不思議で可愛くて天才です
クロのことは、母もすぐに気に入ってくれた。
「まぁまぁまぁ! なんて可愛らしいのかしら!」
「ねっ、そうよね!? それに、わたしが抱っこしても逃げないのよ。ほら!」
「まぁ。すごいわ、クロ!」
クロはされるがままに、わたしと母の腕の中を行ったり来たりした。ちょっとだけ呆れたような顔をされたような気もするけど、可愛いからなんでもいいのだ。
空から降ってきたことや、わたしを怖がらないというだけでも特別ですごいのに、クロはとても賢かった。
取っ手が取れて使えなくなっていたカゴに布を敷いて「ここがクロの寝床よ」と教えると、すぐに理解してそこで寝てくれたし、もっと驚いたのは、クロのトイレ用の砂場を用意した時だった。
砂場を見せて「ここがクロのトイレよ」と言うと、クロはなんとも言えない表情で後ずさりをして、なんとわたしたちが使うトイレに入っていった。そしてなんと、少ししたら水の流れる音が聞こえてきたのである。
わたしはポカンとして、母と顔を見合わせた。母も、わたしと同じような顔をしていた。
……うちのクロは、きっと天才なんだわ!
人用のトイレを使える魔獣なんて、聞いたことがないと母も驚いていた。つまり、クロは他のどんな魔獣よりも、賢くて可愛くて天才だということなのだろう。
それに、クロはやっぱり、わたしの言葉がわかるのではないかと思うのだ。
自分の名前とか、「おいで」みたいに簡単な言葉がわかるペットはいるかもしれないが、そういうことではない。
わたしと母が話しているのを大人しくじっと聞いているクロを見ていると、なんだか、内容を理解しているとしか思えないのだ。
だって、わたしがどうやってクレーターベアを倒したのかを母に話して聞かせていると、クロは母と同じようにびっくりした顔で、わたしを見ていたのだから。
その様子が不思議で、わたしがじっと見つめると、クロはパッとどこかへ行ってしまった。そんな反応も、なんだかちょっと怪しい。言葉がわかるとバレないように振る舞っているのではないかと思えてしまうのだ。
普通のプーニャなら「プー」とか「ニャー」と鳴くものなのに、全く鳴かないところも、クロはちょっと変わっている。
でも、クロが普通のプーニャとは少し違っていたって、別にどうでもいいのだ。
可愛いクロがうちに来てから、母が少し元気になった。明るくなったし、体の調子も良くなっていると思う。
それだけでもクロが来てくれて良かったと思っているくらいなのに、クロの素敵なところは、それだけではなかった。
わたしはそれを、今後ものすごく実感することになるのである。
◇
「クロ、今日もついてくるの? お母さんと一緒に、家でゆっくりしててって言ってるのに」
クロがうちに来てから今日で三日目だが、わたしが森へ行こうとすると、クロはいつもついてこようとする。はじめは、わたしが狩りや採集へ行っている間、一人になってしまう母と一緒にいてもらおうと思っていたのに、これは想定外である。
わたしを心配してくれているのか、外へ出たいだけなのかはわからないけれど、何度家にいてと言ってもついてこようとするのだ。
森にはいろんな生き物がいるから、危険もつきものなのに。
「いいじゃない。私なら大丈夫よ、むしろ森へ行くキアラの方が危険なんだもの。クロと一緒にいる方が無茶しないだろうから、お母さんは安心だわ」
……わたしなら平気なのに、お母さんったら。
「もう、仕方ないなぁ。じゃあ、一緒に行こっか!」
そう言って、わたしはクロを抱き上げた。クロは大人しく抱かれるままだ。
母へ行ってきますと言って手を振ると、わたしは森へ向かって歩き出した。
……わたしと離れたくないのかな? もう、可愛いんだから!
うりうりとクロを撫で回しつつ、森の奥へと歩いていく。
クロがいると、危ないので狩りはできない。
でも、今はクレーターベアのお肉がまだ残っているし、しばらくは採集だけでも大丈夫だろう。
「クロ、わたしから離れちゃダメだからね」
そう言い聞かせながら、ずんずんと歩を進める。
「あ……!」
森へ入ってしばらくすると、三匹のガルフェに出くわした。
ガルフェは、肉が硬くてまずいので食用には向かないのに、獰猛で食欲旺盛なので、見つかればすぐに襲ってくるという、面倒なやつらなのだ。
「グルルル……」
「ガルル……」
わたしがガルフェたちを見つけたのと同時に、向こうもわたしを見つけたらしい。
……まずいわ。わたし一人ならすぐにやっつけられるけど、クロをかばいながら戦えるかしら?
一匹ならまだしも、三匹もいるとどうしても隙ができてしまう。一匹を相手にしている間にクロを狙われると、かばいきれないかもしれない。
逃げようにも、あいつらは足も速いのだ。
わたしも足には結構自信があるけれど、逃げきれるかどうかは難しいところである。
「ガウ!!」
迷っているうちに、一匹がわたしに飛びかかってきた。どうやら戦闘は避けられないようだ。
「クロ、できるだけ遠くへ……って、クロおぉぉ!?」
わたしがガルフェへ意識を持っていかれているうちに、いつの間にかクロが飛び出してしまっていた。クロはまっすぐにガルフェに向かって走っていく。
あんなに小さなクロなら、きっとガルフェに踏んづけられただけでも死んでしまうのではないだろうか。
「クロ、だめ! 戻って!」
わたしは焦ってクロにそう言うけれど、こんな時に限って、クロは言うことをきいてくれない。
「……へ?」
あわや潰されるかと思ったクロが、素早い動きで攻撃を的確に避け、ガルフェたちを翻弄している。
「ク、クロ……?」
呆然とその様子を見ていると、クロとパチッと目が合った気がした。
……もしかして、わざと囮になってくれてるの?
ガルフェたちはみんな、クロを倒そうと躍起になっている。わたしからは、完全に注意が逸れてしまっているのだ。
わたしは意を決し、拳をグッと握った。
そして、一匹のガルフェに狙いを定める。
「よっせぇーいっ!」
ガラ空きだった胴体をぶん殴ると、ゴシャッという音がして、ガルフェが飛んでいった。ダンッと激しい音をたてて木に叩きつけられたガルフェは、ダラリとそのまま崩れ落ちて動かなくなった。
「よし、まずは一匹!」
「ガルルルル!!」
仲間を倒されたことで、他の二匹が歯茎をむき出しにして怒っている。でも、クロを気にしなくていいならば、やつらはわたしの敵ではない。
「よーし、かかってきなさい!」
二匹同時に飛びかかろうとしてきたガルフェだが、クロがまたしても飛び出してきた。今度は注意を逸らすためか、一匹の前を横切るようにして。
……うわぁ、クロ、やっるぅ!
「よっせーい!!」
ドカッ!
ボカッ!!
クロが一瞬注意を逸らしてくれたおかげで、一匹ずつ対処しやすくなった。一匹を倒している間にもう一匹から噛みつかれるようなこともなく、完全なる勝利である。
「わぁ、すっごく簡単に倒せちゃったわ」
動かなくなった三匹のガルフェを、改めて見つめる。
そして、クロに視線を移した。
しゃがみ込んで、目を合わせる。
「……クロ、もしかしなくても、倒すのを手伝ってくれたのよね?」
じっとわたしを見つめ返してくるクロは何も喋らないけれど、ただゆらゆらと揺れるしっぽは、それを肯定しているような気がした。
「クロって、やっぱり天才だわ!」
わたしはクロを抱き上げると、ギュッと抱きしめて頬ずりをした。クロが前足でペシペシとわたしの手を叩いて抗議してきたけれど、わたしはしばらく気づかないフリをして、クロの柔らかな毛並みを撫でてあげたのだった。




