助けに行こう
「……あんの、ブーゴン男……!」
怒りで目の前が真っ赤になったような気がした。頭に血が上って、母を連れ去った奴をぶん殴ることしか考えられなくなる。
「……カップは二つ用意されていたみたいだね。恐らく予定通り、領主はここへ来たんだろう。こぼれている中身の量からして、少しの間、二人はここでお茶を飲んでいたみたいだ。たぶん初めは、話をして穏便に連れ出そうとしたんじゃないかな。でも、キアラのお母さんの抵抗にあって、無理矢理連れて行ったと考えるのが妥当だと思うけど……」
トーアが冷静にこの場の状態を分析して出した結論も、わたしと同じらしい。でも、たとえそれが違っていたとしても関係ない。わたしの本能が言っている。
わたしの大事な人に手を出したのは、あのブーゴン男だと。
「領主の屋敷に行ってくるわ」
「ま、待って、キアラ!」
すぐさま身を翻したわたしを、トーアが焦った様子で止める。
「行って、どうするつもりなの?」
「決まってるわ。領主をぶん殴って、お母さんを取り戻すの」
わたしがそう言うと、トーアは目をむいた。
「でも、領主様の屋敷にはきっと、衛兵や領主の護衛の人たちがたくさんいるよ?」
「そんなの関係ないわ。邪魔する奴らは、わたしがみんなやっつけてやるもの」
「そ、それだけじゃないよ。領主様を攻撃したら、帝国の軍人たちがやってきて、ひどい罰を受けるんだ。だから……」
「でも、このままお母さんを放っておくなんてできないわ!」
浮かんできた涙を必死にこらえながら、トーアに向き直る。わたしの叫びに、トーアはグッと言葉を詰まらせた。
「……ごめんね。トーアがわたしのことを心配してくれているのはわかってるわ。でも、他に方法はないでしょう?」
わたしの服を掴むトーアの手をそっと外し、わたしは今度こそ、サッと身を翻して走り出した。
「キアラ!」
「キアラさん!」
トーアとセラの声が追いかけてきたけれど、止まるつもりはなかった。母がひどい目に遭っているかもしれないのに、あとで自分が罰せられることなんて考えられない。早く、母を助けに行かなくては。
領主がどこに住んでいるかは知っている。
いつかこんなことがあるかもしれないと考えていたわけではないけれど、敵の居場所くらいは知っておくべきだと思ったから、ずっと前に調べておいたのだ。
「待ってなさい、領主。お母さんは、必ず返してもらうんだから……!」
わたしはそう呟きながら、領主の屋敷への道を全速力で走った。
《オレも行く》
走るわたしの前に、クロがサッと飛び出した。
「クロ! でも、今回はきっと危ないから……」
クロがいてくれると心強いけれど、危険なことに巻き込みたくはない。いつもの狩りとは違って、たくさんの武装した人たちと争うことになるかもしれないのだ。
けれど、わたしの言葉をクロはフンと鼻で笑いとばした。
《友達を助けるのは、当たり前なんじゃないのか?》
「……!」
クロの話を聞いた夜、わたしがクロを助けたいと言ったことをそのまま返されているのだと、すぐにわかった。
「……ありがとう、クロ」
わたしは苦笑しながら、クロにお礼を言ったのだった。
◇
「ここに、お母さんがいるのよね?」
村のどの家よりもずっと大きな領主の屋敷を見上げて、わたしはそう呟く。わたしたちをあの小さなボロ小屋へ押し込めておきながら、なぜあんなやつがこんなに広くて立派なところで暮らしているのかと考えると、無性に腹が立ってくる。
領主の屋敷は広い。他では見ない三階建てで、なんでそんなに必要なのっていうくらい、たくさんの部屋があるのだ。
その中のどこに母がいるかなんてわからないので、しらみ潰しに見ていくしかないのかなと思っていたのだが。
《見つけた。三階の突き当たり、ここから見て一番右の部屋にいる。意識はないようだけど、無事みたいだ》
クロがあっさり解決してくれた。
指定した対象の場所や動きを特定する魔法を使ったらしい。よくわからないけどなにそれ、便利すぎる。
「……もしかしてファムルを見つけたのも、その魔法だったの?」
《いや、この魔法は有効範囲がそれほど広くないからな。ファムルを見つけたのは精霊たちだよ》
「そうだったの!?」
……ありがとう、精霊さんたち!
とにもかくにも、これで母の居場所がはっきりした。無事であることもわかって、一安心だ。
わたしがおんぶや抱っこをして母を運ぶこと自体は問題ないと思うが、わたしより大きい彼女を安定して運ぶことはまだ難しい。母は体が弱いので負担になってしまうかもしれないのが心配だけれど、今はとりあえずここを脱出するのが先決だ。多少無茶でも、やるしかない。
門前には二人の衛兵が見張りに立っているが、雰囲気からしてもたいしたことはなさそうな人たちだ。問題なくやっつけられると思う。
「よーし、じゃあ乗り込むわよ!」
《コラちょっと待て、キアラ》
いざ出陣! とばかりに正面から向かおうとすると、クロに止められてしまった。どうしたのだろう。
《バカ正直に正面から行くやつがあるか。門番は二人いるんだから、同時に無力化しないと応援を呼ばれてしまうだろ? オレたちの目的は、キアラのお母さんを取り戻すことだ。わざわざ最初から騒ぎを起こして、たくさんの衛兵と交戦するのは得策じゃない》
確かにそうだ。でも、それなら一体、どうしたらいいというのだろう。
《オレが囮になって、ちょっとした騒ぎを起こす。そうすれば、一人は様子を見にその場を離れるかもしれない。それでなくても、多少意識は逸らせるはずだ。キアラはその隙に、素早く門番たちを昏倒させるなりして、なるべくこっそりと侵入するんだ》
クロの提案に、わたしは一瞬身を固くした。それは、クロにとても危険な役目をさせてしまうということだ。
でも、わたしはそれを口に出すことなく、クロを見つめながらしっかりと頷いた。クロなら、きっと大丈夫だ。クロは強くて素早くて賢くて魔法まで使える、頼りになるお友達であり相棒だ。そのクロがやると言っているのだから、きっと大丈夫なはずだ。
それに、わたしが突入すればきっと大騒ぎになって、衛兵たちが総動員で攻撃してくるだろうが、きっとクロならそれほど問題視されないだろう。プーニャが一匹紛れ込んだところで、追い出そうと何人か人たちが動く程度になるはずだ。
だからここでかけるのは、謝罪の言葉でも心配の言葉でもなくて。
「ありがとう、クロ。よろしくね!」
《ああ》
そう言ってわたしたちは目を見合わせ、強気に笑ってみせたのだった。




