ノアルード②
「あなたには、バルドゥーラ帝国へ行って頂きます」
「……は?」
初めて見る、痩せた背の高い男がやってきて、オレにそう告げた。
その男が言うには、どうやらオレは、帝国へ向かわされることになったようだった。
どうしてなのか説明もなく、全く意味がわからなかったが、オレはここから出られるのならなんでも良かった。魔法を封じるという手枷をはめられたが、そんなものなくても、抵抗するつもりなんてなかった。
久しぶりの外の世界に、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
眩しい太陽の光や、頬を撫でる風、草の匂い。
あまりにも久しぶりだったそれらの感覚は、外へ出られたのだということを如実に実感させてくれた。
帝国への道すがら。
オレは初めて、オレを閉じ込めるための箱庭だった小さな屋敷や牢獄以外の、外の世界を見ることができたのである。
何にも覆われていない、どこまでも広がる空。
見たこともないほどたくさんの人々。
店や畑、様々な動物。
本や伝聞で知ってはいたが、実際に見ると、全てが新鮮で衝撃的だった。世界に存在するのは、あんな小さな空間だけでは決してなかったのだ。
……こんなに世界は広くて、これだけたくさんの人がいるんだ。……それなら、オレを受け入れてくれる人だって、どこかにいるんじゃないか……?
オレはどこまでも広がる空を見上げながら、そんな期待をほのかに抱いた。
魔法を封じられた状態で何日も馬車に揺られるという辛い長旅だったが、新しい体験と、未来への希望がオレの心を慰めていた。
しかし、たどり着いた場所でも、オレは歓迎されないようだった。
「我が国の第一王子である、ノアルード殿下でございます」
小綺麗な服を着せられたかと思えば、元いた城よりもはるかに大きく立派な城へと連れてこられた。初めて王子だとか殿下だとか呼ばれて、オレは知らない奴らに引き渡された。なぜそうなったのか、説明はなかった。
角のある彼らは、竜人族と呼ばれる人種らしい。
彼らは明らかに、オレを見て困ったような顔をしていた。
それでも、あの狭くて汚い部屋よりはずっといい部屋へ案内され、ここで過ごすようにと言われた。毎日三回きちんと食事を出され、まともな、というよりも、ずいぶんといい生活を与えられた。
帝国の人たちは、衣食住を与えるだけでなく、オレに教育まで施してくれた。
そうしていると、オレがなぜここへ連れてこられたのか、オレの立場がどんなものなのかはすぐに理解できた。
オレの父親でもある王が、この帝国へ戦争をけしかけたが、情けないことに、竜人族の予想以上の強さにあっさりと負けてしまったらしい。結果、属国となったオレの元いた国は、服従の証として、第一王子であるオレを人質に差し出したということのようだ。
本当はオレに人質としての価値なんてないのだから、父親はオレをうまく使えて満足していることだろう。
帝国にとって従属国の王子という面倒な立場であるオレが、ここでどんな扱いを受けようが、奴らはどうでもいいに違いない。むしろ殺されてくれた方が、好都合だとさえ考えているだろう。
そのことを帝国の者たちに教えた方がいいのかもしれないとも考えたが、できなかった。
ただの人質でしかないオレに、帝国の者たちは、祖国よりもよほどいい環境を与えてくれた。オレに人質としての価値がないと知られたらどうなるかを考えれば、口をつぐむしかなかった。
元敵国の王子であるためどこか警戒され、遠巻きにされてはいたが、そんな何不自由のない暮らしは一年ほど続いた。
未だ周囲に一線を引かれている状態は続いていたが、少なくとも命の危険を感じることはなかった。
叶うなら、ここに自分の居場所を作ることができたらと考えるようにさえなっていた。
ーーだが、異変は突如訪れた。
「キャアアアアッ!」
「なんだこれは!?」
「危険だ、王子から離れろ!!」
オレは、二度目の魔力暴走を起こした。
今回は、特に何かきっかけがあったわけではなかった。
魔力の扱いは得意だったし、意図せず溢れて暴れ出す魔力が勝手に魔法になり周囲を傷つけるなんて、意味がわからなくてオレは混乱した。
意識がハッキリしていたからか、前回のように死人を出す前に何とか収めることはできたが、その時にはすでに何人もケガ人を出してしまっていた。
それからは、動きが制限されるようになった。
一人で部屋を出ることができなくなり、常に見張りの騎士がつけられた。
また、体が丈夫な竜人族以外はオレに近づかないよう厳命されたらしく、周囲から極端に人が減った。
竜人族は、つまり帝国の貴族である。
なぜオレのような危険なやつの世話をしなければならないのかと、嫌々という態度を隠さない者も多かった。
オレは、必死で魔力暴走について調べた。
本来なら、こんなふうに魔力暴走を起こすのは、癇癪を起こしやすい赤ん坊くらいのものであるはずだ。
魔力は成長とともに増えるものだから、わずかな魔力しか持たない赤ん坊の魔力が暴走したところで、大した問題ではない。
子供が泣きわめいて、物を投げたり壊したりするのと、同じようなものだからだ。
でも、オレはもう十歳を過ぎている。
しかも精霊族の母親譲りなのか大量の魔力持ちだったので、魔力暴走を起こしたら、周囲に多大な危険が及ぶのだ。なんとか暴走しないようにしなければならないが、オレのような特殊な状態は前例がほとんどなかったため、参考になる資料など皆無だった。
帝国の魔法使いたちでも、解決法はわからないらしく、オレの管理を厳しくすることでなんとか対応しているという状況だった。
……何か、根本的な解決方法はないのか?
このままでは、きっとまた魔力暴走を起こしてしまう。竜人族ならそれでも死なないかもしれないが、人質の分際で、そんな迷惑をかけ続ける存在でいていいはずがない。
あんなことが続けば、またあの牢獄のような場所へ閉じ込められることになるかもしれない。
閉塞感と無力感に苛まれ、何の楽しみも希望もないあんな日々へ戻るのは、もう嫌だった。
それに、魔力暴走を起こしたあとはいつも疲れ果てたように倒れてしまう。あれほどの魔力を扱うのだから当然かもしれないが、自分の体が自分の思う通りに動かない気持ち悪さからか、ザワザワとした不安が心に巣食うようになっていた。
いつか、あの黒い魔力にオレ自身が飲み込まれるのではないかと思えて、恐ろしくなったのだ。
調べても調べても、有用な情報は出てこない。
わかったのは、オレが精霊族と人間族のハーフであるため、膨大な魔力があるにもかかわらず、器の強度が足りなくて魔力が制御できなくなっているらしいということだけだった。
でも、それがわかったところで、オレの出自は変えられない。魔力を減らす方法なんてないし、器を強化する方法もまた然りだ。魔力を増やす研究はしても、減らす研究なんて誰もやらないだろうから、帝国の魔法使いたちもお手上げのようだった。
ーーそして、恐れていたその時は、無情にも訪れてしまった。




