帰ってきました
「お母さんっ!」
「……キ、キアラ……!?」
奴隷商人たちから逃げ出して、まる一日ほど経った昼。
わたしは、クロとセラを連れて、母のいる家にようやく帰って来ることができた。
町から村の近くまで乗り合い馬車も出ているようだったが、お金もなかったし、なによりセラを見た町の人が嫌そうに顔をしかめたので、走って帰ることにしたのだ。
セラがびっくりしていたが、セラをおんぶして山道を走るくらい、わたしにはなんでもなかった。ただ、少し距離があったので、途中で一晩野宿することになってしまった。セラをおぶっていると、さすがに無茶な走り方はできないので、どうしてもスピードは遅くなる。
そしてようやく見慣れた小さな家が見えてきて、わたしはノックもせず、勢いよくドアを開けた。少しでも早く会いたいと思っていた母は、割れたガラスが散らばる部屋の中で、ベッドに腰掛けてうなだれていた。
あまり食事を摂っていなかったのか、たった一日離れていただけのはずなのに、なんだかやつれているように見えた。
そんな母が、わたしのもとへ駆けてきて、ガバッとわたしを抱きしめた。
「キアラ、キアラ。本当にキアラなの? 一体どうやって……!」
母が涙を流しながら、わたしの体のあちこちを触って無事を確かめている。わたしはにへっと笑って、母に抱きついた。
「心配かけてごめんなさい。あんなやつらはぶっ飛ばしてきたから大丈夫よ。わたしを奴隷にしようとしていた奴隷商人だったみたいだけど、捕まってた人たちを逃がして通報もしてきたから、もう大丈夫だと思うわ」
「……な、なんてこと……。でも、本当に無事で良かったわ、キアラ……」
母はそう言って、再びわたしを優しく抱きしめた。
その時、クロがわたしの肩から顔を出し、母に自分の存在を主張した。
「まぁ、クロ。あなた、やっぱりキアラと一緒にいたのね! ふふ。もしかして、キアラを守ろうとしてくれたのかしら?」
クロを撫でながら母は冗談のようにそう言ったが、実は、全くその通りだった。クロが一緒に来て色々と助けてくれていなければ、わたしは今、ここにいなかっただろう。
……無事に帰って来られたし、後でちゃんと、クロに話を聞かなくちゃね。
クロを撫でていた母が、ふとセラの存在に気づいて顔を上げる。
「あら? キアラ、この子は?」
「あ、えっとね、セラっていうの。奴隷商人のところに捕まっていたんだけど、友達になったのよ。行くところがないって言うから、一緒に連れてきたの」
「まぁ、そう……」
母に見つめられて、セラはビクッと肩をすくませた。不安そうに瞳を揺らしている。そんなセラに、母はにっこりと笑いかけた。
「いらっしゃい、セラ。良く来たわね。こんなところだけれど、幸い、今は食べ物がたくさんあるの。すぐに用意するわ。服も、キアラのものでよければ貸してあげましょうね」
セラの服はあちこち汚れたり破れたりしていて、ボロボロだった。わたしの服だって別にたいしたものではないけれど、着替えないよりはいいだろう。
「えっ、でも、あの……い、いいんですか……?」
戸惑うようにおろおろするセラに、母はクスクスと笑う。
「子供が遠慮なんてしなくていいのよ。大変だったわね。狭い家だけど、好きなだけここにいるといいわ」
母の言葉に、セラが目を潤ませる。ぐっと涙を堪えるように下を向くと、小さな声で「ありがとうございます」と言った。わたしはその横で、にこにことそんなセラを見ていた。
……ほらね。お母さんは優しいって言ったでしょう?
母の優しい笑顔を見ていると、ふと口元が赤くなっていることに気がついた。
「あれっ? お母さん、怪我をしてるの!?」
「え? ああ、少しね。大した事ないから、大丈夫よ」
「でも、よく見たら、血があちこちについてるわ。それに、ほっぺたはすごく痛そうよ」
よく見たら、母はあちこち傷だらけだった。すでに血は固まっているので、わたしが気絶してしまったあと、あいつらからやられたに違いない。それなのに、今まで全く手当をしていなかったようだ。たぶんそれどころじゃないくらい、母に心配をかけてしまっていたのだろう。
「……あ、あの、よかったら、わたしに治させてもらえませんか?」
「え?」
「あっ、そうか。お母さん、セラはね、治癒魔法が使えるのよ!」
わたしがそう言うと、母は驚いたように目を瞬いた。
「まあ、そうなの? じゃあ、お願いしてもいいかしら」
「はい、任せてください!」
セラが手をかざすと、優しい光が母を包んだ。すると、母の傷はみるみるうちに治っていった。
「まぁ、すごい! 少しも痛くなくなったわ。ありがとう、セラ」
母からとびきりの笑顔を向けられて、セラも照れくさそうに微笑んだ。
「さあ、まずは、二人とも体を洗っていらっしゃい。その間に、着替えや食事を用意しておくわ」
セラと二人で水場へ行き、体を洗って着替えを済ませると、セラは見違えるほど可愛くなった。
「わあ! セラって、やっぱりすごく可愛いわ!」
「そ、そんなことないです。キアラさんの方が、ずっとずっと可愛いじゃないですか」
セラは照れて真っ赤になってしまった。そんな姿も可愛かった。
その後、みんなで昼食を食べた。
セラは美味しいと喜んでいたが、すぐにお腹がいっぱいになってしまった。
セラはすごく細いのに、あまり食べられないなんて心配になったけれど、今までまともに食事できていなかったのが原因らしい。だんだん食べられる量が増えるはずだと母が言っていたので、少し安心した。
「ゲホッ、ゴホッ」
「お母さん! 大丈夫!?」
母が急に咳き込んだので、わたしは背中をさすってあげた。でも、その顔色はとても悪い。
「だ、大丈夫よ。昨日から、あまり眠れていなかったせいかしら。少しだけ、疲れたみたい。悪いけどお母さん、ベッドで休むわね」
「う、うん。手伝うわ」
わたしは母を支えながら、ベッドへ連れていった。
「ごめんなさいね、セラ。せっかく来てくれたのに、わたしったら……」
「そ、そんな。気になさらないでください。わたしこそ、体調が良くないのにいきなり来て、ご迷惑をおかけしてしまって……」
セラまで顔を真っ青にしているので、わたしは母に毛布をかけてあげると、セラに説明するため、一緒に外へ出た。
「セラ、言ってなくてごめんね。わたしのお母さんは、あんまり体が強くないの。それなのに、ゆっくりできる環境でもないし、今回はわたしがすごく心配をかけちゃったから……」
「……そうなんですね。あの、もしかして環境って、昨日言っていた事情というのが関係しているんですか?」
セラはわたしが友達になってほしいと言った時に、事情があると伝えたことを覚えてくれていたようだ。
わたしは、母が領主に目をつけられて仕事や家を追われ、ここへ住むことになった経緯を話した。
「そんな事が……。それならわたしが来たことは、やっぱりご迷惑だったのでは……」
「ううん、そんなことないわ! それに、わたしが狩りや採集へ行く時、セラがお母さんのそばにいてくれると心強いもの。クロはいつもわたしについてくるから、いつもお母さんを一人にしちゃうのが心配なの。もちろん、セラが嫌じゃなければだけど……」
「も、もちろんわたし、精一杯看病します! というか、わたしが怪我だけでなく病気も治せたらよかったんですけど、治癒魔法は病気には効果がないみたいで……」
しゅん、とセラがうなだれた。
「そうなのね。でも、怪我を治せるだけでもすごいし、さっきはお母さんの怪我を治してくれて、とっても助かったわ! それって、神様に愛された聖女だけが使える魔法なんでしょう?」
「あ……」
セラが言い辛そうに視線を逸らす。
……何か、まずいことを言ってしまったかしら?
「わたしは、聖女ではありません。少しだけ神殿にいたんですが、獣人族だとわかると、聖女様を騙るなと言われて、追い出されてしまいましたから」
「ええっ、なにそれ!?」
治癒魔法が使える人は聖者や聖女と呼ばれて神殿で大切に保護されるという話が、まさか獣人族だから当てはまらないというのだろうか。信じられない。みんな、どれだけ差別が好きなのだろう。
「セラは間違いなく聖女よ! だって、ひどい態度を取ってくる人たちにも、見返りもなく治癒魔法をかけてあげていたじゃない。それに、お礼を言われなくたって怒らなかったわ。わたしだったら、絶対に怒ってるもの!」
わたしがプンプン怒っていると、セラが少しポカンとしたあと、クスッと笑った。
「いいえ。わたしは……誰かに対して怒っても、意味がないと諦めているだけです。でも、キアラさんは本当に優しい人ですね。キアラさんの方がずっと、聖女みたいだと思います」
「うぇ!?」
何を言うのだろう。わたしみたいに力が強くて狩りが得意で、頑丈な聖女なんているわけがない。正直、まるで正反対だと思う。
「本当ですよ。聖女どころか、わたしには女神様にさえ見えます。神様は今まで一度もわたしを助けてくれたことはなかったけど、キアラさんはわたしを助けてくれました。だから、キアラさんはわたしの女神様なんです」
大げさすぎる。
わたしはヒクッと口端を引きつらせた。
強く否定したいが、セラがキラキラした笑顔で話すので、わたしはつい言葉に詰まった。
昨日からずっと一緒にいるけれど、セラはずっと申し訳なさそうな顔か、悲しそうな顔をしていたので、セラの笑顔が見られたのはとても嬉しい。
「……わたしはそんな大層な存在じゃないけど、別になんでもいいわ。セラが笑って、わたしの友達でいてくれるなら」
そう言うと、セラはとても嬉しそうに笑ったのだった。




