ノアルード⑤
皇帝が去ってから、塔の中へ入ってくる者は誰もいなかった。
その後、ただひたすらに苦しい日々が続いた。
どれだけ抑え込もうとしても、体の中で暴れる魔力。
体が徐々に崩壊していく、恐ろしい感覚。
皇帝はこの暴走を止める方法を探させていると言っていたが、望みが薄いことはわかっている。
それなのに、苦しい時間の中で、そんなわずかな希望に縋ってしまうことも辛かった。
起きている時は常に苦しさに耐えることで精一杯なので、魔力の制御に集中できるはずもない。自身での回復は絶望的だった。
それから、どれだけの時間が経っただろう。
数日なのか、数週間なのか、数ヶ月なのか。
体の半分が魔力に飲み込まれると、意識がある時間は、ほんのわずかになっていた。
ずいぶんと長い間、意識を失っていたような感覚で目が覚めた。精霊たちに起こされたからだ。
「ど……した」
このまま眠っていたかったのに。
別にもう起きられなくても良かったのに。
そう思うが、精霊たちはお構いなしにオレに話しかける。
《ーーー!》
《~~!》
「……は?」
精霊たちの言葉が要領を得ないのは珍しいことではないが、今日は一段と輪をかけている。
見つけた、適合、プーニャ、とわけのわからない言葉の羅列に混乱していると、いきなり頭をガンッと殴られたような衝撃を受けた。
「ぐっ!?」
痛い。気持ち悪い。
内臓が口から出るんじゃないかと思えるような苦痛と気持ち悪さに襲われたが、それは一瞬で、気がつくと、オレは草が生い茂る地面の上にいた。サワサワと風に揺れる草が心地よい。
何より、ずっと苛まれていた魔力暴走の苦痛を感じないことが、すごく不思議だった。
「プー……、っ!?」
「どういうことだ?」と言葉を発したつもりが、口から出てきたのは、なぜかおかしな鳴き声だった。
そういえば、なんだか視界が低い気がする。起き上がったはずなのに、やけに地面が近いのだ。
オレは慌てて、自分の姿を見下ろした。
黒い毛並みのモフモフの体に、手のひらにはピンクの肉球が見えて、オレは愕然とした。もっとよく確認したくて、オレは急いで土魔法を使い地面を抉り、そこへ水魔法で小さな池を作った。水面に映った自身の姿に血の気が引く。
……嘘だろ。オレ、プーニャになってる!?
「ニャーッ! プー、プニャアッ!」
……うげぇ! 気持ち悪い!
どれだけ頑張ってみても、プーニャのような鳴き声しか出せない。一体どうなっているんだ。
どう考えても、これは精霊たちの仕業に違いない。
今もそばで自分たちの功績を称え合うように喜んでいる精霊たちを、思わず睨む。これは、彼らがオレを助けようとした結果であることはわかっている。実際、あの地獄のような苦しみから解放されたことは感謝したい。
でも、こんな情けない姿でなく、せめて別の魔獣でも良かったのではないだろうかと思ってしまう。
とりあえず、この姿でいる間は、もう絶対に声を出さないとオレは心に決めたのだった。
まずしなければならないのは、状況把握だ。
精霊たちが言った、見つけたとか適合とかいうのは、十中八九このプーニャの体のことだろう。
こうして精神を移す魔法はただでさえ難易度が高いうえ、親和性が重要だ。偶然にも、色合いが全く同じだったからか、オレはこのプーニャと親和性が高かったのだろう。
出力は元の姿の時よりも落ちるようだが、先ほど小さな池を作ったように、魔法は問題なく使えるようだ。これなら、この情けなくて弱々しい魔獣の姿でも、すぐに他の魔獣にやられることはないだろう。
はしゃいでいる精霊たちは放置して、現在地を魔法で探ると、近くにオレが閉じ込められている尖塔があることがわかった。元の場所からそれほど離れていないようだ。
……さて。これからどうするか。
苦しみからは逃れられたが、元の体が崩壊しかけているという問題は解決していない。まだ元の体とうっすら精神が繋がっているのを感じるが、依然として崩壊は進行中のようだ。
でも、オレの精神が抜けたことで、精霊たちがなりふり構わず体の修復に当たり始めたらしい。崩壊の進行がかなりゆるやかになっている。
しかし、ただでさえ苦しかったのに、痛みを度外視で皮膚を切り貼りするような修復をしているものだから、細胞が悲鳴をあげているのがわかる。精神を移していなかったら、ショック死していたかもしれない。
それでも、やっぱり修復はただの時間稼ぎにしかならない。ゆるやかにでも、体は崩壊していっているのだから。
……この感じ、たぶん、体が完全に消滅したら、プーニャに入っている精神も消えるんだろうな。まぁ、ずっとこのままプーニャとして生きていこうとは思えないけど。
それまでに体の崩壊を防ぐ方法を見つけられたらいいのだが、プーニャの体ではそれも難しいかもしれない。皇帝は魔法使いたちに探させていると言っていたけれど、彼も言っていたように、恐らく期待はできないだろう。
何より、他力本願のままのうのうと待っているわけにはいかない。この姿でもできることがないか探さないと……。
オレが考えに耽っているうちに、精霊たちははしゃぐのをようやく止めたようだ。しきりにオレに動くよう促し、進む方向を指示してくる。
精霊たちは多くを語らないが、こんなふうに行く方向や場所を示してくる時は、大抵何かいいものがある時だ。
……もしかして、何か当てがあるのか?
精霊たちが根拠もなく行動するわけがない。自分自身にはこれから行く場所の当てなどないのだから、大人しく彼らの指し示す方向へ向かうことにした。




