誓い
淡々とそう話すクロだが、内容はとんでもないものだった。思わず声が震え出す。
「か、体が崩壊って……? 魔力が多すぎると、そんなことになっちゃうの?」
《どうも、そうらしい。基本的に魔力暴走は幼い子供が起こすもので、まだ魔力の少ない時期だからそれほど問題になってもいなかったけど、器に合わない膨大な魔力は身を滅ぼすってことかもな》
「そんな……」
……それって、クロが死んじゃうかもしれないってこと? だから今、クロは崩壊しそうな体にいられなくて、プーニャへ精神を移しているの?
《さっきも言ったけど、オレは家族から良く思われていなかったから、少し前に別の場所へ移動させられてたんだ。オレはそこでも度々魔法を暴走させてたし、なかなか馴染めなかった。ついに魔力暴走で体が崩壊し始めた時、周囲にいた人や建物にまでかなり被害を出してしまって、危険だからってことで、人の来ない場所へ閉じ込められた。さすがに苦しくて、もう死ぬんだろうなって思ったんだけど、精霊たちが助けてくれたんだ。……まぁ、それがオレの精神をこのプーニャへ移すっていう方法だったんだけど》
説明を終えたクロが、半目になって軽くため息を吐いた。
よほどプーニャの姿が気に入らないらしい。
「元の体は、今も無事なの?」
《無事と言えるかどうかは微妙だけど、生きてはいるはずだ。まだなんとなく繋がっているからわかるけど、体が完全に崩壊しているなら、オレは今ここにはいないはずだから》
元の体を失えば、プーニャの中にいる精神も無事ではいられないらしい。平然と言っているように見えるけれど、それはクロが、いつ突然死んでしまうかもわからないということではないだろうか。
そんなのは嫌だ。なんとかして、クロを助けたい。
わたしはグッと拳に力を込めて、決意を新たにする。
「あっ。そういえば、初めて会った時、空から降ってきたのはどうして?」
《あー……》
クロがちらりとわたしを見た。そして、おもむろに星が瞬く夜空へと視線を戻す。少しの間が空き、涼しい夜風が頬を撫でた。
そしてようやく、クロが話し始める。
《オレにもわからない。精霊たちに、勝手に移動させられたんだ》
「ええ?」
そう言うクロの様子は、なんだか少し引っかかるものだった。もしかしたらまだ何かを隠しているのかもしれないが、言いたくないのなら、そこは特に突っ込んで聞くつもりはない。
でも、一番大切なことは聞いておかなければ。
「クロを元の体に戻して、そのあとも魔力を暴走させないようにする方法はないのかな?」
《…………》
わたしが核心をつく言葉を口にすると、クロは再びわたしに目を向けた。
《……精霊たちによると、方法がないわけじゃないらしい。でも、具体的にどうすればいいのかは、教えてくれないんだ。本当は、オレを慰めるためにそう言ってるだけで、もうそんな方法はないんじゃないかと思ってる》
「えっ、どうして!?」
クロが悲しいことを言うので、わたしはガバッと身を乗り出した。クロへ必死に言い募る。
「精霊たちが、方法はあるって言ってるんでしょ? 諦めちゃだめ! わたしも出来ることがあれば協力するから、元の姿に戻れるよう頑張ろうよ!」
クロが驚いた顔で瞬きをする。そして、理解できないというように顔をしかめた。
《なんで、キアラがそんなことを言うんだよ? キアラには関係ないだろ。オレがどういう存在なのかわからないままなのは気味が悪いだろうから話したけど、オレのために何かしてもらおうと思ったわけじゃない》
「えっ?」
今度はわたしが驚く番だった。クロがなぜそんなことを言うのか、わたしの方が理解できない。
「そんなの、クロが大切な友達だからに決まってるじゃない!」
《……は?》
クロは本気でびっくりしたように目を見開いて固まっている。そんなに驚かれるなんて、なんだかショックだ。
「なによ。クロはわたしのこと、友達だと思ってないの? 友達だから、わたしにだけは話そうと思ってくれたんじゃないの? わたしにとって、クロはすっごく久しぶりにできたお友達だったのよ。困ってるなら、もちろん助けてあげたいわ。それに、クロだっていつもわたしを助けてくれていたじゃない。お返しをしたいと思うのは、そんなにおかしなこと?」
若干恨みがましい目を向けながらクロへそう言った。少しふくれっ面になっているかもしれない。
《……いや、そうじゃない、けど……》
まだ驚いた顔をしているクロに、キッパリと告げる。
「わたしは何があってもクロの味方よ。クロを助けられるなら、なんでも力になるからって、精霊たちに言っておいてね!」
《…………》
クロは戸惑ったように視線をさまよわせたあと、やがて顔をしかめて目を伏せた。たぶん、照れているのだと思う。
《……わかったよ》
クロが頷いてくれたので、とりあえず満足である。精霊たちが方法はあると言っているのに教えてくれないのは、きっと何か理由があるのだろう。その時が来れば、教えてくれるに違いない。わたしはその時、絶対にクロを助けてあげるのだ。クロがいなくなるなんて、わたしは絶対に嫌なのだから。
「あっ、そういえば、聞かなきゃいけない大切なことが、まだあったわ」
《なんだよ?》
わたしは訝しげに首を傾げるクロへ質問した。
「クロの、本当の名前ってなんなの?」
《は?》
クロは呆気にとられたように、目をパチリと瞬いた。
そんなに驚くことだろうか。黒いプーニャだからクロと名付けてしまったけれど、元の名前はきっとそうじゃないだろうから、きちんと知りたいと思ったのだ。
《……ノアルード》
クロが、小さな声でそう言った。
「ノアルード?」
《そうだよ》
「へえ、かっこいい名前ね!」
《そりゃ、クロよりはな》
「なっ、なによー! クロも、わかりやすくて可愛くて、いい名前じゃない!」
わたしは頬をふくらませた。
「じゃあ、これから二人でいる時は、本当の名前で呼ぶね。でもちょっと長いから、ノアって呼んでいい?」
《別にいいけど、やっぱりちゃんと呼ばないのかよ……》
「えへへ」
そんなやりとりをしていると、話が一段落して安心したからか、ふわぁっとあくびが込み上げてきた。
「うーん、なんだか急に眠くなっちゃった。そろそろ戻ろう」
《そうだな》
丘を下ろうと立ち上がった時、スッと夜空に線を描く、ひとすじの流れ星が見えた。
「わぁ! 今の見た? クロ、じゃなかったノア!」
《見た見た。ていうか、ややこしいからこの姿の時はもうクロって呼べよ。キアラはそばに誰かがいても、すぐに間違って呼びそうだし》
「う、ううう……」
悔しいけれど、クロの言う通りである。仕方ない。ノアと呼ぶのは、ちゃんとクロが元の体に戻れてからにしよう。
「いつか絶対に、あなたを元気な姿で元の体に戻して、ちゃんとノアって呼ぶんだから!」
《……ああ》
そう言って先に行ってしまったクロの表情は見えなかったけれど、いつもより少しだけ、声音が柔らかいような気がした。
わたしは夜風に吹かれながら、満天の星空へ、この決意を改めて誓ったのだった。




