竜人族のつがい
それから少し落ち着いてきた母は、ルーシャスさんが戻って来る前に身支度を済ませた。すると少ししてから、同じく先ほどよりも落ち着いた様子のルーシャスさんが、母の朝食を持ってきてくれた。
「先ほどは、一方的に意見を押し付けてしまってすまなかった。あなたにも事情があるのだろうに」
「いいえ。私こそ、声を荒らげてしまって……」
母たちがお互いに頭を下げたので、わたしはとりあえず母に朝食をすすめた。
「お母さん、ルーシャスさんが持ってきてくれたごはん、美味しかったよ! 食べて食べて!」
たくさんの具材が挟まれたサンドイッチを、はいっ、と差し出す。母が起きるまで時間があったので、食べやすいようにあらかじめキッチンで作ってくれたらしい。材料はわたしたちが食べたものとそれほど変わらないので、これもきっと美味しいはずだ。
「キアラ……。ええ、いただくわ。ありがとうございます、その……軍人様」
「あぁ、申し遅れたな。僕はルーシャス・ウィズ・アスランだ。楽に呼んでくれていいんだが、あなたは竜人族の誰かのつがいかもしれないから、できれば家名で呼んでくれ」
「……つがい?」
わたしがルーシャスさんを見上げてそう訊くと、彼はわたしの頭を撫でながら教えてくれた。
「竜人族は、生涯でただ一人、自分のつがい、つまり伴侶を定めることがあるんだ。その人をつがいだと決めたら、何があっても一生その人を愛し抜く。つがいを定められずに一生を終える竜人族もいるが、まぁ、少数派だな。僕たちはそこそこ寿命が長いから、時間はかかっても、多くの竜人族はつがいを見つけていると思う」
……へぇ。それって、結婚みたいなものなのかな? ほとんどの人は大人になったら結婚するけど、たまに結婚しない人もいるものね。わたしのお母さんもそうだし。
「ルーシャスさんにも、つがいがいるの?」
「あぁ、いるよ。すごく可愛いのに気が強い、愛する奥さんがね」
ルーシャスさんがにやりと笑った。その人のことを考えているのか、どこかデレっとした顔をしている。彼のそんな顔は初めて見たので、ちょっとびっくりした。よっぽどその奥さんのことが好きみたいだ。
「だから、何か誤解があって同胞がつがいや娘と離れ離れになっているなら、僕はとても見過ごせないんだ。つがいと別れるなんて、身を切られるよりも辛いことだからね」
その言葉に、母が口に運んでいたサンドイッチを置いて、そっと目を伏せた。
「……ご心配なさらずとも、私は彼のつがいではないと思います。すでに別の方と結婚しているはずですし、その方との子供だっているかもしれません。もう私のことなど忘れているのではないでしょうか」
「え……!?」
ルーシャスさんが驚きの声をあげているが、わたしも驚いた。わたしの父はどうやら、母ではない別の人と結婚しているらしい。
「いや、しかし……」
ルーシャスさんは何かを言いかけたが、なぜかわたしに視線を向けると、言葉を止めた。
「……そんな無責任な者が、同胞にいるとは考え難い。キアラが存在している以上、僕はやっぱり、あなたはその人のつがいではないかと思う。詳しい話を聞かせてもらえないだろうか?」
「それはできません。私にも、言えない理由があるのです。どうかご容赦願います」
「……」
ルーシャスさんが困ったようにわたしを見るが、わたしは母の味方である。説得を期待されても困ってしまう。
わたしがふるふると首を横に振ると、ルーシャスさんは仕方なさそうにため息を吐いた。
「……君たちは知らないのかもしれないが、つがいを失った竜人族は、徐々に生命力をなくしていき、やがて死んでしまうことさえあるんだ。つがいを失うということは、我々にとってそれほどの悲しみなんだよ。我が帝国の皇帝陛下が体調不良でここ十年姿を見せないのも、僕たち竜人族の間では、つがいを失ったせいなのではないかという噂でもちきりーー」
ゴトッ。
母が、ミルクの入ったカップを落とし、残っていた中身を机にこぼしていた。コロコロと、カップが机の上を転がっていく。
けれど母はそんなことなんて目に入らないほど驚いているようで、目を見開いてルーシャスさんを見ていた。
「……皇帝陛下が、どうかされたのですか? お元気にされているのでは?」
「あの村は、そんな情報も届かないのか? 帝都の民なら、人間族の平民たちでさえ誰もが知っている話だ。皇帝陛下がここ十年ほど、体調が優れず側近以外の誰にも姿を見せていないと。まぁでも、十年前にあった結婚の話は陛下から断ったという話だから、つがいを失ったというのはあくまで噂に過ぎないのだが」
「こ、断った……? じゃあ、皇帝陛下は今も独身でいらっしゃるということですか?」
「そうだが……それがどうかしたのか?」
母の顔が、みるみる青ざめていく。
「まさか、でも、そんなはず……」
母が両手で口元を覆い、うつむきながら何事か小さく呟いた。そして顔を上げたと思うと、ルーシャスさんに突然お願いし始めた。
「お、お願いします。私を、皇帝陛下の元へ連れていってください!」
「は? なぜあなたを皇帝陛下に……えっ、まさか……」
ルーシャスさんが、なぜか視線だけを動かしてわたしを見た。そしてしばらく固まったように、じっとわたしを見たまま動かなくなった。
「……赤い髪に、金色の目……ま、まさかと思ったが、本当に……?」
ルーシャスさんが母へ視線を戻すと、母は少し躊躇ったあと、何かを決意したように胸元でギュッと手を握り、コクリと頷いた。
「はい、そうです。キアラは、ディオ……ディオルグ皇帝陛下の子です……!」




