バルディオスの心境
……くそっ! くそくそくそ!! どうしてこうなった!?
バルディオスは、心の中で激しく悪態をついた。
自分の思惑とはまるで異なる展開に、プライドと頭がついていかなかった。
初めは、娘のルイーダとディオルグを結婚させ、次期皇帝の祖父となり、自分が当然享受すべき皇族としての権威と権利を取り戻そうと考えていた。
しかし、それはなかなかうまくいかなかった。
ルイーダの何が気に入らないというのか、ディオルグは、よりによって人間族の、平民の女に執心し始めた。
ディオルグが、人間族の女をつがいになどするはずがない。
確かに、それは不可能ではない。
竜人族が生涯でたった一度だけ使える、自身の生命力を分け与える儀式を行えば、寿命の短い人間族と共に生きることも可能ではある。
だが、それは諸刃の剣である。
分け与えるということは、即ち自身の寿命を削るということなのだ。
そうまでして、人間族をつがいに選ぶ必要などないではないか。
皇帝という、全てを手に入れた立場だからこそ、少しでも長く生きたいと望むのが当然だろう?
だからバルディオスは、入れ込んでいる平民の女をディオルグがつがいにする可能性など、全く考えていなかった。
それゆえ彼は、一時的な恋に溺れ、ルイーダをないがしろにする皇帝に怒りさえ覚えていたのだ。
だからこそ、一日でも早く二人を引き離したくて、皇太后と共謀し、あの女を遠ざけたというのに。
その時皇帝は、すでに彼女をつがいと認識していたというのか?
身分もなく、政治の役にも立たず、共にいるためには自身の寿命を削らなければならないような女を?
バルディオスは理解できなかった。
すでに人間族の人生三回ぶんの長さを生きている彼だが、常に権力のことで頭がいっぱいだったせいか、未だにつがいを得ていなかった。妻とは完全に政略結婚だったし、妻は子供を二人産むと、役目は果たしたとばかりにつがいという名の愛人を囲った。それをどうでもいいと思えるほどには、バルディオスも彼女に興味がなかった。
竜人族は皆愛妻家だと他国では言われているらしいが、利益を理由に結婚すれば、当然このようなことも起こり得る。
そのため、政略結婚の際には結婚した後に別の相手をつがいと認識した場合について念書を交わしておくのが一般的だった。
バルディオスもそうだった。
だから、妻がつがいを囲おうと、何も口出しするつもりはなかった。過去に交わした念書の通り、婚姻を継続し自分の立場を脅かさないのなら。
バルディオスは、年若いつがいに夢中になる妻を軽蔑さえしていた。
金も身分もなく何の役にも立たない相手に、なぜ情を抱けるのかわからなかった。
だから、皇帝がまさか平民の女をつがいだと認識するなんて、考えもしなかったのである。
ディオルグが姿を見せなくなったのは、初めは少し落ち込んでいるだけだと思ったし、それが長引くようになってからは本当にただ具合が悪いのだろうと考えた。
そして、それをチャンスであると考えたのだ。
さすがに口には出せないが、彼がこのまま没する可能性があるのなら、早めに跡継ぎを決めなくてはならない。
しかしディオルグはまだ未婚のため、跡継ぎがいない。皇弟であるオルディンは、皇位継承権を放棄している。
ならば、現状一番濃い皇族の血を持つ男児である、自分の息子が後継者になり得るのではないか?
そう考えたバルディオスは、さり気なく皇帝の側近たちに息子の売り込みを始めた。
竜人族は寿命が長いが、成人年齢は人間族とさほど変わらない。去年ようやく二十歳の成人を迎えた息子のマルティネスは、まだ若いせいか臆病なところがあるが、間違いなく皇族の血を引く、皇位継承に一番近い男なのだ。
だから今日の発表は、体調が回復したという皇帝とルイーダとの結婚か、跡継ぎをマルティネスと定めるか、どちらかであると考えていたのに。
……まさか、あの時の人間族の女が皇帝のつがいとして再び現れ、しかも、すでに皇女まで存在しているとは!
皇后と跡継ぎ。
彼は、狙っていた立場を、両方とも奪われた形になってしまった。
しかも、十年前の件に関与した者は厳罰に処すという。
愚かにもルイーダは、勝手にあの女に直接対峙して、自分がディオルグの婚約者だと宣言しているのだ。しかも、間もなく結婚するとまで告げて。
報告を受けた時は思わず頭を抱えたが、バレなければ問題はないはずだと考えていたのに。
あの平民の女がそれをディオルグに話していないわけがない。ルイーダは、確実に罰を受けることになるだろう。
だとしても、自分はどうだ。
皇太后と会話する際は、念のため、誰にも見られないよう細心の注意を払っていた。
罪を逃れられる可能性は、まだ残っているのではないか?
ルイーダの父親としての責任は取らされるだろうが、多少の罰金や、数年間の謹慎などで済むかもしれない。なにしろ、こちらはあの女がつがいだなんて知らなかったのだ。娘の恋心が暴走した結果だと言えば、情状酌量の余地はあるはずだ。
……そうさ。証拠はないんだ。白を切り通せばいい。この私が、元皇族であるこの私が、こんなことで失脚するなど、あってはならんのだからな!
バルディオスはそう結論づけて、冷や汗をそっと拭いながら挑むように前を向いた。
その時、隣にいる娘から、信じられないような言葉が飛び出した。
「恐れながら、陛下。それは、そちらの方を側妃とする、ということですの?」




