側近候補
「……それで、君がセラでいいのかな?」
父はわたしを放すと、セラへ向かって問いかけた。
「あっ、は、はい。……セラと、もうします。人さらいに捕まっていたところをキアラさ……様に助けていただき、少しの間ですが、一緒に暮らしていました」
セラはとても緊張しながらも、いつもより丁寧に話そうとして、少しぎこちなくなっている。それに、セラからの呼び方が、さん付けから様付けになってしまっている。
……これも、わたしが皇女になっちゃったから仕方ないのよね。でも、ちょっと寂しいな。
「話は聞いているよ。キアラと、とても親しくしてくれていると。ありがとう」
「ひぇっ!? い、いえそんな、こちらこそ……!」
皇帝にお礼を言われて、セラが縮み上がるほど恐縮している。
「君がここに滞在することは何も問題ないが、キアラのために、何か仕事をしたいと考えているそうだね。それについては、また後で話すとして……あぁ、後ろの君が、クロだね」
セラの近くにとどまってじっとしている黒いプーニャへ、父が視線を送る。クロは動かないまま、ただまっすぐに父を見返していた。
「……君に関しても、色々と聞いてはいたが……本当に変わったプーニャだな。それに何だか……いや、まぁいい。まずは食事にしようか。お腹が空いただろう? キアラ」
父はなぜかクロを見て少し訝しげに眉をひそめたが、すぐにわたしに笑顔を向けた。
「う、うん……」
……まさか、クロの正体がバレてるわけじゃないわよね?
そう思ったけれど、その後何もなかったように食事が始まり、わたしは気のせいだったのかなと思うことにしたのだった。
◇
用意されていた食事は、やっぱりとても美味しかった。ぱくぱくと食べるわたしを、父がやたらと微笑ましげな顔で見ている。そして、母を見てはさらに笑みを深めるのだ。
母がそれに気づいてにっこり笑うと、二人の周囲にだけ、なんだかほんわかした違う空気が流れたような気がした。仲が良さそうで何よりである。
そんな中、父が音もたてずに綺麗にスープを口へ運ぶのを見て、わたしは「わぁ」と思わず声が出てしまった。
そういえば、父はずっと姿勢もピシッとしていて綺麗だし、わたしとは動きや仕草が全然違う。
試しに、父の動きを見よう見まねでスープを飲んでみたが、なんだか違う気がする。それに、動きに気をつけていたら、せっかくのスープの味がよくわからなくなってしまった。
……うーん、難しいわ!
「キアラ、お父さんの真似をしたくなったの?」
母が嬉しそうにそう訊いてきたので、わたしは大きく頷いた。
「うん。わたしと違って、すごく綺麗に食べるんだもの」
「そうよね、私もそう思うわ。だから、そういったマナーの勉強を始めようと思っているの。キアラも、一緒にお勉強しましょうか。皇后や皇女がマナーもわからないなんて、ちょっと格好悪いものね?」
母が困ったようにクスッと笑う。
お勉強はあまり好きじゃないけれど、確かに、皇女としてここで暮らすなら、覚えないといけないことがたくさんありそうだ。それに、狩りも採集もしなくていいのなら、時間はたっぷりある。
セラは、わたしの家はここだからここで暮らすのが普通だと言ったけれど、わたしも、これだけ良くしてもらっているのに何もしないような情けない皇女だと格好悪いと思う。
「わかったわ。わたし、頑張る!」
「ええ、一緒に頑張りましょうね。キアラ」
「うん!」
母と二人で意気込んでいると、父が感動したように褒めてくれた。
「なんて偉いんだ、自分からやってみようと思うなんて。キアラは本当にいい子だな、サーシャ!」
「ふふっ。ええ、そうでしょう? あなたと私の子ですもの」
「サーシャ……」
また、二人の間にほんわかした空気が流れ出した。仲が良さそうで何よりである。
わたしは気にせずにまたぱくぱくと食べ進めたが、セラはわたしの隣で、なぜか頬を赤くしてもそもそと食べていた。
「そうだ、キアラ。セラのことだが、君の側近候補にしてはどうだ?」
「……そっきん?」
わたしはセラと二人、首を傾げて顔を見合わせた。
側近って、ブーゴン男の取り巻きだったベンソンが、自分は領主の側近だとかなんとか、偉そうに言っていたアレだろうか。意味はよくわかっていなかったけれど、聞き覚えはある。
「ああ。側近とは、貴人のそばで直接仕えサポートをする者のことだよ。私には、頼りになる側近が六人ほどいるんだ。彼らのことは、またあとで紹介しよう」
父が穏やかな声でわたしに説明してくれる。
わたしは、なるほどと頷いた。
「側近の役目は適性により様々だが、セラは治癒力があるということだから、それだけでもそばに置く価値はある。聖女なら普通は教会が手放さないからね。共に勉強し、切磋琢磨してくれる相手はキアラ自身の成長を促すし、将来的には得意な分野でサポートしてくれればキアラも助かるだろう。正式な任命は適性をもっとしっかり見極めてからになるだろうが、側近候補になれば共に過ごせることも増えるはずだ。どうかな?」
「……! は、はい。わたし、やりたいです!」
父がわたしたちへ問うように視線を向ければ、セラがそう言ってキラキラと目を輝かせた。わたしの側近候補になれることが嬉しいらしい。
「セラ、いいの? 無理してない?」
セラはいつも頑張りすぎるので心配だ。
でも、セラはやる気に満ちた目をわたしに向けた。
「無理なんかしてません! わたし、キアラさ……様の側近候補になれるなら、すごく嬉しいですっ!」
「そ、そっか」
……セラがこんなに喜んでるなら、まぁいいか。
「キアラ様。わたしも一生懸命お勉強しますから、側近候補として、これからよろしくお願いします!」
「うん、こちらこそよろしくね。わたしも、セラに恥ずかしくない皇女になれるよう頑張る!」
わたしはここへ来てまだ一日しか経っていないのに、すでにたくさんの知らないことに出会っている。きっと、もっともっと知らないことがあるのだろう。
……せっかくセラが側近候補になってくれたんだから、わたしもセラにとって、自慢できるような皇女にならなくちゃ!
そうしてわたしたちは顔を見合わせ、ふふっと笑い合った。その様子を、両親は微笑ましそうに見つめていた。
◇
セラと一緒の勉強会は、さっそく次の日から始まった。
朝食を食べたら、まずは文字の授業だ。
わたしは母から教わっていたのでもう読めるし書けるのだが、セラは全くわからないらしく、はじめから丁寧に教えてもらうことになった。ちなみにその間、わたしは字を綺麗に書く練習をした。
ちゃんと書けると思っていたけれど、先生の字に比べたら、わたしの字は線がところどころ震えているし、大きさもバラバラで読みにくい。わたしはちょっとショックを受けた。
……先生みたいに綺麗に書けるように、ちゃんと練習しなくちゃ!
三日前にあのボロ小屋で別れたきり、トーアには、皇女になったことを知らせる手紙をまだ送れていない。
せっかくだから、綺麗な字でお手紙を送って、トーアを驚かせてやるのだ。
そんな野望を密かに燃やしつつ、わたしは字の練習に励んだ。
その後、休憩をはさみながら数字や歴史の勉強も始まった。これは、正直、ちょっと苦手かもしれないと思ってしまった。
しかも、色々と新しいことを急に詰め込んだせいで、頭がボーッとしてきた。
……こんなに勉強したの、生まれて初めてだわ。
一人でだったらもっと辛かったと思うけれど、セラも一緒だったので、なんとか頑張れている。そのセラも、やっぱりとても大変そうで、目を回していた。
でも、セラはやる気に満ちていてとても頑張っていたので、わたしも頑張らないと、と思えたのだった。
そして、やっとお昼ごはんだ! と喜んだのもつかの間、なんと昼食の時間は食事のマナーの練習も兼ねるらしい。食べ方に気をつけて食べたごはんは、やっぱり味がよくわからなかった。
慣れるまでの辛抱ですよと先生に言われて、わたしはセラと一緒に苦笑いしたのだった。




