母の危機
少し憂鬱そうな顔をした母に見送られながら、クロとセラを連れて森へ向かう。
今日はセラがいるので、比較的近場で採集して、丘の上で昼食を食べるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、食べられそうなものを探しつつずんずんと森を進んでいく。そして気がつけば、セラが後方で息をきらせていた。
「セラ、大丈夫? 疲れちゃった?」
「あっ、いえ、大丈夫です!」
そう言うセラの様子は、どう見ても空元気だ。汗をかいているし、少し呼吸が浅い。クロと森へ行くようになってからも特にペースなんて気にしたことがなかったが、セラには少し歩くのが速すぎたようだ。
「わたし、ちょっと休憩したくなっちゃった。あそこの石に座って、さっき採った木の実でも食べよう!」
わたしが近くにあった腰かけやすそうな石を指してそう言うと、セラは少しだけ目を見張ったあと、「ありがとうございます」と言って笑った。
少し休憩を挟むと、今度はセラのペースに気をつけながら、わたしたちは森を進んでいった。
森の奥へ行けば行くほど、森のめぐみは豊かになる。採集をするなら、すぐに誰かが採ってしまうような、人里に近い場所はあまり向かない。
「ん?」
ほどよく森の奥へ入った頃、木の陰に見知った後ろ姿を発見して、わたしは明るく声をかけた。
「おーい、トーア!」
「へ? あ、やあ。キアラ」
メガネをかけていて、小麦色の髪をぴょんぴょんはねさせた同い年の男の子が、こちらを振り向いてニコッと笑った。
……ふふ~ん。何を隠そう、彼こそがわたしの、三人目のお友達なのだ!
「あれ、その子は……?」
トーアがわたしの後ろにいるセラを見つけて、軽く首を傾げた。
トーアと初めて出会ったのは、彼が森でクレーターベアに襲われているところを、わたしが助けた時だ。けれど、わたしはその時クレーターベアに夢中になっていたので、トーアがいることに気がつかなかった。
初めて顔を合わせて挨拶をした時にお礼を言われてびっくりしたのは、つい最近のことだ。
それからすぐにわたしは奴隷商人たちに襲われ、そこでセラに出会った。トーアと会うのはあの時以来なので、当然、彼がセラを見るのは初めてになる。
「この子はセラよ! 最近新しくできた、わたしのお友達なの。セラ、トーアは近くの村の子なんだけど、最近仲良くなったのよ!」
「あ……わたしは、その……」
元気よく二人を紹介してみたものの、なんだかセラの様子がおかしい。
「セラ?」
顔をのぞき込めば、セラは真っ青になって震えていた。
「……きみ、もしかして獣人族?」
「っ!」
トーアがそう指摘すると、セラはビクッと体を強張らせた。
……あっ! そういえば獣人族って、人間族から嫌われているんだったわ!
気軽に紹介してしまったのは、迂闊だったかもしれない。というか、セラを外へ連れ出す時は、耳としっぽを隠せる服を着せてあげるべきだったと、今さらながら気がつく。
トーアがわたしの友達につらくあたるようなひどい人だとは思わないけれど、トーアは人間族なので、二人が仲良くなれるとは限らないのだ。
「あ、あのね、セラは……」
「うわぁ。僕、獣人族の人に初めて会ったよ。本当に、本に書いてあったとおりなんだね」
トーアが目を輝かせて、セラの頭の上にある大きな耳を凝視する。
「……え?」
セラは驚いたように目を瞬いた。
「珍しいね、こんなところに獣人族がいるなんて。獣人族は人里離れた場所に群れで暮らすのが普通だって本に書いてあったから、この森で会えるなんて思ってもみなかったよ。それにしてもその耳、不思議だなぁ。僕たちの耳がある場所はどうなってるの? あ、いきなりこんなこと聞いたら失礼だよね、ごめん」
興味津津というようにセラを見つめながら一人で話し続けていたトーアが、我に返って申し訳なさそうに頬をかいた。
「あの……トーアさんは、獣人族がお嫌いではないのですか?」
「え、どうして? あっ。そういえば、昔は獣人族に対してひどい差別があったらしいけど……でも、帝国法ではもう禁止されてるはずだよね? もしかして、実際はまだそういう風習が残ってるの?」
質問したセラが、トーアの答えにうろたえつつも、コクリと頷いた。それを見て、トーアは眉を下げた。
「そうなんだ……。でも、僕はすごく素敵だと思うよ。その耳としっぽ!」
「えっ、あの、ええと?」
……あ、そういえば、トーアはプーニャ好きなんだったわ。
トーアがセラのフサフサの耳を褒めるのを聞いて思い出した。トーアは以前会った時も、すごくクロに触りたそうにしていた。クロには拒否されていたけれど。
思わずクロへ視線を向けると、クロも同じことを思い出していたのか、少し嫌そうな表情になっていた。
目を輝かせるトーアの様子を見れば、彼が本心からそう言っていることはすぐにわかる。
それに、トーアはわたしが何者であっても構わないと言ってくれた人だ。他の人たちよりちょっと力が強いことも、誰にも話さずにいてくれるいい人なのだ。セラのことだって、心配する必要はなかった。
セラはトーアの好意的な態度に戸惑っているようだが、とりあえずトーアがセラと仲良くなれそうなことに、わたしはホッと一安心したのだった。
……わたしの友達って、みんないい子ばっかりね!
「キアラたちは、森へ採集に来たの?」
「そうよ。いつもはクロと二人なんだけど、今日は、ブ……領主様がお母さんに会いにやって来る日だから、セラも一緒に来たの」
「領主様が?」
わたしは、トーアに領主が毎週無の日にやってくることを伝えた。
「お母さま、心配ですね……」
「うん……」
セラの言葉に同意して、思わず二人でしゅんとしていると、トーアも心配そうな表情になった。
「心配だね。特に今日は、領主様の機嫌が悪い可能性が高いから……」
「えっ、そうなの!?」
わたしが驚いてトーアを見ると、彼はコクリと頷いた。
「つい先日、領主様の怒鳴り声が部屋の外まで響いてたことがあったんだって。なんでも、それ以来領主様はずっと不機嫌で、屋敷で働いてる人たちがぼやいてるみたい。嫌なことがあったからって、使用人にあたるのはやめてほしいって。何があったのかわからないけど、とにかく、領主様の虫の居所が悪いのは確かだよ」
「そ、そんな……」
今では、村中にその話が広まっているらしい。最近は村へ行っていないので、全く知らなかった。
……ブーゴン男が、お母さんにひどいことをしていたらどうしよう?
「お母さんが心配だわ。今すぐ帰って、無事かどうか確かめなくちゃ」
「でも、訪ねて来た時にキアラさんがいると、領主様はいつも不機嫌になるって言っていましたよね? わたしたちが帰ると、余計に怒らせてしまうんじゃ……」
何事もなければいいけれど、わたしたちが様子を見に行くことで領主の機嫌がさらに悪くなって、母を困らせることになっては元も子もない。
……でも、今頃ひどく扱われているかもしれないお母さんを、このまま放っておくなんてできないわ。一体どうしたらいいの!?
《領主に気づかれない距離から、そっと様子を窺ってみればいいんじゃないか?》
わたしが頭を悩ませていると、クロからそんな念話が飛んできた。わたしはパッと顔を明るくする。
「それよ、クロ!」
「……クロ?」
思わず出てきたわたしの言葉に、セラとトーアが揃って首を傾げた。クロの念話は、わたしにしか聞こえないのだ。
「あっ、いや、その……なんでもないのっ!」
ふるふると首を横に振ってごまかしてみたが、どう考えても口をすべらせてしまった。二人とも、不思議そうな顔でわたしを見ている。
クロが半目になっているのを見ると、何も言わなくても、呆れられているのがすぐにわかった。「やっぱりキアラはバカだな」なんて、思っているのかもしれない。
「ええっと、そう。クロがいつもわたしたちのやりとりを邪魔しないよう大人しく見ているみたいに、領主様に気づかれない距離からそっと様子を見てみるだけなら、大丈夫じゃないかなと思ったの!」
「あぁ、なるほど」
「それなら、大丈夫かもしれません!」
どうにかごまかせたらしい。二人とも頷いてくれたので、さっそくみんなで家へ向かうことにした。
「トーアも一緒に来てくれるのは嬉しいけど、森で用事があったんじゃないの? 大丈夫?」
「森へは薬草を探しに来ただけだから、問題ないよ。いつでも採取できるから。それより、僕もキアラのお母さんが心配なんだ」
優しいトーアらしい答えに、わたしは緊張していた心が少しだけ和らいだように感じた。
「ありがとう、トーア!」
家が近づいてくると、わたしたちはだんだんと歩みをゆるめた。家にいるだろう領主と、その周囲にいるはずの領主の護衛たちに気づかれないようにするためだ。
母のことが心配で逸る気持ちを抑えつつ、こっそりと様子を窺うため、なるべく音をたてないように草の生い茂る道を進んだ。
「……見えたわ。でも、特に物音はしないみたい」
視力と聴力を強化して、まだ遠くに見える家の様子を見てみるけれど、特におかしなことはないようだ。家はわたしたちが出てきた時と変わらない状態でそこにある。
「えっ。キアラ、ここから家の様子がわかるの?」
視力を強化していないと、まだ豆粒ほどの大きさにしか見えない距離だ。トーアたちには、ほとんど様子なんてわからないだろう。
「うん。わたし、わりと目と耳がいいの!」
「す、すごいね」
わたしが強いということは知っているはずのトーアだが、視力を強化できることなどは知らないので、驚いたようだ。わたしはふふんと口元に笑みを浮かべながら、もう一度家のほうを良く観察してみた。
すると、ある違和感に気づく。
「うーん。さすがに家の中の様子まではわからないけど、なんだか不思議なくらい静かな気がするわ。……もしかして、今日は領主が来ていないのかしら? そういえば、周囲に領主の護衛の人たちもいないし」
でも、なんというか、そもそも人の気配がない気がする。母がいるはずなので、そんなはずはないのだけれど。そう言うと、トーアがサッと顔色を変えた。
「え、それって……」
「トーア?」
「……キアラ、家の様子をちゃんと見てみよう。嫌な予感がするんだ。もしかしたら、急いだ方がいいかもしれない」
「えっ、う、うん。わかった!」
真剣な表情をしたトーアにそう言われて、わたしたちは足を速めた。嫌な予感がするという言葉が、わたしの心にも不安をもたらす。
……まさかね? 嫌がらせをしたり会うことを強要したりはしてたけど、今までずっと、無理矢理連れて行くようなことはなかったもの。お母さんは、ちゃんと家にいるわよね?
そう自分に言い聞かせていたけれど、悪い予感は当たるものらしい。開け放たれたままのドアを見れば、それがすぐにわかった。
「お母さん!」
わたしは明らかに何かあったと思われる家の中へ勢いよく飛び込んで、視界に広がった光景に息をのんだ。
「これは……」
「そ、そんな……」
家の中には誰もおらず、そして荒れていた。
母が用意したと思われる二つのカップは、中身とともに床に散らばり、椅子は横に倒れていた。
母は、すでに領主に無理矢理連れて行かれてしまったあとだったのだ。




