ぶん殴る!!
三階にあった領主の部屋から続く隠し通路は、一直線の下り階段だ。一階へ直接続いているようで、パッと見た感じでは、先がどうなっているのかわからない。
視力を強化してみると、奥に扉が見えた。
「あの部屋にお母さんがいるの!?」
「……いや、気づかれたみたいだ。別の抜け道から、外へ出ようとしてる」
「ええっ!?」
クロと一緒に駆け下りながらそんな会話を交わす。
どうやら、この先にある部屋で隠れていた領主たちは、そこからさらに逃げようとしているらしい。
……絶対に逃がさないんだから!
一階のドアには鍵がかかっていたけれど、わたしにはあってないようなものだ。勢いよくドアを引けば、バキッと鍵部分が壊れ、無事にドアは開いた。
「お母さん!」
すぐさま部屋へ入るが、そこには誰の姿もなかった。けれど確かに今さっきまで、ここに数人、人がいた形跡がある。しかしドアは今わたしたちが入ってきたもの以外、どこにも見当たらない。領主たちは再び、どこかにある隠し通路から外へ出たようだ。
またしても逃げられてしまったことに、怒りが体の内側からふつふつと湧いてくる。
《大丈夫。ちょっと待ってて、キアラ。また魔法で通路の入り口を探すから……》
「ううん。それよりも、その通路の出口がどっちの方向へ繋がっているのかわかる? クロ」
わたしの声に怒りが滲んでいることに気づいたのか、クロが一瞬動きを止めた。それを聞いてわたしがどうするつもりなのかクロはすぐにわかったみたいだが、仕方なさそうに頷いて了承してくれた。
《あぁ。調べてみる》
クロが目を閉じて、魔法を使いはじめる。今までクロが魔法を使うのを意識したことがなかったけれど、ふわりと周囲の空気が動いたような、不自然な感じがした。
《……わかった。あっちだ》
もちろん、クロが指した方向には分厚い部屋の壁がある。しかしわたしはそんなことなど意に介すことなく、すぐさまそちらへ向かうと、全力で拳を繰り出した。
……この先壁が何枚あったって、そんなの知らない! それで屋敷が壊れたって知るもんか! お母さんのところまで、一直線に行ってやるんだから!!
「よっ、せぇーーーい!!!」
ドゴーーーーン!!
ガラガラと、崩れた壁が煙をたてながら落ちていく。狙い通り、ちょうど良く通れるほどの穴ができた。
「か、かかか壁が……な、なんなのだ、お前は一体!?」
運よく、壁を一枚壊すだけで外へ出られたようだ。壁にできた穴を通ると、煙で見えなかった外の様子がわかるようになった。
そこは、領主邸の裏庭だった。
裏庭と言っても、庭師が丁寧に手入れしているようで、整った草木が等間隔に並んでいる、素敵な庭園だ。今は、瓦礫と化した壁がその景観を台無しにしているけれど。
日が暮れ始めてきて、夕日色に染まる庭が、そのせいで今は燃えているようにも見えた。
その中で、領主や護衛の人たちが驚愕に目を見開いてこちらを見ていた。そして、護衛の中の一人が、腕に抱いているのは……。
「お母さん!!」
やっと見つけた。
母はまだ気を失っているけれど、顔色からしても、ちゃんと生きているようだ。少しホッとしたのもつかの間、母の顔を見て、わたしは息をのんだ。
「……っ!?」
母の頬には、殴られたような痣があった。抵抗した時にやられたのかもしれない。ぐったりとした状態で目を閉じ、動かない母を見ていると、怒りで頭がいっぱいになった。
わたしは諸悪の根源である領主を、キッと睨みつける。
「な……!?」
「そ、その目は一体……」
なぜか領主たちが、驚いたように後ずさりした。
目がどうしたというのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
「よくもお母さんをひどい目に遭わせたわね。覚悟しなさい、このブーゴン男!!」
「ブ……!?」
領主の護衛たちは、まるで雷がその身に落ちたかのような表情をした。目を見開いて震えだし、恐る恐る視線だけを動かして、領主の方を見る。
領主は、何を言われたのか理解できなかったかのように一瞬呆けた顔を見せたあと、真っ赤になってまなじりをつり上げた。
「な、な、な、なんだとおおおお!?」
「り、領主様、落ち着いてください……!」
「おい小娘! それだけは、それだけは言ってはいけない言葉だろう!」
「そうだぞ! たとえ本当のことでも、言っていいことと悪いことが……」
「バカ! シーッ!!」
領主が見たこともないほど怒っていて、護衛たちは焦ったようにわたしの言動を責めている。
「なによ! どこからどう見たってブーゴンじゃない!」
「こ、ここここのガキィッ、言わせておけば! サーシャたんの娘だから見逃してやろうと思っていたが、もう許さん! 殺せ! 殺してしまえぇぇー!!!」
「は、はっ!」
怒り狂う領主が、護衛たちをわたしへ差し向けた。母を抱いている一人を除いた三人の男たちが、一斉に武器を持ってわたしのもとへ走ってくる。
けれど、怒っているのはわたしも同じだ。
……向かってくるならあなたたちも容赦しないわ。かかってきなさい!
「ぐへっ!?」
「ブバッ!」
「グホォ!?」
「……へ?」
迎え撃つつもりだった男たちは、なぜかわたしのところへたどり着く前に、何かにぶつかったようにバタバタと倒れてしまった。
「な、なんだ? 何がどうなってる!!」
《行け、キアラ。こんな雑魚たちには構わなくていい》
……クロだったの!? 何をどうしたのかわからないけど、やっぱりクロはすごいわ!
「ありがとう、クロ! よぉーし、行くわよ、ブーゴン男! 覚悟しなさい!!」
「だから、誰がブーゴンだぁッ!」
「領主様、危な……!」
母を抱いている男が焦ったように忠告するが、もう遅い。わたしは思い切り地面を蹴って、猛スピードで領主の元へたどり着いた。
「なっ!? 速……」
「よっせーーーいっ!!」
「ブフォオオォ!!?」
領主の顔面、母の怪我があるのと同じ場所に、わたしは勢いよく拳をぶち込んだ。そのまま地面に向かって叩きつければ、領主は地面にめり込むように、べしゃりと潰れた格好になった。
領主は一撃で気を失ったようで、わずかにピクピクと指を動かしながら、白目を剥いている。
一応、ほんのちょっとだけ手加減をしたので、死にはしないだろう。
わたしの拳の跡がついたように赤紫のアザになっている領主の頬を見て、少しだけスッキリした。まだまだ殴ってやりたいが、母の救出が優先だ。
「ふん、いい気味ね。大人しく寝てなさい!」
わたしは、母を抱いている男に目を向けた。
「ヒィッ!?」
「わたしのお母さんを返しなさい。それとも、わたしと戦う? 領主はこの様だけど」
そう言って男を睨むと、彼は青ざめた顔でブンブンと首を横に振った。
「すすす、すみませんでした! 返します返します! だから殺さないでくださいぃっ!!」
半泣きになった男は、わたしに近づくのも恐ろしいとばかりに母をそっと地面に寝かせると、一目散にどこかへ走っていった。
「お母さん……!」
静かになった裏庭。
すっかり夕焼けに染まったこの場所に立っているのは、もうわたしとクロだけだった。ようやく母を取り戻せたと、わたしが地面に寝かされている母のもとへ駆け出そうとした時だった。
「ブフ、ブフフフフ……」
「っ!?」
《……もう起きたのか。案外頑丈だな》
体に力が入らないのか、領主はガクガクと震えながらもゆっくりと体を起こした。そして砂と血で汚れた顔を笑みの形に歪めながら、わたしに憎悪の眼差しを向けている。
「ブフフフフ。……やってくれたな、ガキ。ああ、やってくれたものだ。このボクを殴るなんて……。自分が何をしたか、わかっているのか?」
そう言ながら、丸くて短い指をわたしに向ける。
「領主を攻撃するのはなぁ、重罪なんだぞ! バレないとでも思っているなら教えてやろう。ボクはすでに、帝国に連絡を入れているのさ。領主邸が襲撃を受けているとな! 間もなく帝国の軍人がやってきて、お前を捕らえるだろう。ボクをこんな目に遭わせたんだ。楽に死ねると思うなよ!!」




