諦めない!
「クロ?」
クロの声かけでスピードをゆるめると、ちょうど階段が終わるところだった。
しかし、ついにたどり着いたその場所には、頑丈そうな扉があった。その上にはすごく大きな太い鎖がかけられていて、わたしたちの侵入を阻んでいる。
鎖にはうっすらと光るおかしな模様が入っているので、きっと魔法の鎖なのだろう。
「……!」
中に、何か危険なものがいる、ということだけはすぐにわかった。頑丈に封鎖された扉に近づいただけで、肌がビリビリして、ぞわぞわと背筋が寒くなってくるのだ。
それでも、わたしに引き返すという選択肢はない。
危険でも、クロがこの中へ入りたいというのなら、力になりたい。それにクロは、本当にわたしが危険だったら、ここへ連れてこないと思うから。
「クロ。これ、開けられるの?」
《キアラが力を貸してくれたら、開けられると思う。この扉を開けるには、魔法の解除と同時に、物理的なパワーを加えることが必要なんだ》
……なーんだ。それなら、わたしの出番ね!
「どうすればいいの?」
《オレがキアラの拳に解除魔法の術式を付与するから、キアラはそれで扉に力を加えてほしい》
「扉を押せばいいの?」
《それでもいいかもしれないけど、もっと強く……壊すくらいのつもりでやったほうがいいと思う》
……つまり、わたしは力いっぱい扉を殴ればいいってことね!
「わかったわ。まっかせて!」
《……頼もしい限りだよ》
どこかおかしそうにそう言うと、クロは魔法を使い始めた。不思議な光る模様が現れて、わたしの手に絡まっていく。
……わぁ、すごく綺麗。それに、なんだかまるで、わたしが強くなったみたい!
《いいよ、キアラ。頼んだ!》
「よーし。行くわよ~!」
わたしは思い切り息を吸い込みながら、大きく腕を振りかぶった。
「よっせぇーーーーーい!!」
ドゴーーーン! バキバキバキッ!
クロが魔法をかけたわたしの一撃は、とても破れなさそうな頑丈な扉を、一発で砕いた。
「やったわね、クロ! って、きゃっ!?」
突然何かが目の前をかすめて、わたしは驚いて後ずさった。
何が起こったのだろうと崩れた扉の奥の光景を見て、わたしは息を呑んだ。
そこには、人の原型をかろうじて残した、黒髪の男の子がいた。
目を閉じた顔の半分から右腕の部分以外が……つまり、体のほとんどの部分が、暴れ狂う黒い台風と一体化してしまっている。というよりも、体が黒い暴風へと変化してしまっているのかもしれない。
黒い風は、地面に描かれている不思議な模様のおかげか、その空間までしか出てこられないようだった。
「グオオオオォォォオッ!」
その声は、まるでこの人の断末魔にも、暴れまわる黒い風の音にも聞こえた。部屋中に反響する、苦しそうな声が痛ましい。
「ク、クロ。これって……」
《キアラ、ありがとう》
「えっ?」
突然お礼を言い始めたクロを振り返る。
その表情は、満足げでも、悲しげでもあった。
《キアラのおかげで、オレはオレとして消えることができそうだ》
「……消える?」
クロは何を言っているのだろう。
消えるって、それって……。
《薄々わかってたかもしれないけど、あれはオレの、元の体だよ。ずっと精霊たちが暴走を抑えてくれてたけど、もう限界みたいなんだ。あの荒れ狂う黒い風は、目に見えるほど凝縮されたオレの魔力だ。オレの体は、もうすぐあの魔力暴走に飲み込まれて、消えることになる》
「そっ、そんな……!」
以前、あの夜の丘で聞いていた話だ。
本当のクロは、魔力が暴走して、体が崩壊しかけていると。
それが、目の前で黒い暴風に飲み込まれそうになっている、あの人のことのようだ。
ここへ来たことがあるようなクロの口ぶりと、思い詰めたような様子から、もしかして、この塔の中にいるのは本当の彼なのかなと思ってはいた。
……でも、わたしがここへ来たのはクロを助けるためであって、消えるのを大人しく見届けるためじゃないわ!
「嫌っ! 消えるなんて言わないで、クロ! 何か方法があるって、精霊さんたちが言ってたんでしょ? どうしたらいいか、教えてよ!」
わたしは必死でそう言うけれど、クロは首を振った。
《わからないんだ。精霊たちの言葉は断片的だから、詳細な会話はできない。……ただ、キアラのところへ行けって、そればかりで……》
「え……わたし?」
精霊たちは、体が崩壊を始めたクロを助けるために、プーニャに精神を移した彼をわたしのところへ飛ばしたらしい。急に空へ放り出されて驚いたが、精霊たちはわたしといるようにと言ってきた。なぜかと尋ねても、要領を得ない答えしか返ってこなかったらしい。
《初めは精霊たちに言われたからだったけど、キアラといるのは楽しかったよ。サーシャさんがいたとはいえ、オレと同じで周囲に恵まれているとは言い難い環境だったのに、いつも明るくて前向きで、でもやることはめちゃくちゃで》
クロが静かに思い出を語る姿が、もうすっかり生きることを諦めてしまっているようで泣きたくなる。
《あまりいいことがなかった人生だったけど、キアラと過ごした時間だけは、結構楽しかった。最後にここまで連れてきてくれただけでも、もう十分だ。ありがとう、キアラ》
「や、嫌だよ、クロ!」
わたしは、ふるふると首を振る。
《パーティを抜け出したことや、扉を壊したことで怒られたらごめん。一緒に謝ることもできそうになくて、悪い》
まるでわたしの言葉が聞こえていないかのようなクロに、わたしは涙目になりながら、う~っと唸った。
……どうしてそんな、もう諦めるみたいなことを言うの? わたしは、嫌だって言ってるのに。クロがいなくなるなんて、絶対に嫌!!
「精霊さん! わたし、クロを助けたいの。わたしにできることがあるなら、どうしたらいいのか教えて。お願い!!」
クロの周囲にいるであろう精霊に問いかけてみるが、当然、精霊族ではないわたしには精霊が見えないし、声も聞こえない。
少し待ってみても、何も返事が返ってこなくて、さらに涙が浮かんできた。わたしはクロに駆け寄って抱き上げると、ギュッと抱きしめた。
「やだ、やだ。いなくならないで、クロ!」
《……はは》
「なっ、何笑ってるの!?」
こんな時に笑うなんて、クロは何を考えているのだろうか。わたしが怒っているのに、クロは落ち着いているのも腹が立って、思わず睨んでしまう。
《キアラ。オレさ、消えろって言われたことは数え切れないくらいあるけど、いなくなるなって言われたのは、初めてだ》
「……!」
クロは、母親には捨てられて、父親には疎まれていると言っていた。小さい頃から、世話をしてくれたのは主に精霊たちだったと。
ひどい環境で育ったのは知っていたが、思っていたよりもひどい扱いを受けていたようだ。どうして、何も悪くない彼に、そんなことが言えるのだろう。
溜まっていた涙が、ついにぽろりとこぼれ落ちた。
すると、クロが笑って、それをペロリと舐め取った。
《……精霊たちには、感謝しないとな。オレのために泣いてくれるような存在に、出会わせてくれたんだか、ら……》
「ク、クロ?」
クロの目がだんだんと閉じていく。体も力が抜けていっているのか、ぐにゃりとしてきた。
「クロっ!」
《もしかしたら、精霊たちは、そのために……オレを、キアラのところ、へ……》
「クロ!!」
クロが完全に動かなくなってしまい、思わずクロの本体へ視線を移す。
さっきまではあったはずの右手の先が、今は黒い風に飲み込まれていて、状況が悪くなっていることがわかった。
……どうしたらいいの? このままじゃ、クロが死んじゃう!
戻って助けを呼ぼうかと、わたしは階段へと足を向けた。
「アアアァァァアアアッ!」
「ひゃっ!?」
いつもとは違う叫び声に驚いて再び部屋の中を見ると、先ほどまでは閉じていた、今は片目しかない男の子の目が、うっすらと開いていた。
綺麗な水色の目だった。
辛そうに脂汗を浮かべた彼のその目が、ゆっくりとわたしをとらえる。
「……キア、ラ……」
彼の口から発せられたのは、先ほどまで頭の中だけで聞こえていた声だった。聞き慣れたクロの声は、目の前で今にも消えそうな男の子の声と、全く同じだったのだ。
「ク、クロ、なの……? きゃあっ!?」
男の子へ近づこうと部屋へ入ると、黒い風がわたしに襲いかかった。油断していたせいで、顔を庇った腕に少し痛みが走る。ところどころドレスが裂け、血がポタポタと落ちた。
「クロ……っ、ねぇ! わたし、どうしたらいいの!?」
出会ってから、わたしが困った時はいつもクロが助けてくれた。わたしにはわからない解決方法を教えてくれた。
それなのに、絶対に教えてほしい今回に限って、彼はうっすらと笑みを浮かべてこう言っただけだった。
「危ない、から……もう行きな、キアラ。……今まで、ありがとう」
「クロ……!」
そう言って男の子が目を閉じると、黒い風はさらに激しく暴れ始めた。今にも彼の全てを飲み込もうとしているようだ。
……こんなの嫌! わたし、絶対に諦めないわ!
「待ってて、クロ! わたし、絶対にあなたを助けるから!!」
わたしは、あの夜に誓ったのだ。
絶対にいつか、クロを元気な姿で元の体に戻して、ちゃんと、彼を本当の名前呼ぶのだと。
わたしは動かなくなった小さなプーニャを抱いたまま、片手でグイッと涙を拭うと、前を見据え、階段へ向かって駆け出したのだった。




