トーアの忠告
クロがファムルを見つけてくれたおかげで、色々なものを交換で手に入れることができた。早く、母にも見せてあげたい。
「ねえ、きみ!」
「うん?」
帰ろうとしたところで後ろから声をかけられて、わたしは振り向いた。
するとそこには、わたしと同い年くらいの男の子がいた。
メガネをかけていて、小麦色の髪はぴょんぴょんとあちこちにはねている。長い前髪とメガネで顔はあまり見えないけれど、たぶん、会ったことがない人だと思う。
……誰かしら?
この小さな村で、わたしの知らない子供がいるなんて思わなかった。大人でさえ、名前は知らなくても、みんな顔くらいは見たことがある人ばかりなのに。
わたしが首を傾げると、男の子は「あっ」と言って、焦ったように自己紹介を始めた。
「僕は、トーアっていうんだ。普段は家で本ばかり読んで過ごしているから、挨拶もしたことなかったよね。一応、この村育ちなんだけど」
どこか恥ずかしそうに挨拶をする彼に、わたしもにこりと笑って挨拶をする。
「初めまして、わたしはキアラよ!」
「あっ、うん。知ってるよ。といっても、知ったのはつい最近なんだけど。君は有名らしいね。領主様からの理不尽な命令のせいで……」
トーアが顔をしかめながらそんなことを言ったので、わたしは目を見張った。
「あなたもそう思う!? あのブーゴン男は理不尽だって!」
「ブ……!? い、いや、そうだね。もちろんそう思うよ。権力を使って無理矢理女の人を自分のものにしようだなんて、とてもひどいことだよね」
「……!」
わたしが常々思っていたことに、こんなにも同意してくれる人がいるなんて、なんだか感動してしまった。
「わたし、あなたとはお友達になれそうな気がするわ!」
「ええっ? あ、ありがとう……」
トーアの手を握り、ぶんぶんと振って握手すると、トーアが困惑した様子でお礼を言った。
「あと、実は初めましてじゃないんだ。僕は少し前に、クレーターベアに襲われていたところを君に助けられているから」
「えっ?」
……クレーターベアに?
それはもしかしなくても、最近、初めてクレーターベアを倒した時のことだろうか。
あの時、周囲に誰もいないかどうか確認するのをすっかり忘れて、思いっきり殴ったり蹴ったりして倒してしまった記憶が蘇る。
サァッと血の気が引いた。
わたしが助けたと彼が言うということは、あれをトーアに見られていたということだ。つまり、わたしが半分獣人族であると、彼は気づいたのではないだろうか。
青い顔で固まってしまったわたしを見て、トーアは苦笑した。
「安心して。誰にも言ってないし、これからも言うつもりはないよ。僕個人としては、君が何者であっても全然構わないし」
トーアの言葉に、わたしはホッと息を吐いた。
わたしが普通よりもちょっとだけ力が強いことは、黙っていてくれるらしい。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるわ!」
「ううん、お礼を言うのは僕の方だよ。君は、ただクレーターベアの肉を手に入れるために倒しただけだと思うけど、僕はとても助かったんだ。だからお礼を言いたくて、君の特徴を伝えて親に誰だか知らないかって聞いてみたら、キアラのことじゃないかって言われて」
……あー、そうよね。赤い髪に金の目は珍しいみたいで、子供どころか、大人を含めてもこの村ではわたし一人だけだもの。きっと、すぐわかったに違いないわ。
「ありがとう、キアラさん。君は命の恩人だよ」
「ひゃあ、お礼なんていいわよ! それに、さん付けなんてしなくていいわ! トーアっていい人ね。わざわざお礼を言いに来るなんて」
さん付けで呼ばれたのなんて、生まれて初めてかもしれない。
「ええと、実はね。お礼を言いたかったのが一番の用事なんだけど……もうひとつ、どうしても、いやその、もしかしたら言っておいた方がいいかなって思ったことがあって」
なんだか煮えきらない態度である。
ずっとうつむくような感じで話をしているし、彼は少し引っ込み思案な人なのかもしれない。
「あの、キアラ……はさ。さっき、ファムルをたくさん持ってきていたでしょ?」
「え? うん。そうね」
彼は、どうやらわたしが物々交換するところを見ていたらしい。もしかして、トーアもファムルが欲しかったのだろうか。
「その、気をつけた方が、いいと思って。ファムルはただの美味しい果物じゃなく、様々な効能を持つ秘薬でもあるんだ。あれだけ持ってきたんだから、キアラはファムルが自生している場所を知っているんでしょう? ファムルを独り占めしようとする悪い人たちに、狙われてしまうんじゃないかって……」
「ええ?」
貴重とはいえ、たかが果物で大げさな。
そう思ったけれど、トーアの真剣な表情は、本当にわたしを心配しているように見えた。
それが素直に嬉しくて、わたしはにぱっと笑った。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫! 悪い人が来ても、わたしがやっつけてやるから」
むん、と腕に力を込めたポーズを決めれば、トーアは一瞬ポカンとした後、あははと笑った。
「そうだよね。キアラはクレーターベアをたった二回の攻撃で倒してしまうんだもの。余計な心配だったかな」
「ううん。嬉しかったわ! ありがとう、トーア」
お礼を言えば、トーアは照れくさそうにはにかんだ。
その時、わたしの足元をクロの体がするりと撫でた。
「早く帰ろうよ」と言わんばかりに、こちらを見上げている。
「あ、ごめん、クロ。そろそろ帰ろうか?」
「……プーニャ?」
わたしがクロを抱き上げて声をかけると、トーアが今気づいた様子で、目をぱちくりさせながらクロを見つめていた。
「うん。クロっていうの。すごく賢いのよ!」
「へえ。……すっごく毛並みがいいし、凛々しい顔つきで、カッコいいプーニャだね」
トーアが目を輝かせてクロを褒める。
もちろんクロはカッコいいが、カッコいいというより、可愛いとわたしは思っている。
……ほら見て。この大きくてつぶらな瞳とか、ぷにぷにの肉球とか、ツヤツヤふわふわの毛並みとか、最高じゃない!?
もしかして、トーアはプーニャが好きなのだろうか。もしくは、単に小動物が好きなのかもしれない。
「クロは賢いし、可愛いし、カッコいいのよ。撫でてみる?」
「えっ、い、いいの……!?」
クロを抱いていた腕を前に出してあげると、トーアは嬉しそうに手を伸ばした。しかし、クロは伸ばされたトーアの手を、ぺしっと叩いて拒絶してしまった。
「……」
「ク、クロ?」
トーアが、ショックを受けた様子で固まってしまった。
どうしたのだろうか。
プイッと顔を背ける態度からして、なんだかご機嫌ななめのようだ。早く帰りたがっていたし、今日はもう帰った方が良いかもしれない。
「ごめんね、トーア。いつもはもっと大人しいんだけど、今日はたくさん動いたから、疲れちゃったのかもしれないわ。良かったら、また今度会った時に撫でてあげてね」
「う、ううん。いいんだ。僕も、いきなり手を伸ばしちゃったから……。うん。また今度……」
ショックが冷めやらぬ状態ではあったけれど、トーアはなんとか返事を返してくれた。
少し心配しながらも、わたしはトーアと手を振って別れた。
クロはその間もずっと知らんぷりで、ツンと顔を背けながらわたしに抱っこされていたのだった。
「もう。どうしたの? クロ。トーアはいい子そうだったじゃない。何が気に入らなかったの?」
そう声をかけても、やっぱりクロは知らんぷりだ。
「ふう、まぁいいわ。それにしても、トーアは心配性よね。わたしがファムルをたくさん持っていたからって、何があるっていうのかしら」
家への道を歩きながら半ば独り言のようにわたしが呟いた言葉に、クロはピクリと反応を示したが、当然ながら、何も言葉が返ってくることはなかった。




