おやすみなさい
トーアが送らなくていいと言うので、その場で別れることになった。もう夕方というよりも夜になってしまっていたから心配だったけれど、ルーシャスさんに「その子にはその子の事情があるんだろう」と言われたので、仕方なくだ。
「トーア。わたしたちはもうここに帰ってこないかもしれないから、いつになるかわからないけど、また会おうね。わたし、トーアとお友達になれて良かったわ!」
「僕も、キアラと知り合えて、そう言ってもらえて嬉しかった。セラも、元気でね」
「はい。トーアさん、今日は、遅くまで一緒にいてくれてありがとうございました。おかげでわたし、キアラさんが帰ってくるまでちゃんと待つことができました」
「ううん、いいんだ。僕も心配だったから」
セラとトーアが顔を見合わせて笑う。今日のうちに、二人も仲良くなれたようだ。これでお別れになるのはさみしい。
「トーア、わたしたち、住むところが決まったら手紙を書くわ。だから、ちゃんとギルドを確認してね!」
「えっ、手紙……?」
お手紙は、商人ギルドの人に頼めば、何日かに一度、同じ村の人たちへのぶんをまとめて届けてくれる。わざわざ個人へ持っていってくれたりはしないので、自分で何か手紙や荷物が来ていないか、確認に行かなければならないのだ。
「僕に、手紙をくれるの?」
「そうよ。お母さんが教えてくれたから、ちゃんと字は書けるもの」
ふふん、と胸を張ると、トーアはおかしそうにクスッと笑った。
「わかったよ、ありがとう。今まで誰かの手紙を待つことなんてなかったから、ちょっと楽しみだ」
トーアはそう言って、嬉しそうにはにかんだのだった。
少ない荷物をまとめると、トーアに大きく手を振り、イオの背に乗って、わたしたちは空へ飛び立った。
「うひゃあああああ! すっごーいっ!」
わたしはイオの首にしがみつくようにして、空からの景色と、肌を撫でる夜風を楽しんでいた。たくさんのきらめく星がいつもより近くに感じられて、気分は最高だ。
「こ、怖いですうぅっ」
わたしの背にぴったりとくっつくように紐でくくりつけられているセラが、泣きそうな声を出した。セラは、空を飛ぶのがあまり好きではないらしい。
「セラ、わたしがいるから大丈夫よ! 怖かったら、ずっと目をつむっててね」
「うう、キアラさん……っ」
わたしと離れないようきつく紐を結んではいるが、それでも怖いらしく、セラはわたしの体にギュッとしがみついた。
わたしはちらりと後ろを振り返る。
母はルーシャスさんの腕の中で、まだ眠っているようだ。起きていたら、母もセラのように怖がっただろうか。
「ごめんね、聖女さん。魔道具で風圧を軽くしてはいるんだけど、多少は風も吹くし、やっぱり初めて乗ると怖いよねー?」
ルーシャスさんは器用に母を抱えつつ、慣れた様子で手綱を握っている。イオにつけられていた鞍は一人分だったのだが、彼が鞍に乗り母を支え、わたしが前方でイオの首輪を握りながらセラを背負うという乗り方だ。少し無茶な乗り方だけれど、イオはこれくらいなんともないらしい。ドラゴンってすごい。
ちなみにクロは、またわたしのポケットの中だ。なんだか移動の時の定位置になりつつある。
そうしてしばらくの間、わたしは空中飛行を楽しんだのだった。
◇
いつもならもう寝る時間になったころ、わたしたちはルーシャスさんが言っていたヴェラの街に到着した。
「うわぁー、建物がみんな大きい! 広ーい!」
「そう? 帝都に比べると、それほどでもないけどね」
イオに乗って移動したら、本当にほんの少しの時間で知らない遠くの街まで来られてしまった。生まれてはじめての大きい街に、興奮が止まらない。もう寝る時間だというのに、明かりがついていて人が歩いているのが、とても不思議だ。
「わあぁ、二階建ての家がいっぱい! それに、もう夜なのに明るいよ!?」
「ここは魔道具のランプがたくさん出回ってるからね。落ち着いたら街を案内しよう。今は早く宿屋へ行って、君のお母さんを休ませてあげないと」
「あっ、うん。ごめんなさい!」
イオは街へ入れないので、外で別れた。放っておいても自分でごはんを獲ったり、寝床を探したりできるので大丈夫らしい。
イオから降りたばかりの時は少しふらついていたセラも、なんとか自分で歩けるまでに回復した。クロはずっとポケットの中だったので少し不機嫌そうだが、大人しくついてきてくれている。二人とも街の風景にそれほど興味がないのか、わたしのようにはしゃいだりはしなかった。
そんなわたしたち一行は、ルーシャスさんの案内で彼のいきつけの宿屋へと向かい、軽い食事をもらってから、ようやく部屋で休むことになった。
ふわぁ、とわたしはベッドの上であくびをこぼした。ものすごく眠い。今日は大変な一日だったからなぁ、と今日の出来事を思い返す。
領主が家に来るからと、クロやセラと一緒に森へ行き、そこで会ったトーアから領主の機嫌が良くないことを聞いて、不安になって家に戻った。
そして母が攫われたことを知り、領主の屋敷に乗り込んで領主をぶん殴っていたらルーシャスさんが現れて、わたしは竜人族だと言われた。
そして家に戻ってセラに母の怪我を治療してもらったが、もっときちんと休めるところへ行った方がいいとルーシャスさんに言われて、トーアにお別れを言いイオに乗ってこの街へやってきた。
……そりゃあ疲れるよね。わたし、領主の屋敷ではけっこう思い切り暴れたしなぁ。
部屋割りは、ルーシャスさんが一人部屋で、あとの全員はわたしとセラの希望で同じ部屋だ。ルーシャスさんはベッドが三つある部屋を取ってくれたので、わたしと母、セラでひとつずつベッドを使える。なんて素敵。
母はすでにルーシャスさんがベッドへ寝かせてくれている。セラも、疲れていたようですでにベッドの上で横向きに丸くなり、目を閉じていた。
「あれ、クロ? なにしてるの?」
《……なにって、寝るんだけど?》
クロが部屋の隅で丸まろうとするので声をかけると、なんと床で寝ると言う。確かにいつものようなプーニャ用の寝床はここにはないが、そのまま床で寝るなんてとんでもない。
「こんなに大きいベッドなのに、どうしてそこで寝るの? こっちで一緒に寝ようよ」
《……は?》
何を驚いているのだろう。いつものベッドとは違って、こんなにスペースが余っているというのに、使わないなんてもったいない。
「ほら、おいで」
《ちょっ、おい!》
わたしは寝ぼけまなこのままクロを抱き上げ、そのままベッドへ横になった。
「おやすみ、クロ」
《…………おやすみ》
すぐ隣にいるクロへおやすみの挨拶をすると、いつもよりふかふかしたベッドは、わたしをあっという間に眠りの世界へと落としたのだった。




