再会へ サーシャ視点
キアラの父親がディオルグ皇帝陛下であると告白してから、ルーシャス様の行動は迅速だった。
彼は私やキアラへの態度をすぐさま丁寧なものに改め、少しでも早く帝都へ向かおうと動き始めた。
私をつがい様と呼ぶ彼のそんな行動を見ていると、私がディオから逃げ続けてきたことは間違いだったのかもしれないという思いが強くなる。
……まさか、ディオがまだ結婚していなかったなんて。あの時、あなたは私よりも国のための結婚を選んだのではなかったの? 結婚もせず、十年も体調不良で姿を見せていないなんて、あなたは今どうしているの……?
ルーシャス様が言った、つがいを失った竜人族の行く末を思い出す。
徐々に生命力を失い、死に至ることさえあるのだと言っていた。
……まさか、本当に私が、ディオのつがいなのかしら? 私がいなくなったことで、ディオに何か起こったのだとしたら?
ディオはいつも優しかった。愛していると言ってくれていた。
それでも私は逃げた。
皇帝として、他の人を妻に迎えるディオのそばには、もういられないと思ったから。
それなのに、あの時彼は確かに結婚すると言っていたはずなのに、ディオはどうしてまだ結婚していないのだろう。
考えを整理できないまま、それでも彼に会わなくてはと、強く思う。
あの時、私は勇気がなくて、彼としっかり話し合うことができなかった。
私を愛しているなら、別の人と結婚なんてしないで。
この先もずっと、私だけを愛してほしい。
そう言えば良かったのに、拒否されるのが怖くて言えなかった。
そう言ってもらえるような自信もなかった。
私は、何も持たない人間族の平民だから。
『そんなことは全く気にしない。私は、あなた自身が好きなのだ』
ディオは最初、私にそう言ってくれたのに、私はその言葉を信じ切れなかった。
……今度こそ、きちんと彼と向き合いたい。
私は懐かしくも苦い記憶の残る皇城へと向かう馬車の中で、ギュッと目を閉じた。膝の上で握っている拳が震えているのは、緊張だろうか。恐怖だろうか。
「お母さん、大丈夫?」
私を心配する、可愛らしい声に目を開ければ、愛する娘が、あの人と同じ金色の目で私の顔を覗き込んでいた。
……キアラ。
彼を失った私の、唯一の生きる意味であり、大切な宝物。たった一人の、愛する娘。
この子の存在が知られれば、きっと皇族に奪われてしまう。そう思い、必死に隠してきた。この子まで奪われてしまったら、私はもう生きてはいけないと思ったから。
でも、ディオに会うため、竜人族にキアラの出生を明かしてしまった。
もう後戻りはできない。
もし今後ディオが私を拒否したとしても、キアラだけは皇女として帝都に残されることになるだろう。
「……大丈夫よ、キアラ。きっと、大丈夫」
私は自分に言い聞かせるように、そう言って娘を抱きしめた。
◇
「お待ちしておりました。つがい様、皇女殿下」
皇城に到着し馬車から降りると、体格のいい竜人族の男性が恭しい態度で出迎えてくれた。
「私は皇帝陛下の側近であり騎士団長を務める、ロドルバン・グロウ・ブレイズと申します。以後、お見知り置きを」
「……あの、私はただの平民ですから、そんなふうにして頂かなくて結構です。この子の……キアラの母親ではありますが、本当に彼のつがいなのかどうかもわかりませんし……」
ディオに会いに来たはいいものの、やっぱり私がそんな大層な存在だなんて思えなくて、尻込みしてしまう。しかし彼は、そんな私の言葉を気にした風もなく、私の横に立つキアラを期待したような眼差しでじっと見つめた。
「あなたが皇女殿下ですね。その、失礼でなければ、フードを取ってお姿を拝見させて頂いても……?」
「ええ、もちろんです。……キアラ」
「うん」
キアラが自らフードを脱ぎ、ディオと同じ色をした髪と目の色があらわになると、ロドルバン様は目を見開いた。そして涙を堪えるようにグッと目頭を押さえると、優しい眼差しで私を見つめた。
「サーシャ様。やはりあなたは間違いなく、我々が……いえ、陛下が探し求めていたつがい様でございます。お一人で皇女殿下を抱え、さぞ大変だったことでしょう。戻ってきてくださったこと、臣下としてお礼申し上げます!」
彼は大きめな声でそう叫ぶと、サッと目元を拭って表情を引き締めた。
「その上で、お願い致します。陛下にお会いになり、どうか陛下を救って頂きたい!」
「……! す、救うって、彼は今どうされているのですか!?」
「……ご覧になっていただくのが一番かと。陛下の元へご案内致します。こちらへ」
私は彼の背を追って、キアラと共に皇城の奥へと足を進めようとした。けれど、震える足はなかなか言うことを聞いてくれない。彼は無事なのだろうか。会ってくれと言うのだから生きてはいるはずだが、どれほど容態が良くないのだろう。
それに、会話できたとして、今の彼の気持ちが全くわからないのも怖い。
だって、あれから十年も経っているのだ。
……今さら何をしに来たんだと、キアラを置いて帰れと言われたら、どうしたらいいの?
良くない考えが頭の中をぐるぐると回り、体が少しも動かない。
しかし、そうして青ざめる私の左手に、ふと、温かくて小さな手が触れた。
「お母さん、大丈夫よ。わたしがついてるわ。あと、クロもね!」
私の手を握って、キアラが私に力強い笑顔を向けていた。肩に乗せているクロを撫でながら、「ね、クロ」と明るい声を出している。
そんな我が子の姿に、勇気が湧いてくるのを感じた。
……あぁ。私、どれだけこの子に救われてきたのかしら。
娘の手をしっかり握り返すと、私はやっと、前へ足を踏み出した。今度こそしっかりと、ディオと向き合う決意を持って。




