ずっと一緒に サーシャ視点
「……従兄妹?」
「そうだよ。婚約者なんかじゃない。ルイーダは、私の従兄妹だ」
ディオが語ったのは、信じられない内容だった。
名前も知らなかった金髪の女性は、ルイーダという名前のディオの従兄妹で、婚約者などではなかったらしい。
「でも、皇太后陛下や彼女本人も、婚約者だと言っていたのよ?」
「母上とルイーダが共謀して嘘をついていたんだろう。昔から母上が私を彼女と結婚させたがっていることは知っていたが、キッパリと断っていたし、その後何も言わなくなったから諦めたと思っていた。私の落ち度だ」
ディオが辛そうに顔を歪めた。
「でも……あの時、あなたも確かに、結婚すると言ったわよね?」
私に何も言わずに結婚を決めて、ごめんとまで言っていた。忘れられるはずがない。
しかし、ディオは軽く首を横に振ると、気まずそうに視線を伏せてこう言った。
「違うんだ。私はルイーダと結婚するつもりなんて、全くなかった。私が結婚しようとしていたのは……君だったんだよ。サーシャ」
「……え?」
私が目を見開いて驚くと、彼は弱々しく苦笑した。
「情けないよね。私の立場をどう明かすか、君は皇帝の私を受け入れてくれるのかどうかと不安で、なかなかプロポーズできずにいたら、母上が勝手に結婚の日取りを決めたと言い始めたんだ。まだ君に了承も得ていないのにと、私は焦った。街中で皇帝の結婚が噂になっていると聞いて、余計に言い出し辛くなってしまった。しかも、君との結婚を認めてやったのだから、仕事をきっちりこなせと母上に言われて、しばらく忙殺の日々を送らされていたんだ。……母上は、私を応援してくれているものだとばかり思っていたのに……」
彼は辛そうな声でそう言っていたが、私はそれをどこか遠くで聞いているような感覚だった。
……ディオが、私と結婚するつもりだった? あの人ではなく、私と?
彼との会話を、よく思い出してみる。
私は彼に、結婚の準備を進めているのは本当かと尋ねて、彼は謝罪とともに肯定した。君に何も言っていないのにごめん、と。
「……あの時謝っていたのは、私に了承も得ず、私との結婚を進めていたからだったの……?」
「そうだよ。結局自分から皇帝だと明かさず、きちんとプロポーズもしていないのに、君に受け入れてもらえたと勘違いして……本当に情けなくて馬鹿だった。……本当は、最後に会ったあの日、花束を渡して、ちゃんとプロポーズするつもりだったんだ」
「そんな……私、すっかり勘違いして……!」
あの日、ディオは花束を持ってきて、言いたいことがあると言った。気まずそうな彼の様子から、あの人との結婚の話だと思って、話を逸らしたのは私だ。
……まさか、私にプロポーズをするための花束だったなんて。
そしてその後、私から結婚の話かと切り出して、彼はそうだと答えた。
しかも私は、彼の、この結婚をどう思うかという問いに対して、いいと思うと答えてしまったのだ。
彼がそう決めたのなら応援しなければと思って、必死でそう言ったというのに、彼の考える結婚相手が彼女ではなく、私だったなんて。
「君は悪くない。きちんと言わなかった私も悪かったが、一番の原因は母上とルイーダだ。……母上は元々、少なからず私の行動を縛る傾向があったが、私の実母であるし、複雑な身の上もあって大目に見ていたんだ。しかし、私のつがいであるサーシャに手を出したのだ。母上やルイーダには、今後しっかりと報いを受けてもらおう」
少し低くなった声から、彼が本気で言っているのだと伝わってくる。
私はそれを、止めようとは思えなかった。このすれ違いが彼女たちに起因することは間違いないし、そのために受けたこの十年の苦痛を考えれば、簡単に許すこともできそうになかった。
「サーシャ。十年前に言えなかった言葉を言わせてほしい」
ディオの真剣な眼差しが私を射抜く。
彼が言おうとしている言葉への期待に、否応なしに胸が高鳴った。
「サーシャ。……私と、結婚してくれないか?」
「ディオ……」
嬉しい。
愛する人からの、十年越しのプロポーズが嬉しくないはずかない。
でも、彼は皇帝だ。
わたしのような、人間族の平民が彼の伴侶であっていいはずがない。それは、十年前も今も変わらないのだ。
「もちろん、私もそうしたい。でも、ディオ……私たちが結婚するには、いくつも問題があるわ」
私はそう言って眉を下げたけれど、彼は少し首を傾げただけだった。
「何が問題なんだ?」
彼の問いかけに、私は驚いて目を瞬く。
本気で言っているのだろうか。
「私とあなたでは、身分が違いすぎるわ!」
「君は私のつがいなんだ。身分の差なんて関係ない。つがいと結ばれるなと言うような竜人族なんて、いるわけがないんだからね」
「……そう、なの?」
「確かに、母上のような血統主義の、凝り固まった思想を持つ者がいないわけではない。だが、表立って反対する者はいないはずだよ」
つがいとは、竜人族にとってそれほど重要視されるもののようだ。
「……それでも、私には、皇后になれるような教養もないのよ?」
「これから学べばいい。勉強するのが嫌なら、それでもいい。私が皇帝を辞めたっていいんだ。だから、私の伴侶になると言ってくれ、サーシャ」
「や、辞めるなんて、駄目よディオ……!」
十年もディオを支え続けたのは、きっとロドルバン様だけではないだろう。皇帝の帰りを待っていた人がたくさんいるから、あんな状態の彼がまだ皇帝でいられているのだ。
それなのに、目覚めてすぐ、私のために皇帝を辞めてなんて言えるはずがない。ディオも、決して皇帝を辞めたい訳ではないはずだ。
「……今から学ぶのでも良いなら、もちろん頑張りたいわ。私でも良いと言ってくれるなら、あなたと結婚したい。でも、私たち、寿命もかなり違うわよね? あなたは、それでもいいの……?」
十年経っても変わらない彼と、成長して見た目が変わった自分の姿を見て、わかっていたはずのことをより強く認識した。
今は一緒にいられても、わたしはすぐに年を取って、また彼を置いて行くことになるだろう。
私はギュッと胸元で握りしめた手に力を込めて、目を伏せた。種族が違うということは、共に生きていく上で簡単な問題では決してない。
「心配いらない。竜人族には、こういう時のための、特別な方法があるんだ」
けれど、ディオはそう言って、ニッと口元に笑みを浮かべた。
「特別な方法?」
「ああ。竜人族には、生命力を共有するという、一生に一度だけ、一人に対してしか使えない特別な魔法がある。それを使えば、つがいと寿命で分かたれることはなくなるんだよ」
「い、一生に一度って……ディオ。それを、私に使ってもいいの……?」
震える声でそう言う訊くと、ディオはフッと笑った。
「君に使わなくて誰に使うの」
当然のように彼がそう答えたので、私の目からはまた勝手に涙がこぼれた。
「じゃあ……私はこれからも、あなたのそばにいていいの?」
「もちろん。君も望んでくれるなら、もう決して離さない」
「ディオ……!」
私はディオに力いっぱい抱きついた。彼も、しっかりと私を抱きしめてくれる。
「私、勉強を頑張るわ。あなたの隣にいられるよう、うんと努力する。だから、私とずっと一緒にいて」
「もちろんだ。……サーシャ。プロポーズの返事を、ちゃんと聞かせてくれないか?」
顔を上げれば、愛しい人の微笑む姿がある。それだけで、胸が痛くなるほど嬉しい。それなのに、これからもずっと一緒にいられるなんて。こんな幸せが、また私に訪れるなんて。
「……私を、あなたの奥さんにしてください。愛しているわ、ディオ」
「サーシャ!」
笑顔でそう返せば、ディオにすぐさま頭を引き寄せられ、私たちは再び唇を重ね合わせた。
幸せで、胸がいっぱいになる。こんなに満たされた気持ちになるのは久しぶりだった。
私はその時のことを思い出して、ふと気づいた。
まだ、彼に言っていない、大切なことがある。
「あの、ディオ。私、あなたに言わないといけないことがあるの」
「ん? 何?」
彼から頬にキスを受けながら、私はとても大切なことを切り出した。
「あのね、私たちには、娘がいるの。あなたと私に似た、キアラという、とっても可愛い素敵な子よ」
「…………え?」
どうやら彼は、キアラがいた時はまだ意識がなかったらしい。目を見開いてしばらく動かなくなったディオが可愛くて、私はクスッと笑ってしまった。
「あの子にも、早く父親の元気になった姿を見せてあげましょう」
やっと誤解が解けました。皇帝復活です。
今回でサーシャ視点は終了です。
次回からキアラ視点に戻ります!




