帝国の至宝
「もう、キアラ様ったら! これから衣装の最終調整をする予定なの、ご存知でしょう?」
「そうですよ。さあ、早く行きましょう!」
「うう、だって~……」
メリアンとリリアンから口々に詰め寄られ、わたしはちょっとげんなりしてしまった。
「ご、ごめんなさい。キアラ様」
自分のせいで見つかってしまったとセラが落ち込むけれど、別にセラが悪いことをしたわけではない。
「いいのよ、セラ。避けられないことだとはわかっているから、ちょっと癒しを求めて飛び出しただけなのに、まったく、二人とも厳しいんだから」
「何をおっしゃっているのですか! あれらのドレスは、もうすぐ行われる建国祭で使う大切な衣装だと知っているでしょう?」
「あとは最終調整だけとはいえ、手を抜くことは許されません! 我が『帝国の至宝』を、世界各国から集まる重鎮の方々に、完璧な姿でお見せしなくてはいけないのですから!」
「わかってるってば~」
最近、わたしのことを「帝国の至宝」なんて呼ぶ人が増えているらしい。確かにわたしは帝国で唯一の皇位継承者だけど、大げさすぎるのよね。
お父様いわく、この呼び名が広まれば広まるほど、わたしが帝国をあげて大切にされていると周知されることになるので、むしろ広げていきたいらしい。軽率にわたしを狙う輩を、牽制できるとかなんとか。
お父様がいつもわたしを大切にしてくれているのはわかっているし、嬉しいんだけど、正直、わたしは皇帝なんて向いていないし、できればやりたくないと思っているのよね……。
だから、いつかわたしに弟か妹ができて、わたしの他にも皇位継承者が増えたらいいな、と密かに思っている。そうしたら、わたしもみんなも嬉しいしね!
お父様が皇帝を引退するまで時間はたっぷりあるだろうし、お父様とお母様はいつも呆れるくらい仲良しだから、無理な話ではないと思うのだ。
「建国祭は一週間後ですものね。針子たちも、少しの狂いもない完璧なドレスを、キアラ様に着て頂きたいのでしょう」
クスクスと笑うセラに、わたしは苦笑いしかできない。
そう。もうすぐ、バルドゥーラ帝国の建国を祝う、建国祭が行われる。
帝国貴族や他国の重鎮を招いて、十年に一度、盛大に行われている由緒ある催しなのだそうだ。当然、わたしは皇族として行事に参加し、参加客たちをおもてなししなければならない。わたしが皇女として行う、初めての国家行事でもあるのだ。
「わかってるってば。でも、あれは着るだけでも大変な、立派すぎるほど立派なドレスなんだもの。しかも、式典ごとに変える必要があるから、一着じゃないのよ? 何回も調整させてほしいと呼び出されていたら、いい加減にうんざりしちゃうのも、仕方ないと思うの。だからちょっとだけ、癒しを求めて、愛する相棒に会いに行きたいと思ったのよ」
「えっ!?」
「あ、愛する相棒って、まさか……!?」
「……? どうしたの、二人とも」
二人とも、頬を赤く染めて、なんだかそわそわし始めた。どうしたんだろうと思っていると、セラがクスッと笑った。
「お二人とも、残念ながら違うと思いますよ。キアラ様は、竜舎へ行こうとされていたんですよね?」
「そうよ。わたしの相棒は竜舎にいるんだから、当然でしょ?」
首を傾げると、同時に二つのため息が聞こえた。
「なんだ、やっぱりそうでしたか……」
「キアラ様の鈍さは、筋金入りです。今に始まったことではありません。気長に待ちましょう」
「ちょっと、何の話?」
「いいんです、こちらの話ですから」
処置なし、と首を横に振ったリリアンが、「それはさておき」とわたしの腕を取った。
「針子たちが首を長~くしてお待ちですよ。さぁ、参りましょう」
「……はぁーい……」
セラに別れを告げ、リリアンとメリアンと共に自室までの道を歩いていると、途中で書類を抱えて歩くお友達の姿を見かけた。
「トーア!」
「キアラ様」
トーアはお友達として気楽に話してくれる、数少ない存在だ。さすがに、周囲の人たちの手前、様付けだし敬語になってしまったけれど。
わたしはトーアの元へ駆け寄った。
トーアは初めて会った時に比べてずいぶんと背が高くなったが、相変わらず大きくて丸いメガネをかけているし、理知的で穏やかな表情は、全く変わらない。
とても、彼の父親が、わたしとお母さんを苦しめたブーゴン男の取り巻きである、ベンソンだったとは思えない。だって全く似ていないどころか、正反対なんだもの。初めて聞いた時は、衝撃だったなぁ。
トーアはベンソンの巻き添えで罰を受けることになりそうだったところを、ルーシャスに保護されて、帝都へやって来た。わたしのために友達を保護してくれたルーシャスには、感謝しかない。
トーアは自分の両親がブーゴン男の取り巻きだったことや、それを隠していたことを謝ってくれたけれど、わたしは全く気にしていない。
「まだお手紙を出してもいないうちに、また会えるなんて嬉しいわ」と笑うと、トーアもやっと笑ってくれたんだっけ。
トーアは、当時はまだ子供だったことと、本人は犯罪に全く関わっていなかったことが関係者たちの証言から確認できたため、罪に問われることはなかった。しかし両親は鉱山送りになってしまったので、セラと同じく、わたしの側近候補として皇城に住むことになった。
村にいた頃は薬師を目指していたそうだけど、ここでは好きなことを勉強できるよ、と伝えた途端、目の色を変えて「それなら魔道具作りを学びたいです!」と言った。
村にいた時の環境では、とても目指すことはできなかったので諦めていたが、本当は魔道具師になりたかったらしい。
魔道具作りを学べるとわかってからの彼の勢いは、本当にすごかった。一時期のセラを思い起こさせる、むしろそれ以上ののめり込み具合だった。寝る間も惜しんで勉強していたが、彼はセラみたいに切羽詰まった様子もなく、とてもイキイキとしていた。
「僕、必ず帝国一の魔道具師になって、キアラ様と皇帝陛下に、このご恩をお返しします!」
キラキラした目でそう言われたのは、いつのことだっただろうか。
こうして、トーアはわたしの側近の魔道具師となり、すでにたくさんの魔道具を作ってもらっている。
「そういえば、トーアが作った例の魔道具がすごくたくさん売れたから、今度の建国祭で勲章を貰うことになったんでしょ? おめでとう!」
「えへへ……ありがとうございます。といっても、たくさんの人に協力してもらったので、僕だけの力じゃないんですけどね。発案者として、代表して勲章をもらうことになったんです。僕は、皇帝陛下の様子を見ていて、少しでもお力になれたらと思って、作ってみただけだったんですけど」
トーアが言うには、お父さんが事あるごとにわたしの絵姿を残そうとしてはわたしに断られているのを見て、それならば、姿を一瞬で絵に写し取れる魔道具があればいいのではないかと思ったそうだ。
そうしてトーアがその後作り上げた魔道具は、世界に革命をもたらした。
帝国貴族たちはこぞって魔道具を売ってほしいと騒ぎ、魔道具部署は休み返上で魔道具製作に追われることになり、大わらわだった。
その後、姿を写す魔道具は、真の姿を写すということで、「写真」と名付けられた。ちなみに、写真で写された絵は、「写真絵」という。
写真は開発したての魔道具なので当然高額だが、今も爆発的な売れ行きだそうだ。平民の富裕層も手を出し始めているし、噂を聞きつけた国外の貴族たちからも、購入打診が入っているという。
写真を使って、写真絵だけを販売するようなビジネスも始まっているらしい。本当にすごいことだ。
「お友達で側近のトーアが大勢の人に認められて、わたしも嬉しいよ!」
「僕なんて、まだまだですよ。本当は、動画や音声を残せるものを作りたかったんですけど、上手くいかなくて……でも、ここまで来られたのは、全部キアラ様のおかげです。あなたと出会えたことは、僕の人生で一番の……いえ、二番目の幸福です」
「えっ、なんで言い直したの? じゃあ、一番ってなんなの?」
「ふふ、まだ秘密です。そのうち教えますね?」
「えー! 気になるじゃない!」
別にわたしと出会ったことを一番にしてほしいというわけではないが、そんな風に言われたら、気になってしまう。
食い下がって訊こうと思ったけれど、「針子たちを待たせておりますから、そろそろ行きますよ!」とリリアンに言われ、仕方なく断念した。
……トーアの人生で一番の幸福って、一体何なのかしら?




