ノアルード⑥
ーーが、それからが大変だった。
プーニャの体は動きづらいことこの上ないし、魔法を使う感覚も違う。慣れるのにかなり時間がかかった。
それに、オレが弱そうに見えるのだろう、出会う動物や魔獣がことごとく襲ってくる。なんとか全て返り討ちにできたが、この体であるせいで、かなり苦戦した時もあった。
どこまで行くのか、いつ着くのか、何が目的なのかもわからないまま、ただ移動を繰り返した。
そして、プーニャの体にもだいぶ慣れ、二ヶ月ほどが過ぎた。帝都からかなり離れ、人里の規模はだんだんと小さくなり、この辺りにあるのは小さな村ばかりだ。
こんな田舎の方に、魔力暴走を防ぐ手がかりになるような何かがあるのだろうかと不思議に思っていると、目的の場所が近いのか、精霊たちが騒ぎ始めた。
一体何があるのだろうと、期待と緊張にゴクリと喉を鳴らす。すると次の瞬間、オレは空中に投げ出されていた。
……は!?
意味がわからなくて、対応が遅れた。青い空を呆然と見ていると、体が真っ逆さまに落ちていく。
慌てて風魔法を展開しようとすると、遠くに見える地面の方から、何かがすごい勢いでこちらへ向かってくるのがわかった。
……女の子!?
とんでもない高さを、魔法も使わずに跳躍してきたその子は、オレを抱き抱えると、そのまま重力に従って落下していった。そしてすさまじい轟音と共に、なんとその身ひとつで着地を成功させたのである。
信じられない身体能力を見せた彼女は、赤い髪に金色の目をしていた。それは、帝国の皇帝と全く同じ色合いだった。
……偶然か? とても人間族とは思えない能力だけど……角もないし、こんな辺境に皇帝の血縁がいるはずがないよな。
どうやら精霊たちはオレをこの子と引き合わせたかったらしい。わけがわからなかったが、とりあえず様子を見ようと、彼女……キアラについていくことにした。
キアラは変な奴だった。
大型魔獣を素手で殴り飛ばすほど強いし、異常なほど直感が鋭い。
それなのに、見た目は普通の人間族だ。
単純で、純粋。
母親思いで、バカみたいにいい奴だ。
オレが普通のプーニャではないと気づいているはずなのに、何も訊かずに友達のように接してくる。
プーニャの姿は嫌だったけど、キアラに撫でられるのは嫌じゃなかった。
油断して拐われたり、会ったばかりの奴隷たちを助けようとして身動きが取れなくなったりして、危なっかしくて放っておけない。
体の崩壊を止める手がかりを得るためにキアラのそばにいたはずなのに、徐々にオレの中で、キアラの存在が別の何かに変化していった。
それがハッキリと根付いたのは、キアラにオレの身の上を話した夜のことだった。
「諦めちゃだめ! わたしも出来ることがあれば協力するから、元の姿に戻れるよう頑張ろうよ!」
「そんなの、クロが大切な友達だからに決まってるじゃない!」
「わたしは何があってもクロの味方よ。クロを助けられるなら、なんでも力になるからって、精霊たちに言っておいてね!」
友達だから助けると迷いなく言い切るキアラに、オレの中の何かがひっくり返ったような気がした。
今まで、オレをここまで大切に想ってくれる人がいただろうか。
ましてや、今のオレは王子でもなく、人でさえなく、ただのプーニャでしかないのに。
胸の中に、名前のわからない感情が湧き上がって渦を巻いて、どう処理していいのかわからない。
わかるのは、キアラの言葉がすごく嬉しくて、オレにとってもキアラはいつの間にか大切な存在になっていたのだということだけだった。
キアラが竜人族だったということがわかり、もしかしてと思っていたが、やっぱり父親はあの皇帝らしい。
急に立場が変わって不安そうなキアラを慰めながら、オレは自分に残された時間が少ないことを悟っていた。
キアラについて帝都へ近づくと、もう元の体がほとんど消えかけていることがよくわかったのだ。
……オレが消えたら、キアラだけは悲しんでくれるかな。
そんなふうに考えてしまった自分を嫌悪した。
いよいよ残り時間がなくなってしまうという時、キアラは皇女としてのお披露目パーティの最中だったが、オレの呼びかけにすぐ応えてくれた。キアラは可愛い顔をぐしゃぐしゃにして泣いて、オレが消えるなんて嫌だと言った。
いなくならないでと泣くキアラを見て嬉しく思うなんて、やっぱりオレは嫌な奴だ。
……オレも、キアラと一緒にいられなくなるのは嫌だよ。
でも、どうしようもなかった。
結局、精霊たちがなぜキアラの元へ導いたのかもわからないし、この魔力暴走を止める方法も見つからなかった。
消えたくはないが、オレのために泣いてくれるキアラに出会えただけで、ろくなことがなかったオレの人生も、そう悪くなかったと思えた。
そうして、オレは消えていくはずだった。
でも、キアラはオレを生かした。
強い誓約で自身の魂とオレの魂を縛りつけ、決して離れられなくなる、呪いのような魔法を使って。
本当に、キアラはバカだ。
一生、この誓いを違えることは許されないのに。
後先考えず、ただのプーニャだったオレなんかを助けて。
他に手がなかったとはいえ、こんな、リスクしかない方法で。
でも、オレは嬉しくて仕方がなかった。
これからも生きられることが。
キアラと一緒にいられることが。
「……もう取り消しはできないぞ。それもわかってるんだよな?」
「うん!」
「なら、誓約通り、オレは何があっても一生キアラと一緒にいる。絶対に離れてなんかやらないから、覚悟しとけよ」
「あははっ。うん!」
……本当にバカで、愛おしい。
帝国のたった一人の皇女になったキアラのそばにいることは、きっと簡単じゃない。オレが本当に望む立場を得ようと思えば、尚更だ。
でも、離れるつもりは微塵もない。
だって、キアラが誓わせたのだ。
命尽きるまで寄り添い、共にあることを。
その本当の意味をキアラが理解していなかったとしても、今はまだ、別にいい。
後悔なんかさせない。
これから先ずっと、誰にもキアラの隣を譲るつもりはない。
……今はまだ、ただの友達と思われてるかもしれないけど。
いつかちゃんと、キアラに、オレをつがいだと思わせてみせるから。
ノアルードの回想はこれで終わりです。
ストックがほぼなくなったので、これからは更新ペースが落ちると思います。
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました!




