竜気
柔らかいクッションに二人で背を預けると、父はおもむろに話し始めた。
「キアラ。今日、ノアルードに儀式をしたことで、感覚的に変わったことはなかったか?」
父が心配そうにわたしを見る。でも、何を心配しているのかわからない。
「変わったこと?」
「きちんと説明する時間がなかったんだが、眷属にするということは、お互いの力の一部を共有できるようになるということなんだよ。だから、私の寿命や体力をサーシャと共有することもできるし、キアラの体の頑丈さをノアルードと共有することもできる。さすがに、完全にとはいかないが」
……なるほど。あの儀式って、そういうことなのね。
確かノアは、精霊族の母親譲りで豊富な魔力があるのに、半分は人間族だからか、うまく扱えないのだと言っていた。器に合わない膨大な魔力は身を滅ぼす、とかなんとか。
だから、魔力暴走によって、体が壊れてしまったのだと。
その器を、わたしの力で頑丈にできたから、ノアは助かったということらしい。よくわかってなかったけれど、ちょっとは理解できたような気がする。
「しかし、強者である我々の場合、共有するということは、ほとんど分け与えることと同じなんだ。何か不調があるとか、違和感があるとか、できることが減ったりはしていないか?」
そう訊かれて、わたしはよく考えてみる。でも、特に心当たりはなかった。
「うーん……。今は、特に何もないわ。ノアが今どっちの方向にいるかとか、元気でいるかとかがなんとなくわかるようになったこと以外は、特に何も変わらないと思う」
そう考えると、むしろできることが増えていると思う。
「そうか……。それなら良かった。彼も半分は精霊族のようだから、普通の人間族を眷属にするより、キアラには負担が少なかったのかもしれないな」
父がそう言ってホッとした様子を見せた。
けれどわたしは、先ほどの父の言葉に、なんだか引っかかりを覚えた。
「……もしかしてお父さんは、お母さんを眷属にしたことで、どこか体が悪くなっちゃったの?」
母は普通の人間族だ。
それも、すぐ体調を崩してしまうほど体が弱かった。
その母に寿命を分け与え、健康な体まで与えたというのなら、父の体こそ心配しなければならないのではないだろうか。
でも、父は目を細めながら軽く首を振った。
「心配するな、キアラ。確かに寿命は多少短くなったが、大した問題ではない。つがいであるサーシャのいない世界など私には考えられないのだから、私がサーシャを眷属にするのは当然のことだ」
そう言って、父はわたしの頭を撫でる。
「それに、竜気を扱える私にとって、つがいに体力を多少分けたところで、それほど身体的にも影響はないしね」
「……竜気?」
初めて聞く言葉に、わたしは首を傾げながら父を見つめた。
「竜気もまた、竜人族だけが扱える力だよ。キアラは、竜人族がなぜ他の獣人族とは明確に区別されているのか、知っているかい?」
父に尋ねられて、わたしは首を振った。
母に聞いたこともないし、授業でもまだそんなことは習っていない。
でもそう言われたら、不思議だなと思う。
竜人族も獣人族も、他の動物の特徴が混ざっている人族だということは同じだし、身体能力が高いことだって一緒だ。それなのに、他はひとくくりに獣人族で、竜人族だけはまるで別物のように呼び方が違うのだ。
その理由を、父は知っているらしい。
わたしは父をじっと見つめながら、説明を待った。
「竜人族も、大昔には他の獣人族と特に区別されていなかったんだ。竜神様が住まうという山の近くに住む、ただの少数種族だった。今と同じで他の獣人族よりもさらに身体能力は高かったが、その力を恐れた他種族から迫害を受けた。抗ったが、多勢に無勢で次第に数を減らしていき、絶滅の憂き目に遭ったという歴史がある」
わたしは驚きながら、父の話に聞き入った。
竜人族も、ずっと昔は獣人族と呼ばれていたらしい。知らなかった。
「しかし、そんな我々に、竜神様が力を授けてくださったんだ。それが、竜神様の力の一部である、竜気だと言われている。そのおかげで、我々はさらなる力を得て、ドラゴンを従え、数の不利をものともせず外敵を退けることができるようになったのだ。それ以来、我々は獣人族とは一線を画す、竜人族と呼ばれるようになったんだよ」
……竜神様の力!?
「すごい! もしかして、お父さんがパーティの時、わたしたちのために怒ってみんなを黙らせてたやつもそうなの?」
あの時の父はすごかった。
威圧するように強くてビリビリしたオーラを発していて、そうしたらみんな息ができなくなったみたいに苦しそうになって、顔を青くしていたのだ。
あの時とは別人のように、父がわたしに優しく微笑む。
「そうだよ。あのように威圧するだけではなく、竜気は様々なことに活用できる力だ。魔法を使うための魔力とは違う、竜人族だけが体の内に秘める、特殊で特別な力なんだ」
「うわぁ、すごい! ねぇ、わたしも使えるようになるかな!?」
わたしは目を輝かせて父を見上げた。
興奮するわたしに、父はクスッと笑い声をこぼした。
「キアラにも当然使える……と言いたいところだが、たとえ竜人族であっても、竜気を扱うには、才能と努力が必要なんだ。キアラが使えるかどうかは、完全に未知数だな」
「えぇ~っ!? そんなぁ!」
わたしはしょぼんと肩を落とした。竜神様の力は、そう簡単に使えるものではないようだ。
「そう落ち込むな。訓練が必要だというだけで、可能性がないわけではないよ。あの儀式ができたのだから、キアラに竜人族としての力があることは間違いないしね。……しかし、キアラはそんなに竜気を使えるようになりたいのか? これから専属の護衛騎士を持つことになるのだし、自分で扱えなくても大丈夫なんだぞ?」
竜気を使えるようになるには、かなりの努力が必要らしい。騎士の中でも、使える人はごく一部なのだそうだ。
「ううん。わたし、使えるようになりたい! 自分のことも、大切なものも、ちゃんと自分で守れるようになりたいもの。それに、あの時のお父さん、すごく格好良かったから!」
「……そ、そうか。それなら、訓練の時間も取るよう、調整させよう」
「ありがとう、お父さん! わたし、頑張る!!」
わたしはワクワクしながら意気込んだ。
初めは心配そうな顔をしていた父だったが、話をしていて、儀式による悪い影響はなさそうだと安心したらしく、そっとわたしに毛布をかけてくれた。
「さぁ、もう寝よう。今日は疲れただろう?」
「うん。おやすみなさい、お父さん……」
毛布の上からポンポンと優しく叩かれると、わたしはすぐに意識が遠くなっていくのを感じた。今日は色々なことがあったので、思っていたよりも疲れていたようだ。
目を閉じたあとも、しばらくポンポンと心地よく体に響く父の手を感じて、わたしはぐっすりと眠ることができた。
……やっぱり、お父さんの手、安心するなぁ……。
そんなことを思ったが、口から出ていたのかそうでないのか、すでに半分眠っていたわたしには、よくわからなかった。




