ノアの目覚めと、わたしのこれから
ノアと眷属の儀式をしてから三日目の昼。
セラと勉強をしている時、わたしはふと感じた気配に、パッと机から顔を上げた。
……この感じ、きっとそうだわ!
「どうしたんですか? キアラ様」
セラが椅子に座ったまま、不思議そうにわたしに尋ねる。
「ノアが目覚めそうなの! 先生、ごめんなさい。わたし、行ってくる!」
「こ、皇女殿下!?」
困惑するセラと先生の声を置いてけぼりにして、わたしはダッと駆け出した。
「ノアっ!」
ノアが寝かされている部屋へ駆け込んだわたしは、今起きたばかりというような様子でベッドからこちらを見るノアを発見した。
「……キアラ?」
「ノア~っ! やっと起きたぁ!」
「うわっ!?」
思わずベッドへ突撃して、彼に抱きついた。
人の姿でおしゃべりできるのを楽しみにしていたのに、三日も起きなかったので、やっと会えてとても嬉しい。
「ゴフッ……、ちょ、キアラ。衝撃がすごすぎるから加減して」
「うぁっ!? ご、ごめん」
パッと体を離すと、ノアは胸を押さえながら、少し恨めしそうな目でわたしを見た。ちょっと勢いが良すぎたらしい。失敗、失敗。
「なんだか、すごくよく寝た気がする……もしかして、心配かけた?」
「ノア、三日も寝てたのよ! でも、ノアが眷属になったおかげで、大丈夫だってわかってたわ。だから手加減を失敗しちゃったのは、ノアが目覚めて嬉しかったからよ」
えへへと笑うと、ノアも仕方なさそうに笑ってくれた。
「……それにしても、本当に元に戻れたんだな。オレ」
ノアが、自分の手や体を見下ろしながら感慨深げにそう呟いた。感覚を確かめるように、手のひらを握ったり開いたりしている。
「お父さんが言ってたの。あの儀式でわたしの頑丈さをノアと共有できるようになったから、もう大丈夫なんだって。わたし、頑丈でよかったわ!」
「ハハッ」
ノアは軽く笑うと、じっとわたしの目を見つめてきた。どうしたのかなと思いながら、わたしも見つめ返してみる。
改めて見ても、やっぱりノアは綺麗な顔をしている。黒い前髪の奥に覗く澄んだ水色の目は、まるで宝石みたいだ。
彼がちゃんと起きて、その宝石のような目をこうしてまた見ることができて、本当に嬉しい。
「……キアラ。オレの立場について、もう誰かから聞いた?」
ノアが真剣な表情でそう訊く。
わたしはひとつ瞬きをしてから、「うん」と答えた。
「ノアはシェルディアっていう国の王子だって聞いたわ。わたしと一緒ね!」
「……帝国の皇女と属国の王子じゃ、全然立場が違うよ。それに、オレは国でも大切にされていなかった、庶子の王子だし」
ノアが苦笑する。
国で一番偉い人の子供だということは同じでも、やはりわたしとノアの立場はちょっと違うらしい。
……お母さんはいなくなって、お父さんには疎まれてるって、言ってたもんね。
辛そうに話すノアを見ていると、わたしまで悲しくなってくる。顔にはあまり出ていないが、わたしにはなんとなくそれが伝わってきたのだ。
そして、ノアにひどい扱いをしたのだろう人たちに、ふつふつと怒りも湧いてきた。
「オレがここにいたのも、属国となる際に人質として連れてこられたにすぎない。そんなオレが、キアラのそばにいることを快く思わない人は多いと思う」
「……ノア?」
まさか、だからわたしとは友達でいられないとか、ここを出ていくとか言うつもりなのだろうか。
少し心配になってノアの表情を窺うと、彼はわたしの手を取り、じっとこちらを見つめながらこう言った。
「でも、オレは儀式のあとに言った通り、キアラのそばを離れるつもりは全くないよ。もっと魔法や様々なことを勉強をして、強くなって、誰にも文句を言わせないような存在になってみせるから。……だから、これからもキアラの一番近くにいさせてほしい」
そう言ってわずかに力が込められた手を、わたしも自然と、ギュッと握り返した。
ノアはプーニャだった時から、たくさん魔法を使えて、賢くて、すごいなと思っていた。それなのに、もっとすごくなるつもりらしい。
……負けてられないわ!
「うん。わたしも頑張って、ノアにずっとそう思ってもらえるような、立派な皇女になる!」
つい最近まで、体の弱い母と二人でボロ小屋に住み、その日の生活にも困っていた。
それなのに今は、頼りになって格好よくて、とても素敵な父に会えて、母の体も良くなった。
セラが側近候補になってくれて、プーニャのクロはいなくなったけど、これから彼はノアルードとして、わたしのそばにいてくれるという。
……わたし、こんなに恵まれていていいのかな?
そんなふうに思うくらい、今わたしは、とっても幸せだ。
お披露目パーティではたくさんの人たちが拍手をしてくれていたけれど、ノアが心配するように、わたしやノアやセラのことを認められず、意地悪してくる人たちもいるかもしれない。
それでも、大好きな人たちがそばにいてくれるから、わたしはきっと大丈夫だと思えた。
わたしがにこっと笑うと、ノアも笑顔を返してくれる。わたしはノアの手を握りながら、まだ見ぬ未来に想いを馳せた。
大変なこともあるかもしれないけれど、それはきっと、楽しくて眩しくて、幸せなものに違いない。
そう素直に思えた、九歳の穏やかな午後の日だった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
これで、第一章は終わりです。
次は五年後の話になります。
キアラは十四歳。ノアルードは十七歳です。
ちょっと成長したキアラたちのお話しにもお付き合いくださると嬉しいです。
また、↓から評価いただけると、作者はとても励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします!!




