抜け道発見!
「や、屋敷の窓があぁ!! あああ!? 入っていくぞ! 誰か、誰かあのガキを止めろぉ!」
「し、しかし、上方では弓で当てるのも難しいです!」
「なら魔法を使えっ!」
「む、無理です。屋敷も巻き添えになってしまいます! しかもあそこは領主様の部屋ですので……!」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」
そんなベンソンたちのやりとりが下の方から聞こえてくるが、わたしは気にせずに目的地の部屋へと侵入を果たした。そしてすぐに母を探すけれど、その姿はどこにもない。
「お母さん、どこ!?」
……おかしいわ。クロは、確かにこの部屋のベッドにいるって言っていたのに。
部屋にある大きなベッドへ近づいて、少ししわのついたシーツを触ってみると、ほんのり温かかった。やっぱり、少し前まで母はここにいたのではないだろうか。もしかしたら、わたしが母を取り戻しに来たことがバレて、移動させられたのかもしれない。
……ちょっと、大きく騒ぎすぎたみたい。
もしかして、クロに怒られるだろうか。
せっかくクロが囮になってくれているというのに、結局ベンソンたちに見つかって、母も移動させられてしまったのだから。
少しやらかしたような気がするが、今は反省している場合ではない。たぶん、まだそれほど遠くへは行ってないはずだ。すぐに母を追いかけなくては。
バン!
わたしは勢いよく部屋のドアを開けた。
ベキッという音がしたので、もしかしたら少し壊してしまったかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
バン! バン! バン!
「お母さん、どこにいるのー!?」
「きゃあああ!?」
「し、侵入者だ!」
「え、子供!? ってか速すぎ……!」
「うわあああ! ドアを壊すなー!!」
あちこちにいる衛兵やメイドたちが騒いでいるが、わたしは構わず手当たり次第にドアを開けて、近くの部屋の中を確認していった。だいたいの部屋に鍵がかかっていたが、無理矢理開けたのでドアを壊しながらだ。今は緊急事態なので、許してほしい。というか、母を攫った領主が悪いので、気にしないことにする。
襲ってくる衛兵たちを次々と伸していっていたら、そのうち周囲に誰もいなくなった。逃げていった人たちも何人かいたけれど、わざわざ追ったりはしない。わたしは、母を取り戻せればそれでいいのだ。
しかし、近くの部屋には、どこにも母の姿がなかった。もしかして、今も移動している最中なのだろうか。
それならば、どっちへ行けばいいのだろう。それがわからなくて、わたしは途方に暮れた。
せっかくクロが母の居場所を教えてくれたというのに、このままでは逃げられてしまう。今さっきまで近くにいたのだから、きっとそれほど離れたところには行っていないはずなのに。
「そうだわ。何か手がかりになる音や声が聞こえれば……!」
わたしは聴力を強化した。母に関する話や、母を連れ去った犯人と思しき声。もしくは母の声が聞こえてこないかと、たくさんの音が入り乱れる中、わたしは必死で音を聞き分ける。
『バケモノみてぇなガキがいる! もっと応援を……』
……さっきの逃げた人たちね。戻ってくるかもしれないなら、急がないと。
『あちこちで騒ぎが起きて……』
『関係ないわ。わたしたちはわたしたちの仕事を……』
……これは違うわ。
『うわぁっ、いい加減にしろよ、この野良プーニャ!!』
『ぎゃー! ご、ご主人様が大切にされている壺が……!』
……あ、クロが頑張ってくれてるみたい。ふふ。領主ったら、壺が割れたなんて、いい気味ね。よーし、わたしも早くお母さんを見つけないと。
わたしはさらに集中した。
『……ここまで来れば、ひとまず心配はないでしょう』
『あのガキも、まさか抜け道があるなどとは思うまい。サーシャたんは絶対に渡さんぞ、ブフフフフ』
……いた! あの気色悪い笑い声は、ブーゴン男に間違いないわ!
わたしは、声が聞こえた方向へ向かって全速力で走り出した。しかしそこはなんと、先ほどまで母がいたと思われる領主の部屋だった。
……抜け道って言っていたわよね? 隠し通路か何かがあるのかしら?
わたしはベッドの奥や本棚を調べてみたり、壁に飾られた絵などを手に取ってみたりして通路がないか確認してみるが、全くわからない。こうしている間にも、母は遠くに連れて行かれているかもしれないのに。
「うう~、どうしよう。もういっそ、手当たり次第に壁を殴って壊してみようかな?」
《こら、やめろ》
クロの念話が頭の中で聞こえてきて、わたしはパッと部屋の入り口に目を向けた。するとそこには、呆れたような顔のクロがいた。
「クロ!」
《もう、バカキアラ。せっかくオレが囮になったのに、それ以上の騒ぎを自分から起こしてどうするんだよ? それに、隠し通路の入り口がわからないからって、壊して見つけようなんて。もしそれで通路が使えなくなったらどうするんだ?》
「う、うう……ごめんなさい」
その通りすぎて返す言葉もない。反省するしかないだろう。
「あれ? でも、どうしてお母さんが隠し通路から連れて行かれたって……」
《この状況を見ればわかるよ。それにほら、通路はここだ》
そう言って、クロが衣装棚へと近づいた。
《扉を開けて》
「えっ、う、うん」
クロに言われるがまま、衣装棚の扉を開ける。
《奥の壁に、何か仕掛けがあると思う。壁のどこかを押すとか、不自然な切れ目がないかとか、探ってみて》
「わ、わかったわ」
中にかけてある無駄に豪華な衣装を端へよけつつ、壁全体をグッと強く押してみるが、薄い板の感触がしただけだった。次に、壁を手でペタペタと触ってみる。切れ目などは特にないが、左端に妙な凹みがあった。
「これって……」
その凹みに指を入れてみると、そこにはスイッチのようなものがあった。押してみると、ガチャリと音がして、壁がまるでドアのように奥へ開いた。そこから続く細い通路は、下りの階段になっている。
「す、すごいわクロ! どうしてわかったの!?」
《風の魔法で、そこに通路があるのがわかっただけだよ。たいしたことじゃない》
クロはそうすましているが、たいしたことじゃないわけがない。クロがいなければ、ここに通路があるなんてわたしにわかるはずもなかったのだ。
「ううん、本当にすごいわ。ありがとう、クロ!」
嬉しさと感謝のあまり、思わずクロを抱き上げて、そのモフモフの頬に軽くキスをした。
その瞬間、ビシッとクロが硬直した。
「クロ?」
《……》
クロが目を見開いたまま、全く動かなくなってしまった。
……あっ。もしかして、嫌だったかな?
母にはプレゼントをもらった時など、感謝を伝える気持ちでよくするのだが、そういえばクロにするのは初めてだった。頬にキスをすると母は喜んでくれるけれど、クロは嫌だったのかもしれない。
「ごめんね、クロ。嫌だった? つい癖で」
《つい癖で!?》
……あ、動いた。
「うん。お母さんに、すっごくありがとうって思った時はよくやるの。お母さんは喜んでくれるけど、クロは嫌だったのよね?」
《……嫌、だったとかじゃ……いや、そうじゃなくて。というかもしかしてこれ、誰にでもするのか?》
クロが困惑したようにそう言うので、わたしは首を横に振った。
「そんなわけないでしょ? 特別大好きな人にだけよ。今のところ、お母さんとクロだけね」
《……》
またクロが動かなくなってしまった。
「クロ?」
《……いや、そうか。わかった。とにかく、早く行こう。キアラのお母さんを助けないと》
「うん、そうね!」
そうして会話を切り上げて、わたしたちは隠し通路の階段を下っていった。
……そういえばわたし、セラやトーアのことも好きだけど、ありがとうって思ってもキスをしようとは思わないな。クロのことはきっと、本当の家族みたいに思ってるから、ついしちゃったのかも?
クロは嫌だったわけじゃないと言っていたけれど、とても驚かせてしまったことは間違いない。できるだけ控えるようにしなければ。
そう思いながら、わたしは先を急いだのだった。




