帝国の軍人
「……!」
それは、何度も聞いたことがある話だった。
母にも聞かされていたし、ここへ来る前にトーアにも言われていたことだ。
領主に手を出せば、帝国の軍人がやってきて、ひどい罰を与えられるって。でも。
「お母さんを無理矢理連れていかれて、そのまま放っておくなんてできるわけないでしょ!? お母さんを助けられるなら、そのあとわたしがどうなったって関係ないわ!」
……そのあとのことは、その時考えればいいもん!
「ブーッフフフフフ! 甘い! 甘いなぁガキ! 帝国の連中は、お前の頭の中みたいに甘くないぜぇ? 自分たちに逆らう者たちは一切容赦なく、一族郎党皆殺しにするのが当然と考えるような野蛮人なのさ! それはお前みたいなガキでも関係ない! ちょっとばかり強いからといっても、貴様なんぞ、竜人族の化け物どもからすれば赤子の手をひねるようなもんさ! 明日にはきっと、お前の首と胴体はオサラバしているに違いない。ブフフフ、フ……ッ!?」
「うるっ、さぁーーーいっ!!」
ゴシャッ!
《あ。あれは折れたな》
クロの冷静なツッコミを背に、わたしは拳を振り抜いた。遠くへ吹っ飛んでいった領主が、痛みにのたうち回っている。
「がああああっ、はなっ、鼻が折れたぁ゙あっ」
領主はボタボタと鼻血をたらす顔を両手で押さえながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いた。
「うるっさいのよっ! あなたにごちゃごちゃ何を言われたって、お母さんは絶対に助けるんだから! いいからもう、寝てなさい!!」
「ひ、ひいぃいいっ!?」
今度こそ絶対に意識を飛ばさせてやる、という気持ちで拳を握りながら、わたしは勢いよく領主へ向かって駆け出した。
ーードォン!!
「きゃっ!?」
「な、なんだ!?」
しかし、わたしが領主のところへ到着する前に、地面が揺らぐほどのものすごい衝撃とともに舞い上がった土煙に阻まれてしまった。前が全く見えなくなる。
《キアラ、気をつけろ! 誰かいるぞ!》
「えっ? どこに……きゃあっ!?」
クロの注意が聞こえたのとほぼ同時に、わたしは何かに捕まって、手を後ろで拘束されて動けなくなってしまった。
「はっ、放して!」
「そういうわけにはいかないな。君だろう? 領主邸を襲撃し、領主へ攻撃を加えたのは。いくら子供でも、罪は罪だからね。小さな反逆者さん?」
乱暴な手つきとは裏腹に、穏やかな口調でわたしを拘束する男の人がそう言った。
「しかし、領主邸に襲撃があったと聞いて来てみたが、襲撃者がこんな小さな女の子一人しかいないのはどういうわけかな? まさか、そこにいるプーニャが仲間だなんて言わないよねぇ? 君たちだけでこの惨状を作り出せるとは思えないけど……」
この人は、そばに倒れている領主の護衛たちや、壊れた屋敷の壁のことを言っているのだろう。
どうやら彼は、領主が言っていた帝国の軍人らしい。こんなに早くやってくるなんて。
……というか、まさかさっきの衝撃とこの土煙、この人が起こしたの? 一体どうやって? ううん、そんなことより、この状況をなんとかしなくちゃ!
男の人はわたしの後ろで腕を掴んでいるので顔は見えないけれど、背が高くて大きな手をしていることはわかった。それでも、わたしが力いっぱい振り払えば逃げ出せるはずだ。
「はな、してっ!」
「……おや?」
ぐぎぎっ、と力を込めて男の人の腕を振り払おうとするが、一向に拘束が外れる気配がない。
《キアラ、どうした!?》
「な、なんで? 外れな……うぅっ!」
困惑していると、ギリッと音がするほど男の人の力が強くなった。
「君、何者? この力、ただの子供にしては強すぎるね。獣人族には見えないけど」
「やっ、痛……!」
……どうして? 強化してるのに、掴まれてる腕が痛い。力も、全然敵わないよ……!
「ブフッ、ブフフフッ! 残念だったなぁ小娘! やっと帝国から応援が……んん? た、たった一人か? ほかの軍人たちはどこだ?」
土煙がだんだん晴れてきて視界が良くなったこともあり、領主が現状を把握したようだ。キョロキョロと視線を動かして、わたしを捕らえにやってきた軍人が一人しかいないことに戸惑っている。
「こんな辺境に、何人も軍人を寄越すわけないでしょ。僕一人で十分だよ」
「ぐ、ぐぬぬ……ボクを軽んじているようで気分は悪いが、まぁいい。そのガキを始末してくれるなら、大目に見てやる。さぁ、帝国の軍人よ! やってしまえ! そのガキを殺すのだぁ!!」
領主が、勝利を確信した高笑いの声をあげる。
しかし、男の人は領主の言葉に不快感を示した。
「……はぁ? 何を勘違いしてるんだろうね、そこの小物は。地方の小領主が、帝国の軍人より偉いつもりなのかな」
「ヒ、ヒィッ!?」
気分を害したと言わんばかりの低い声で、男の人が領主へ凄んだ。彼の注意が領主へ向かったおかげで、一瞬だけ腕の力がゆるんだ。
「このっ!」
「あ。しまった」
その隙をついて、わたしはなんとか彼の拘束から抜け出した。素早く距離を取って、わたしを捕まえていた男の人の姿を確認する。
「……あ!」
獣人族だ、と思った。
彼の頭から、ツノのようなものが六本も生えていたからだ。でも、それ以外には、どこにも普通の人間族と変わったところはない。強いて言うなら、村にいる誰よりも大きくて強そうな体に、少し鋭い爪があるだけだ。
あと、長くて青い髪を綺麗に縛っていて、背が高くて整った顔をしているので、かっこいい男の人だな、と思ったくらい。
……何の獣人族なのかしら?
ツノがある魔獣はだいたい強い、というのは常識だけれど、六本もある魔獣は見たことも聞いたこともない。わたしより力が強いみたいだし、きっととても強い魔獣なのだろう。
……でも、そんなの関係ないわ!
地面に寝かされている母をちらりと確認すると、わたしは男の人を思い切り睨んだ。
「お母さんを助ける邪魔をするなら、誰であろうと許さないんだから!!」
「……! 君は……」
わたしより強そうだとか、敵わないかもしれないなんて考えない。母を守るためには、やるしかないのだ。
「きゃあっ!?」
「もっとよく見せて」
けれど、身構えていたのに、わたしは彼の動きに全く反応できなかった。
男の人はあっという間に再びわたしの手を捕まえると、目を覗き込むように顔を近づけてきた。
……な、なに!?
「君は……間違いない。僕と同じ、竜人族だね?」




