もっと私に構って!」と言わんばかりにスリスリと頭を擦り付けてくるのだから、シトリンは本当に可愛い子なのだ。
「皇女殿下! いらしていたんですか」
「ビリー! ええ。ちょっとシトリンと散歩にでも行こうかと思って。いいわよね?」
「もちろんですとも。すぐに準備いたします」
竜舎番のビリーは、ドラゴンの生態をよく知る、頼れるおじいちゃんだ。ありがたく、準備を手伝ってもらう。
「シトリン、散歩に行くよ!」
「キュウッ!」
わたしは専用の鞍をつけたシトリンへ跨がり、手綱を引いた。
バサッと白くて美しい翼を羽ばたかせ、シトリンとわたしは、大空へ飛び立った。
「キュウーーーッ!」
「あははっ、気持ちいいね、シトリン!」
もう何度もこうして空を飛んでいるけれど、毎度この爽快感はたまらない。シトリンはわたしの思う通り、皇城の周りを旋回するようにゆっくりと飛んだ。
長い歴史を感じる、大きな城だ。
初めて来た時は、ここに住むことになるなんて信じられなかったけれど、今ではすっかり慣れ親しんだ我が家となっている。
「皇女様ー!」
「殿下ー!」
下の方から、わたしを呼ぶ使用人たちの声が聞こえた。シトリンに乗って飛んでいるわたしを見つけたので、手を振っているみたい。
手を振り返すと、みんなが笑顔で、大きく腕を振り返してくれた。
……ここの人たちはみんな、本当にいい人ばかりだわ。
みんなが、わたしを皇女として大切にしてくれている。だから、わたしも皇女としてしっかり役目を果たしたいと思うし、果たさなきゃいけない。勉強は苦手だし、皇女なんて柄じゃないって思うけど。
わたしは、この国の人たちが大好きだから。
「あっ!」
修練場に、わたしの一番の仲良しであり、大好きなお友達の姿を見つけた。
視力を強化して確認する。間違いなく彼だ。
「ノアーーー!」
大きな声で叫ぶと、ノアがこちらを見上げた。
わたしに気づくと、フッと笑って、手を振ってくれる。
「あ、皇女殿下だ」
「本当だ。殿下ー!」
彼の周囲にいる騎士たちも、わたしに気付いて手を振ってくれた。どうやら、鍛練中らしい。わたしも一緒にやりたくなってきた。でも、修練場には、シトリンを降ろせる場所はない。
「シトリン、自分で竜舎に戻れるよね?」
「キュ!」
シトリンから肯定の返事があったので、わたしは取り付けてある落下防止の器具を外し、「じゃあね」と言ってシトリンの首を一撫でする。
「危ないから、ちょっとどいててねー!」
「はい?」
「なんだ? 何をするんだ?」
騎士たちの戸惑う声を余所に、わたしは、飛行するシトリンから飛び下りた。
「えええええ!!」
「ちょ、殿下ーーー!?」
平気平気。これくらいなんてことないの、みんな知ってるはずなのになぁ。
落下しながら思っていると、ノアが魔法を使う気配がした。
「……ん?」
次の瞬間、大きく飛び上がったノアが、わたしの方へとやってきた。そして、魔法を使いわたしの落下速度を落として衝撃を和らげると、わたしをふわりと横抱きにして、キャッチしたのだ。そのままわたしたちは、ゆっくりと下降していく。
目を瞬きながら見上げると、ノアの整った顔がすぐ近くにあった。すると彼は、またおかしそうに、フッと笑った。
「空中でキャッチするなんて、最初に会った時と逆だな。キアラ」
「あはは! 確かに」
ノアと初めて会ったのは、プーニャの姿をした彼が、空から落ちてきた時だった。あの時、わたしはこんなにうまくノアをキャッチできなかったけど。
「でもわたし、自分で降りられたよ?」
「わかってるよ。オレが、キアラにはいつでも安全でいて欲しいだけ」
言い方はぶっきらぼうだけれど、ノアのその行動も言動も、わたしを思いやるものばかりだ。
十七歳になったノアは、なんだかとても男の人っぽくなった。背が伸びて、体つきがたくましくなって、声も低くなった。昔から綺麗な顔をしていたけれど、成人間近になっても綺麗なままだし、むしろ格好良さという魅力が増したため、今では女性たちからとてもよく声をかけられるようになったらしい。でも、ずっと変わらず、わたしとは一番の仲良しだ。
「ありがとう、ノア」
「どういたしまして」
気遣いが嬉しくて、わたしはくすくす笑いながら、力を抜いて、ノアの胸にそっと頭を預けた。
やがて、ゆっくりと地面が近づいてくる。
「殿下、ご無事ですか!?」
「殿下なら平気でしょうけど、まさか竜から飛び降りるなんて!」
「俺たちでも、緊急時以外やりませんよ!」
地面に到着し、ノアから下ろしてもらうと、騎士たちが駆け寄ってきた。
思ったより、みんなに心配をかけてしまったみたい。
「大丈夫よ。みんな、わたしがどれだけ頑丈か、知ってるでしょ? ノアも来てくれたし。ね、ノア」
ノアを見上げると、彼は当然だと言うように頷いて、わたしの髪を一房手に取った。
「ああ。オレはいつだって、キアラにはかすり傷ひとつ負わせないよう守るつもりだからな」
そう言って、手に取ったわたしの髪に唇を寄せた。その姿は、まるで忠誠を誓う騎士を描いた絵画のようだった。
「おお……。さすが、ノアルード殿」
「ちょ、俺、砂糖吐きそうなんだけど」
「俺も……」
「俺も……」
ノアはあの儀式以来、ちょっとわたしに対して過保護になっている。助けてもらったことをとても感謝しているのだと思うけど、わたしがもっとノアといたくて助けただけだから、あまり気にしなくていいのにな。
「ありがとう。ノアはわたしの、一番の友達だものね。わたしだって、ノアを絶対に守るからね!」
「……うん。まぁ、そうだよな。ありがとう、キアラ」
なぜかちょっとがっかりしたようなノアの手から、わたしの髪がするりとこぼれた。
「……俺、なんかノアルード殿が不憫になってきたな」
「俺も……」
「俺も……」
「頑張れ! ノアルード殿!!」
ノアはよく騎士たちに混ざって訓練をしているからか、みんな仲がいいのよね。すっかり騎士仲間のような雰囲気だし、よくわからないけど、何か応援されてるもの。
ノアは、帝国の属国であるシェルディアの第一王子だ。だから正式にはヴァルドゥーラの騎士にも魔法使いにもなれないし、わたしの側近にもできないんだけど、扱いはほとんどそんな感じだ。ノアは勉強もできるし、剣術や体術もできるし、魔法も使えるので、わたしのために色々な役目を担ってくれている。公務のサポートだったり、護衛だったり。
だから、帝国のみんなも、ノアのことは王子というよりも、ほとんどわたしの側近のような存在として見てくれているのだ。
ただ、シェルディアが何か言ってきたら、面倒なことになりそうだなとは思っている。
彼らはノアを何年もずっと放置し続けているけれど、ノアがシェルディアの第一王子であることは間違いない。ノアが帝国にとって重要な役目をすればするほど、シェルディアは属国らしからぬ欲を出すのではないかという心配はあるのだ。
こう言っては何だけど、帝国に対して無謀な戦争をしかけてきたり、ノアにひどい仕打ちをしたりと、シェルディアにはいいイメージが全くない。
……まぁ、何があっても、わたしがノアを守るから大丈夫だけどね!
任せて! と思いつつノアを見て頷くと、ノアはなぜか呆れたような顔をした。
「……まぁ、別にいいよ。建国祭でエスコートさせてもらえるんだから、今のところは現状に甘んじておく」
ノアがそう言ってひとつ息を吐いた。
そうなのだ。建国祭のパーティーで、ノアはわたしのエスコートをしてくれることになっている。一緒に出られることは、すごく嬉しいし心強い。
「ノアがエスコートしてくれることになって、わたし、すごく嬉しいわ!」
「え……」
「おおっ!?」
「まさか……!」
ノアが驚いたようにわたしを見ているし、騎士のみんなはザワザワしている。どうしてだろう?
「お父様がわたしとお母様二人ともエスコートするってごねてたけど、それってやっぱり、ちょっとおかしいものね? ノアがいてくれて、本当によかったわ」
「あぁ、うん。そうだな……」
ノアが遠い目をした。
「ノアルード殿……」
「「頑張れ! ノアルード殿!!」」
みんなはどうしてさっきからノアを応援しているのだろうと、わたしは一人、首を傾げたのだった。




