ノアルード①
あけましておめでとうございます!
ノアルードの回想です。
残酷な表現があります。
苦手な方はご注意ください。
一一オレが育ったのは、小さな箱庭のような場所だった。
深い森に囲まれた小さな庭と、その中にポツンと建つ屋敷だけが、オレの世界の全てだった。
両親の顔は覚えていない。
物心ついた時には、すでにいなかったからだ。
世話係であるメイドたちから聞いたところによると、父親は国王で、母親はどこの誰とも知れぬ精霊族だったらしい。
母親は、オレを産んですぐに故郷へ戻ったそうだ。故郷が恋しすぎて心を壊しかけたためと聞かされたが、なぜオレを一人で置いて行ったのだろうと思わずにはいられなかった。
父親はその後間もなく別の女性を王妃に迎え、二年後には王子も産まれたからか、オレのことなんて興味がないようだった。肖像画を見せてもらったこともあるが、オレにはあまり似ていなかった。
最低限の生活は保証され、世話係や教師も派遣されていた。王の指示ではないようだったが、庶子とはいえ王子なのだから教養は必要であると考える者が多かったためだろう。様々なことを厳しく叩き込まれた。
使用人たちとは、常に一線を引かれていたように思う。
甘やかさないようにしていただけかもしれないが、単に、庶子で冷遇されているオレに優しくするメリットは少ないと思われていたのかもしれない。
常に誰かが監視するようにそばにいて、小さな庭までしか外へ出ることも許されない窮屈な生活だったが、魔法の勉強は楽しかった。
オレにしか見えない精霊たちの力を借りれば、本に書いてあること以上の結果が得られると気づいてからは、夢中で勉強に励んだ。
七歳の頃には、もう自分が教えられることはなくなったと言って、魔法使いの教師が来なくなった。
オレは、きっと次はもっと凄腕の魔法使いが来るのだろうと、楽しみにしていた。
しかし、次の教師が来る前に、オレの生活は突如壊された。
「キャアアアア!!」
「なぜ私たちまで! 目的は王子殿下では……!」
「嫌ぁっ! 助け……!」
武器を持った何人もの男たちが突然屋敷へ押し入り、世話係のメイドたちが目の前で次々と血飛沫をあげて倒れていった。
突如繰り広げられた殺戮に、オレは目を見開いて固まり、ガクガクと震えていることしかできなかった。
目の前に刃が迫り、オレも殺される、と思った。
でも、そうはならなかった。
「う、うあ……ああァァァーーーッ!」
精神が極端に不安定になったせいか、オレの体から、制御できなくなった魔力が溢れ出したのだ。
初めての魔力暴走だった。
溢れ出した魔力は黒い暴風となり、刺客たちを切り裂き、全てを吹き飛ばした。
あとに残ったのは、切り刻まれた無数の死体と、ズタズタになった部屋だけだった。
「あ、う……あぁ……っ」
あまりにもひどい光景とむせかえるような血の匂いに、オレの意識は暗転した。
◇
それから、オレは狭くて汚い、牢獄のような場所へ閉じ込められることになった。
凄惨な現場で、唯一の生き残りとして発見されたオレは、危険人物として隔離されることになったらしい。
……どうしてオレは殺されそうになったんだろう。どうして、気を失っている間に殺されなかったんだろう。どうして、メイドたちまで殺されなきゃならなかったんだろう……?
様々な疑問が絶えず頭の中を埋め尽くし、脳裏に焼き付いた凄惨な光景とともにオレを苛んだ。
精霊たちを通してあらゆるものを見たり聞いたりできるようになっていたおかげで、オレは牢獄の中からでも、自分の置かれている状況を多少なりとも知ることができた。
どうやら、オレを殺すよう指示したのは、オレの父親のようだった。
今まではオレの扱いを決めかねて生かしていたが、息子の後継者の座が危うくなることを恐れた王妃に懇願され、結局はオレを始末することにしたらしい。
メイドたちに知らせれば、オレに悟られたり、オレを逃がそうとする者が出たりするかもしれない。万が一の可能性も潰し、確実にオレを始末するため、いつも通りの日常の中で、あの凄惨な殺戮劇を起こしたのだそうだ。
今までずっと放置され、会いに来たこともなかったのだから、父親に何かを期待していたわけではないはずだった。それなのに、その事実は少なからずオレを打ちのめした。
その後すぐに殺されずここへ閉じ込められたのは、想定外にオレが生き残り、事件が明るみになってしまったせいらしい。
王子であるオレを理由もなく殺すことはできないため、暗殺という手段を取ったのに、失敗してしまった。だから仕方なく、危険人物として閉じ込めることにしたそうだ。
牢獄の中の生活は、ろくなものではなかった。
出される食事は、カビたパンにわずかな野菜が入った薄いスープなど、残飯のようなものばかりだった。
そしてなお悪いことに、何かの毒でも入っているのか、それを食べるといつも腹痛を起こしたり、戻したりした。即死の毒を入れないことからして、オレを衰弱死させたいようだった。オレは出される食事に手をつけるのが怖くなった。
いつもお腹を空かせるようになると、精霊たちが豆粒ほどの大きさをした果実をどこかから持ってきてくれるようになった。味がなくて美味しくはなかったが、それを一粒食べると、不思議と空腹がスッと収まった。
精霊たちによると、それはひとつ食べれば一日空腹になることがなく、なおかつ全ての栄養価が含まれるという、不思議すぎる果実だった。
その在り処は精霊たちしか知らない場所だそうで、人の世に出回ることはほとんどない、まさに伝説のような果実だ。
しかし、精霊と親しい精霊族たちにとっては、単なる非常食のようなものなのだそうだ。味がないので好んでは食べないが、栄養は摂れる便利なもの、という扱いらしい。
その果実のおかげで、オレはなんとか生きながらえることができた。
しかし、いつまで経っても弱らないオレに痺れを切らしたのか、再び複数の暗殺者がやってきた。
でも、それは予想の範囲内だったので、今度は魔法を使って撃退してやった。子供のオレに敵わなかったことが悔しかったのか、彼らは顔を歪めながらわめき始めた。
「この化け物が……!」
「誰もお前が生きてることを望んでないんだ。大人しく死ねよ!!」
暗殺者たちの言葉が胸に刺さった。
でも、オレは大人しく死んでやるつもりなんてない。
オレはさらに追い打ちをかけ、奴らを追い払った。
ひどい戦闘の跡が残る牢獄の中で、一人、オレは決意した。
……ここを出よう。
ここにいれば、これからもずっと命を狙われることになるのは明らかだった。精霊たちがいれば、一人でもきっと生きていけるはずだと思った。
だけど、王はオレを自由にする気なんてないようだった。
オレを外へ出してしまえば、やがて力をつけ、王位を簒奪しに戻ってくるだろうと王妃に言われた王は、すっかりそう信じ込んでいるらしい。オレはそんなものに興味はないのだが、それを信じてもらえるような者たちではなかった。
ここを出ようと決意したものの、それは簡単なことではなかった。
この場所は魔法使い用の牢獄らしく、魔法攻撃に耐性があった。暗殺者たちを倒した時のように、魔法で散々暴れても壊れない頑丈な造りだ。
魔法が通じないのなら、自力での脱出は絶望的だった。かといって、オレを逃がしてくれるような者など一人もいない。
そう考えると、暗殺者のあの時の言葉が、何度も脳裏に蘇った。
『誰もお前が生きてることを望んでないんだ。大人しく死ねよ!!』
いくら強く目を閉じて、忘れろと頭を振っても、その言葉はなかなか頭の中から消えてくれなかった。
外へ出ることも叶わず、何の希望も持てない日々は、二年近く続いた。
精霊たちのおかげで生きてはいられるが、もう、オレは一生ここから出られないのかもしれないと考え始めていた時。
再び、転機は訪れた。




