相談と説得
「皇女殿下、ご無事で……!」
「えっ?」
塔の地下から出ると、そこにはなぜか、騎士服を着た男の人がいた。どうしてここにいるのだろうと驚いて彼を見上げると、騎士は困った顔をして説明してくれた。
「陛下から、皇女殿下を追うよう下命を受けたのです。私ともう一人の騎士で殿下を追いましたが、殿下は立ち入り禁止の尖塔へ入られてしまいました。しかも地下へ向かわれたご様子なので、状況は私どもの手に余ると判断し、一人は陛下へ報告へ向かわせ、私は塔の見張りをしていたのです」
ロドルバンさんはわたしにここへ近づかないようにと言ったけれど、他の人も立ち入りを禁止されている場所だったらしい。あの状態のクロはかなり危険だったので、それも当然かもしれなかった。
「キアラ!!」
「あっ、お父さん! お母さん!」
父が母を横抱きにして、何人もの騎士や側近たちをともなって走ってくる姿が見えた。
「キアラ、無事で良かっ……ど、どうした!? 泣いているのか、キアラ!? あぁっ、腕をケガしているじゃないか! 服もボロボロだし、何があったんだ!?」
「おとうさん……っ」
すごい速さで駆けつけて、わたしを心配してくれた父を見て、思わず涙目になる。わたしの父はすごい人だから、きっとクロのことを助けてくれるはずだ。そう思って、わたしは必死で言い募る。
「お、お父さん。クロが……っ、クロを助けて、お願い!」
「クロ? そのプーニャのことだろう? 眠っているようだが……一体どうしたんだ?」
父が困惑するように眉を下げ、抱いたままだった母を下ろした。
「キアラ、クロは眠っているだけじゃないの?」
母がわたしからプーニャを受け取ると、様子を確かめてそう言った。息をしていて温かいのでそう思ったのかもしれないが、わたしが言うクロはもう、そのプーニャではない。
「違うの。この塔の中にいる男の子のことなの。あの子が、クロだったのよ。精霊さんの力で、そのプーニャに精神を移してたんだって」
わたしの説明に、周囲の人々が息を呑んだ。
父も驚いたように目を見張り、眉をひそめる。
「彼は今、どんな状態なんだ?」
「か、体のほとんどが黒い風に包まれちゃって、もう顔の半分と、片方の腕くらいしか残ってないの。自分はもう消えるんだって、今までありがとうって……でも、嫌なの。わたし、クロがいなくなるなんて嫌! でも、どうしたらいいのかわからないの。精霊さんたちは、わたしが助けられるって言ったみたいなのに。お父さん、わたし、どうしたらいいの?」
涙がこぼれそうなのを堪えながら、父に訴える。
わたしがクロを救えると、精霊たちは考えているみたいなのに、わたしはどうしたらいいのか、全然わからない。
魔法も使えないし、お勉強だって、まだ始めたばかりなのだ。そんなわたしが、どうしたらあの状態のクロを助けられるのだろう。
教えてほしくて父を見上げるが、彼は難しそうな顔をして言い淀んだ。その様子を見れば、次に言う言葉が予想できてしまって、わたしはまた涙がこぼれそうになる。
「……キアラ。残念だけど、彼を助ける方法はないんだよ」
「やだ!!」
父の言葉を遮って叫びながら、わたしは父に駆け寄って、彼の服をギュッと掴んだ。
「精霊さんたちは、クロを助けるためにわたしのところへ来させたのよ。何か方法があるはずなの。わたし、クロを助けられるならなんでもするから……!」
「キアラ……」
父はわたしをそっと抱きしめてくれたけれど、それ以上何も言ってはくれない。
「クロは、わたしの一番大切なお友達なの。クロはいつもわたしを助けてくれたのに、わたし、まだ何もお返しできてないよ。クロが消えちゃうなんて嫌だよ……!」
父が屈んで、ボロボロこぼれるわたしの涙を指で拭う。
「キアラ。彼の魔力暴走を止める方法は、我々もずっと探していたんだよ」
父はわたしと目線を合わせて、言い聞かせるように語った。
「彼はよその国から預かったお客様だったが、度々魔力暴走を起こすので、向こうも扱いに困っていたらしい。こちらでの現状を説明しても、なかなか引き取りに応じないからね。大事な客人を死なせるわけにはいかないから、私が眠っている間も魔法使いたちには対処法を模索させていたんだ。しかし、キアラが知っているかはわからないが、彼の生まれは少し特殊だからね。結局まだ、方法を見つけられていないんだよ」
だから諦めるしかないと、父は言う。
「でも、でも……!」
それでもわたしは受け入れられなくて、泣きながら首を振った。
あの夜わたしはクロから、精霊たちは方法があると言っていたと聞いた。だからきっと何か方法があるはずなのに、どうしたらいいのかわからない。
……お父さんも知らないなんて、もう他に、誰に訊けばいいの?
何とかして方法を探したいけれど、そんな時間は残っていない。クロはもう、今この瞬間に消えてしまったとしてもおかしくない状態なのだ。
ぎゅっと唇を噛むと、父の後ろで静かに様子を見ていた母が、おもむろに口を開いた。
「……ディオ。キアラがクロに、あの魔法の儀式を行うのはどうかしら?」
「サーシャ!?」
……魔法の儀式?
「魔法の儀式って、なに?」
「竜人族だけが使えるという、自身の生命力を分け与え、共有するという儀式よ。私もディオにしてもらったの」
そう言って母が微笑んだ。
生命力を分け与える、魔法の儀式。
そういえば、いつもどこか顔色が良くなかった母が、ここ最近はずっと元気そうだった。抱きついた時も、体温がいつもより高くて不思議に思っていたが、父にその儀式を行ってもらって、元気になったからだったようだ。
……竜人族だけが使える魔法。それを使えば、クロを助けられる?
「とても不思議な感覚だったわ。体がディオの生命力に満たされて、彼がいれば何があっても大丈夫だと思えたの。だからクロにも、キアラがそうしてあげれば……」
「駄目だ、サーシャ! あの儀式は、一生に一度しか使えないと言っただろう? キアラが将来、つがいを定め、添い遂げたいと願った相手に使うべき方法なんだ。そもそも、まだ幼い半竜のキアラに使えるかどうかもわからないし、できたとしても、あの儀式で彼が助かるという確証はない。儀式が無駄になるかもしれないんだ!」
父が魔法の儀式に対する問題点を次々に挙げていくが、わたしの心はすでに決まっていた。
「わたし、やる!!」
「キアラ……!?」
精霊たちが言っていたのは、きっとその儀式のことに違いない。
竜人族だけが使えるという、魔法の儀式。
それを使えばクロが助かるかもしれないから、きっと精霊たちはわたしとクロを引き合わせたのだ。クロは竜人族の儀式のことを知らなかったから、精霊たちの断片的な言葉では話がわからなかったのかもしれない。
「駄目だ、キアラ。竜人族の血を引くお前は、この先長い人生の中で、きっとつがいだと思える相手に出会えるはずだ。その相手が、もし人間族だったらどうする? 今彼に儀式を行ってしまえば、そのつがいに対して儀式を行うことができず、寿命で分かたれる苦しみを味わい、最悪の場合には命を落とすことになるかもしれないんだぞ!」
父は頑として反対した。まだつがいがどういうものかもわからない子供がやるような儀式ではないと、わたしに強く言い聞かせる。
でも、わたしだって譲らない。
クロを助ける方法があるなら何でもすると、もうずっと前から決めていたのだ。
「お父さん。わたし、ここでできることをしなかったら、きっと一生後悔するわ。将来のひとつの可能性のために、今クロを見捨てるなんて絶対にしたくないの。お願い、儀式のやり方を教えて!」
「キアラ……」
父が困ったような表情で迷いを見せる。
こんなに言ってもまだ納得してくれないのは、父が人間族の母をつがいだと決めて、実際に離れ離れになって辛い思いをした経験があるからかもしれない。
きっと、わたしには同じ思いをさせたくないと考えてくれているのだろう。
「ディオ」
そんな父を説得することができるのは、やはり母だけだったのだろう。
「キアラは、クロと出会って、とても嬉しそうだったわ。元々いつも元気な子だったけれど、より明るく、楽しそうに笑うようになったの。ただのプーニャではないと思っていたけれど、きっと二人には、私の知らないやりとりがあったのでしょう」
母が優しい目でわたしを見る。
クロが普通のプーニャではないと、母も薄々わかっていたらしい。でも、いつも危険なものを避けるわたしがとても可愛がっていたので、大丈夫だろうと思っていたのだそうだ。
「苦しい日々の中、キアラの直感には、いつも助けられてきたわ。私は、キアラがどうしても彼を助けたいと思う今の気持ちが、間違いだなんてとても思えないの」
母は、わたしを心から信頼してくれていた。
まだ子供だからと、わたしの気持ちや判断をないがしろにはしないでくれた。
「お母さん……!」
「キアラ。お父さんの話を聞いても、彼に儀式をやりたいのよね?」
「うん。わたし、つがいなんてまだよくわからないけど、クロがいなくなるくらいなら、あの子をつがいにしてもいいわ!」
「キアラ!??」
ひいっ、と裏返った声で驚いた父が慌てふためく。
「つがいは、そんな簡単に決めるものではない!」
「うん。お父さんとお母さんを見てるから、なんとなくわかるわ。だから、本当につがいだって決めるわけじゃないけど、そうしてもいいと思うくらい、わたしにとってクロはもう大切な存在なの。だからわかって、お父さん」
わたしはそう言って、まっすぐ父を見つめる。
しばらく目を合わせていたが、父はようやく、根負けしたようにため息を吐いた。
「…………わかった。地下へ向かおう、キアラ」
「うん! ありがとう、お父さんっ!」
嬉しさから思わず抱きつくと、父は仕方なさそうにまたため息を吐きながらも、優しくわたしの頭を撫でてくれた。




