お父さん
部屋を出たあと、わたしはロドルバンさんに城の中を軽く案内してもらっていた。
「それで、あちらにあるのが……」
そんな中、急に彼がピタリと動きを止めた。
「……陛下? お、お、おおお……!」
そして、ぶるぶると震え始めたと思うと、やがて大粒の涙を流し出したのである。
「ど、どうしたの? ロドルバンさん」
「へ、陛下が! お目覚めになられましたッ!! よもや、これほど早くお目覚めになるとは! すぐに陛下の元へ参りましょう、皇女殿下!!」
「ええっ!? 本当!?」
彼がどうやってそのことを知ったのかわからないが、どうやら皇帝が目覚めたらしい。
きっと母の気持ちが届いたのだろう。そう思うと、わたしも嬉しくなった。
……良かったね、お母さん!
「今すぐに行くの?」
「もちろんです! 陛下に皇女殿下のお顔を見せて差し上げなければ! さぁ、行きましょうッ!!」
ロドルバンさんが熱い。皇帝が目覚めたと知って興奮しているからか、最初よりも話し方がなんだか荒っぽくなっている。たぶん、初対面のわたしに気を遣っていただけで、元々こういう人なのだろう。
「さぁ、急ぎましょう! よろしければ、私が抱いてお運びしますぞ!」
早く皇帝に会いたいのか、ロドルバンさんがわたしを抱っこしようとするので、わたしは首を横に振った。わたしはもう、抱いて運ばれるような赤ちゃんではない。
「大丈夫よ。わたしだって、速く走れるわ!」
「……ほう?」
わたしが胸を張ると、ロドルバンさんは嬉しそうにニヤリと笑った。
「では、競走といきましょうか。どちらが早く、元来た陛下の部屋へ戻れるか」
「いいわよ。負けないんだから!」
《おい、キアラ。そんなことするなら、オレは降りるぞ》
クロがそう言って、わたしの肩から降りた。クロは軽いしそれほど邪魔にはならないけれど、確かに思い切り走るなら、その方がいいかもしれない。もし振り落としちゃったら、危ないし。
ひと気がないこの場所なら、思い切り走っても大丈夫だろう。
「では、いきましょう。用意……スタート!」
そうして、わたしとロドルバンさんは勢いよく床を蹴り、一気に廊下を駆け抜けたのだった。
◇
「あーん、悔しい~!!」
「ハッハッハ! 惜しかったですな、皇女殿下」
駆けっこで負けるなんて、正直、初めての経験だ。
わたしは、ロドルバンさんを軽く睨んだ。
惜しかったと言うけれど、彼は常にわたしの数歩先を行きながら、わたしが走る様子を楽しそうに見ていたのだ。そして、そのままゴールしてしまった。余裕しゃくしゃく、というやつだ。完敗である。
ちなみに、クロは自分で走って、すぐに追いついてきていた。
「むー! ロドルバンさんの体が大きいからだもん! わたしがロドルバンさんくらい大きくなったら、絶対に負けないんだから!」
「ハッハッハッ! 私と同じくらい大きくなるおつもりで? なんと逞しく、頼もしいことでしょう!」
「……嫌な想像をするのは止めてくれるか、ロドルバン」
扉の前で騒いでいたからか、扉が開いて、中から人が出てきた。
「へ……っ、陛下……! よくぞ、よくぞお目覚めに……!」
「あぁ、もう大丈夫だ。世話をかけたな」
「くぅ……ッ! 本当に、本当に良かった……!」
ロドルバンさんが、膝から崩れ落ちて感涙している。
わたしはそんな彼の姿よりも、一緒に出てきた母よりも、初めて見た、動いて話す皇帝から目が離せなかった。
……この人が、わたしのお父さんなのね。
ひと目見て、すぐにそう感じた。
死んだように眠っている姿はまるで人形のようでよくわからなかったけれど、わたしと同じ赤い髪と、まっすぐ前を見つめる金色の目を見れば、彼がわたしの父親なのだと、不思議なほどよくわかる。
「……君が、キアラだね?」
その金色の目が、わたしに向けて優しく細められた。その眼差しに、なぜだか胸がムズムズしてしてくる。
「うん、そうよ。えっと……」
何と呼べばいいのか、言葉を探して、皇帝の隣にいる母を見た。
すごく泣いたような赤い目をした母が、今は嬉しそうににっこりと笑って、わたしに向けて頷いた。きっと、わたしの思う呼び方でいいと言っているのだろう。
「……お父さん?」
「ぐぅっ!?」
首を傾げながらそう呼ぶと、なぜか皇帝が胸を押さえて膝をついた。
「まぁ」
「陛下!?」
「だ、大丈夫? お父さん」
「ぐふっ!? ……なんだこの可愛さはっ……! し、信じられないほど可愛い……!」
皇帝は何やら独り言のように呟くと、顔を上げてわたしを見た。
「……あぁ、私が君のお父さんだ。今までずっと、会いに行ってやれなくて済まなかった。私は君のお母さんと結婚して、ここで一緒に暮らしたいと思っている。もちろん、君も一緒にだ。……許してもらえるか?」
母の幸せそうな顔を見れば、答えはわかるような気もするけれど、いいよと言う前に、どうしてもひとつだけ訊いておきたいことがある。
「お父さんも、お母さんのことが好きなのよね? 今度からは誤解させずに、ちゃんとお母さんを大切にしてくれる?」
「キ、キアラ……!」
わたしがそう尋ねると、皇帝は眩しそうな表情でわたしを見た。
「あぁ。世界一大切にすると約束する」
「じゃあ、いいわよ! 良かったね、お母さん!」
「キアラ……っ」
母に、泣きながらギュッと抱きしめられた。
「もう、泣きすぎよ。お母さんはすぐに頭が痛くなるんだから、もう泣いちゃダメ!」
「ええ、そうね……」
そう言っても、母はなかなか泣き止んでくれず、困ったわたしが皇帝に視線を向けて助けを求めるまで、母はずっとわたしを抱きしめ続けたのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
キアラはやっとお父さんに出会えました。
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