村での冷遇
「あら、この匂い……キアラ、もしかしてまた何か動物や魔獣を狩ってきたの?」
母にそう言われて、わたしはハッと思い出した。
「あっ、そうなの。わたしね、今日はクレーターベアを獲ってきたのよ!」
「えっ? く、クレーターベアですって?」
母がぎょっと目をむいた。
わたしは今までにも、食べるためにたくさん狩りをしてきたが、クレーターベアのような大物は初めてだったからか、驚かせてしまったようだ。
母が信じられないというような顔をするので、わたしは一旦外へ出て、置いてきたままだった獲物を母に見せた。
「ほら!」
「きゃああ!? あ、あんなに大きな魔獣を!? キアラ、あなた怪我はしなかったの?」
母が青い顔でわたしの体を確かめるので、わたしは、むんっと力こぶを作ってみせた。
「なんともないよ! 一発では倒せなかったけど、二発目で倒したもん!」
「た、たった二回の攻撃で、クレーターベアを……?」
母が呆然としながら、わたしが作った力こぶに触れた。力こぶは、ぷにぷにと母に押し潰されている。
「……どうやったら、こんなに柔らかくて小さな腕で、クレーターベアを倒せるのかしら? キアラは本当に不思議な子ね。でも、とてもすごいわ」
よしよし、と褒められて、わたしは満足の笑みを浮かべた。
「でも、誰にも見られなかった? クレーターベアを倒したり運んだりできるなんて知られたら、あなたが獣人族の血を引いているって、すぐにわかってしまうわ」
「……あ」
しまった。クレーターベアとの格闘中、周りに注意しておくのをすっかり忘れていた。初めてのクレーターベア狩りだったから、集中しすぎていたのだ。誰にも見られないよう、気をつけないといけなかったのに。
「えっと、でも、結構森の奥の方だったから、たぶん誰もいなかったと思うわ!」
わたしがしどろもどろにそう言えば、母は困ったようにため息を吐いた。
「キアラ。あなたは見た目こそ普通の人間族と変わらないけれど、獣人族の力を使う時は気をつけてと、いつも言っているでしょう。都会ではそうでもないけれど、獣人族は差別を受けるのが当然という風習が、この辺りはまだ根強いのよ。人さらいに捕まりたくないでしょう?」
「捕まる前にやっつけるから大丈夫! ……あ、でも、気をつけます。ごめんなさい」
ギロリと母に睨まれて、わたしは反射的に謝った。母は怒ると怖いのだ。
会ったことのないわたしの父は、どうやら獣人族らしい。
獣人族への差別は昔からあって、今は禁止されているのに、なかなかなくならないそうだ。こんな田舎では特に、わたしが半分獣人族だとバレたら大変だと、母はいつも口を酸っぱくして言っている。
だから、わたしは全力で走ったり跳んだり、殴ったりするのを人に見られてはいけないのである。
……さっきはちょっと忘れちゃってたけどね。失敗、失敗! 気をつけなくちゃ。
「あっ、そうだ。忘れてたといえば、ちゃんと血抜きもできたのよ! 危なく忘れかけてたんだけど!」
大物を仕留めた喜びで浮かれてしまい、しばらく引きずってから思い出したのだが、家の周囲が血生臭くなるのは嫌なので、森の中で気づけて良かった。獲物を仕留めるのはいつも素手だけど、血抜きのためのロープとナイフは、いつもきちんと持っている。
「そう。偉いわね、キアラ」
母に頭を撫でられて、えへへと笑う。
母は料理上手だ。
女中だったとはいっても、料理の下ごしらえはいつも手伝っていたようで、わたしが狩ってきた動物はいつも母が解体してくれている。
「でも、さすがにクレーターベアの解体なんてしたことがないわ。あんなに大きくては、私には難しいかもしれないわね」
母が困ったように腕を組んだ。しかし、わたしはニコッと笑ってみせる。
「大丈夫! 斧があるし、たぶんなんとかなるよ!」
斧は、この小屋に元々あったものだ。
本来は、薪を割るのに使うものである。
わたしは斧をしっかり持つと、大きく振りかぶった。
「……キ、キアラ!? 何を……」
「よっせーいっ!」
クレーターベアに向かって勢い良く斧を振り下ろすと、ドォン、というものすごい音がして、土煙が大きく舞った。
「……」
「よーし!」
土煙が収まると、そこには上下でまっぷたつになったクレーターベアがいた。ついでに地面も少しえぐれているけれど、たいした問題ではないだろう。
母がポカンとした顔で口を開けたまま、なぜか動かなくなってしまったので、わたしは首を傾げた。
「お母さん?」
「えっ? あ、ああ、大丈夫よ。お母さん、娘のすごさをまだ理解できていなかったのねって、反省していただけ……」
額を押さえながら、母はなぜか軽くため息を吐いたのだった。
……よくわからないけど、褒められたってことでいいのよね?
クレーターベアは、わたしと母の二人がかりでなんとか解体できた。
すぐに食べきれない分は、床下の保存庫に入れたり、母が保存のきく干し肉にしてくれたりする。
「……そろそろ塩がなくなりそうだわ。このお肉と交換で、塩を手に入れることができればいいのだけど……。キアラ、お願いできる?」
「うん。ついでに他のものも交換してもらえないか、村で聞いてみるね」
「……無理しないでね。ありがとう、キアラ」
聞いてみるとは言ったものの、もしかしたら難しいかもしれないなと思いながら、わたしは肉の塊をいくつか持って、村へと向かったのだった。
◇
「……げっ」
村へ入った途端、わたしは思わず顔をしかめた。
できれば顔も見たくないような連中に、さっそく出くわしてしまったからである。
向こうもわたしに気づいたようで、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらこちらへ近づいてきた。
「出たな、ブレイ村の厄介者が」
「なんだよ、キアラじゃんか。村から追い出されたくせに、また来たのかよ」
オレンジの髪にのっぽでそばかす顔をした、まるでにんじんのようなのがハンス。黄土色の髪をした、じゃがいものような丸顔をしているのがブロウだ。
わたしと同い年の男の子たちだが、このとおり、仲は良くない。
元々乱暴者だったので好きではなかったのだが、母が領主に目をつけられて元いた家を追い出されてから、彼らの態度はより悪くなった。
まるでわたしたちが悪いことをして村から追い出されたと、二人は勘違いしているのではないかと思う。
「あんたたちに用はないの。じゃ」
「おい、待てよ!」
「どこ行くんだよ?」
二人を無視して通り過ぎようとしたが、当然のようにそれは叶わなかった。
「きゃっ!」
グイッと、肉の入ったカゴを後ろから掴まれる。
急に引っ張られたものだから、思わずたたらを踏んでしまった。
「俺たちを無視しようなんて、いい度胸だな?」
「どうせ、この中のものを何かと交換しに来たんだろ? 跪いて泣いてお願いするなら、俺が協力してやってもいいぜ?」
ケラケラと笑う二人を、キッと睨みつける。
「あんたたちに頼む気なんか、これっぽっちもないから安心して。もういいでしょ? 放してよ」
「あぁ!?」
「厄介者のくせに、生意気だぞ!」
声を荒らげ、ハンスが掴んでいたカゴから離した手を振りかぶった。どうやら手を出すつもりらしい。
……あぁもう、うっとおしいわね!
本当なら返り討ちにしてボコボコにしてやりたいところだけれど、わたしの力が強いことはできるだけ隠すようにと、母にきつく言われている。こんなやつらのために、言いつけを破るわけにはいかないのだ。
わたしは、一目散に逃げ出した。
「あっ!?」
「こ、こら待て! キアラ!!」
……待つわけがないでしょ!
二人の声なんて、完全に無視だ。
しばらくは後ろから追いかけてきていたようだが、彼らの声はそのうち聞こえなくなった。
わたしは少し立ち止まって、後ろを確認する。きちんと撒けたようだ。
「まったく。わたしが気に入らないなら放っておいてくれればいいのに、どうしてつっかかってくるのかしら!」
わたしは息を巻きながら、ムカムカする気持ちを振り払うように、ずんずんと歩を進めた。
そしてようやく、目的地にたどり着く。
わたしはある家のドアの前に立つと、コンコンとノックをした。
すると間もなく、見知った中年の女性がゆっくりとドアから顔を覗かせる。
「こんにちは、カーラおばさん! あのね、今日はなんと、クレーターベアのお肉が手に入ったの。良かったら、これと塩を交換してくれない?」
わたしはわざと、できるだけ明るい声でそう言った。
領主のせいでお金を稼ぐことはできなくなってしまったが、森の恵みを得ることで、わたしたちはなんとか生活している。しかし、調味料や小麦などを手に入れることはできない。
だから、村の人たちからこうして交換してもらうしかないのだけれど……。
「……」
おばさんは困ったような顔をしながら、どうしようかと、迷うような様子を見せた。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
「キアラ。悪いけど、もうここには来ないでちょうだい。あたしはこの間あんたに塩や小麦を渡したことで領主様から呼び出しを受けて、ひどい目に遭ったんだ。あたしもこんなことは言いたくないけど、あんたのお母さんも、諦めてさっさと領主様のところへ行った方がいいと思うよ」
「……」
そう大きくないこの村では、母とわたしの顔はほとんどの人に知られている。
領主は、わたしたちを助けないよう、村人たちに徹底的に呼びかけているらしい。そのせいで、物々交換さえ簡単にはできない。
今まではこっそりと交換に応じてくれていたおばさんにも、ついにこうして断られてしまった。
「……わかったわ。迷惑をかけてごめんなさい、おばさん」
わたしはそう言うと、くるりと彼女に背を向けた。
……ついに、カーラおばさんにまで断られちゃった。だからって、さっきハンスやブロウにお願いすればよかったなんて思わないけど……。
どうしようかと落ち込みながらトボトボと歩いていると、誰かにポンと肩を叩かれた。
「よぉ、キアラ。聞こえてたぜ、クレーターベアの肉があるんだって?」
「ラルゴおじさん」
「しっ! 黙ってついてきな」
ラルゴおじさんは、カーラおばさんのご近所さんだ。そういえば、大の肉好きだと聞いたことがある。
おじさんは周囲の様子を窺いながら、こっそりと家に入ると、小さな袋を持って出てきた。
「ほら、塩だ。あんまりたくさん渡すと女房にバレるからちょっとだけだが、ないよりはいいだろ? だから、その肉をくれよ」
「……わかったわ」
普通に考えれば、塩はそれほど貴重品ではない。小さな袋に入った塩と大きな肉の塊が同じ価値だとは到底思えないが、誰も交換に応じてくれなさそうな今は、この申し出を受け入れるしかない。
わたしはお肉を渡すと、小さな袋を受け取る。
「じゃあな。俺が言うのもなんだがよ、俺もカーラの奴の言うことが正しいと思うぜ」
そう言うと、彼はバタンとドアを閉めた。
閉ざされたドアを見つめるわたしの口から、思わず大きなため息が漏れた。
……まったく、やってられないわ。わたしもお母さんも、何も悪いことなんかしていないのに、どうしてこんなふうに扱われなきゃいけないの?
いっそのこと、この土地を離れて、引っ越せたらいいのにと思う。でも、体の弱い母を連れて移動することは難しい。お金もないし、馬車なんて誰も用意してくれるはずがない。
わたし一人ならば歩いたり走ったりしてどこへでも行けるけれど、まだ体が小さいから、さすがに母を担いで移動するのは無理だった。
……体が大きくなったら、お母さんをおんぶして、領主の手が届かない遠くまで行けるかな?
わたしは家までの道を歩きながら、オレンジ色に染まってきた空を見上げて、そんなことを考えたのだった。




