侵入する!
「クロ、無理しないでね」
《キアラもな》
そんな言葉を交わすと、クロは屋敷の方へと駆け出した。立派な門が侵入者を阻むようにしっかりと閉じられているけれど、クロの小さな体は簡単にその隙間をすり抜けた。
幸い門番たちはまっすぐ前を向いていて、足元で通り過ぎていった小さなプーニャには気がつかなかったようだ。片方の人はあくびまでしているので、あまり真剣に仕事をしていないのかもしれない。もしくは、クロがまたなにか魔法を使ったのだろうか。
どちらにしても、無事にクロが侵入できたことにホッとする。
……どれくらい待てばいいのかな?
早く母の元へ行きたい気持ちを抑えながら、じっと騒ぎが起こるのを待つ。まだそれほど時間は経っていないはずなのに、すごく長く感じる。
あまり口に出したことはないが、母はわたしの父のことが本当に、とても好きだったのだと思う。
領主の誘いにも脅しにも決して頷かなかったのは、父のことが忘れられないから。わたしの赤い髪を撫でる時、たまに切なそうな顔をするのは、大好きだった父のことを思い出しているからだと思うのだ。
……それなのに、あのブーゴン男は!
無理矢理連れ去るなんてひどすぎる。
第一は母の救出だけれど、なんとか奴に一発くらいは浴びせてやりたい。もし今は無理でも、いつか絶対に痛い目に遭わせてやるのだと、わたしは改めて心に誓った。
そうしてしばらく待っていると、ガシャーンと何かが割れるような音と、誰かの悲鳴や怒鳴り声が遠くから聞こえてきた。クロが、うまく騒ぎを起こしてくれたようだ。
「なんだ? 何があった?」
「……少し見てくる。お前はここにいてくれ」
好都合なことに、門番の一人が様子を見に行ってくれるらしい。わたしは彼が離れていくのを待ったあと、できるだけ気配を殺して、残った門番へ近づいた。
「よっせーい!!」
「げほぼあっ!?」
クロは昏倒させろと言っていたが、正直、やり方がよくわからないので、とりあえず軽くみぞおちを殴ってみた。門番の男はかなり遠くへ飛んでいったきり起き上がらなくなったので、たぶんこれで正解だろう。
「おい、今何かすごい音が……ああっ!? お、お前は!」
「はっ! まずいわ。よっせぇーいっ!!」
「ぐぼふぇっ!」
少し大きな音を出しすぎたらしく、離れていた門番が戻ってきてしまった。彼はわたしを認識するや応援を呼ぼうとしたので、先手必勝、わたしは再び拳をふるった。
そして、無事門番の二人を昏倒させることに成功したのである。
二人ともかなり痛かったのではないかと思うが、彼らも人を誘拐するような悪い領主だとわかってて仕えているはずなので、これくらいは罰だと思って、甘んじて受けてほしい。
「よーし、先行き好調ね!」
「――好調なわけあるかぁ!!」
「へっ?」
屋敷の入り口から、数十人の男たちがゾロゾロと現れた。先頭で声を荒らげているのは、よく見知った男である。
「ベンソン……!」
「ハン! やっぱり来やがったな、ガキ!」
領主ほどではないが小柄な体に、つり目が特徴の男。領主の従兄弟だという彼は、いつも領主と一緒にいる、領主の取り巻きだ。自分は一番の側近だとか言っていつも偉そうなので、わたしはこの男のことも大嫌いなのである。
「諦めな! お前の母さんは、領主様のもんになったのさ。あんなところで貧しく暮らすより、この豪邸で領主様に可愛がられながら過ごす方が、お前の母さんも幸せに決まってんだろ? 長年意地を張ってたみたいだが、実際に環境が変われば嫌でもわかるさ。母さんのためを思うなら、大人しく帰るべきだと思わねえか?」
あまりの言い分にムッとして、わたしはつい言い返した。
「バカなこと言わないでっ! 無理矢理攫われて好きでもない人と暮らして、幸せになれるわけないでしょ!? お母さんを返して!」
「ハン、そりゃ無理な相談だ。なぜだか今はプーニャが入り込んで暴れてるとかでそっちに人が集まってるが、すぐに捕まえてこっちに戻ってくる。大人数を相手にしながらお前の母さんを探すなんて、無理な話だとガキのお前でもわかるだろ?」
ベンソンがわたしをバカにしたように笑うが、わたしはふふんと得意になって言葉を返した。
「残念だったわね。お母さんの居場所なら、もうわかってるわ! 三階の、一番右の部屋でしょ?」
「……な、なんでお前がそれを!?」
ベンソンが驚愕したように狼狽えた。どうやら間違いないようだ。クロが見つけてくれたのでわたしは何もしていないのだが、それは教えてあげないのだ。
「場所はもうわかってるんだから、すぐにお母さんを取り返してみせるわ!」
「ハン。場所がわかったからって、容易くたどり着けるとは思わないことだな。こう見えてこの屋敷は、外敵からの攻撃に備えて複雑な造りになってるのさ。特にお前の母さんがいる、領主様の部屋までの道筋はな!」
「ええっ!?」
なんということだろう。どうやら、領主の部屋へは簡単にたどり着けないようになっているらしい。偉い人は、そんな家に住むのが普通なのだろうか。自分も部屋へ行くのが大変になると思うのだが、それはいいのだろうか。よくわからないが、面倒なことをするものだ。
とにかく、これは少し困ったことになった。
あそこに見えている部屋に母がいることはわかっているのに、道が複雑になっているなら、きちんとたどり着けるかどうかわからない。帰りは母を抱いて脱出しなければならないのに、この人たちに邪魔されながら、複雑な道順を帰ることも難しそうだ。
……あそこに、お母さんがいる部屋が見えているのに。
恨めしい気持ちで母のいる部屋の窓を見る。なんとかしてあそこへ行きたいと考えた時、あっと思いついた。
「そっか。簡単なことよね!」
わたしの言葉に、ベンソンは訝しげに眉をひそめた。
「何を言って……」
「あなたの相手をしてる場合じゃないの。それじゃ!」
わたしは一直線に走り出した。入り口とは別の方向に。
「ハァッ!? おいどこへ行く! 屋敷の入り口はこっちで……」
「とりゃあっ!」
屋敷の近くまで来たわたしは、勢いよく地面を蹴り、目当ての場所まで高く跳躍した。
そう、わざわざ複雑な道を行く必要なんてない。見えているのだから、直接行けばいいだけの話なのだ。
目の前には、目的地の部屋の窓がある。
「ちょ、おいぃ!? ソレどうなってんだ!? お前どんだけ跳んで……おい待て、何しようとしてる!」
「よっ……」
「おいやめろやめろ、やめろってええぇ!」
「せーい!!」
ガシャーーーーン!!
ベンソンの言葉を無視しつつ、わたしは思い切り拳をふるい、母とわたしを隔てる邪魔な窓を叩き割ったのだった。




