幕間 セラ(前編)
わたしはセラ。プーニャのような耳としっぽを持つ、獣人族だ。
世界中のほとんどの人たちは人間族であり、獣人族は、なぜかみんなに嫌われている。
人間族に見つかれば、顔をしかめられたりひどい言葉を吐かれたり、石を投げられたりするので、いくつかの獣人族の家族がまとまって小さな集落を作り、寄り添って暮らしていた。
不便で貧しい暮らしだったが、獣人族は身体能力が高いので、みんなで協力してなんとか生活していた。
みんな、力持ちで素早く動けるので、魔獣の肉を狩ったり、視力を活かして食べ物を見つけたりするのも得意だった。
……でも、わたしは。
「おい、セラ。お前は本当に役立たずだな。いつになったら、まともに動けるようになるんだ?」
今日も、集落の仲間からそんな言葉を投げかけられ、嫌なものを見る目で睨まれた。
みんなほど速く動けず、体力もなく、視力もそれほど良くない。なぜかわたしには、獣人族として誇れる能力が、何ひとつなかった。
「ご、ごめんなさい……」
今日も、狩りで足を引っ張ってしまった。わたしはまだ六歳だけれど、獣人族は成長が早いので、本来ならばもう一人前の動きができていてもおかしくないはずなのに。
わたしよりもひとつ年下の女の子だって、今日は二匹も獲物を仕留めていた。それなのに、わたしは獲物を仕留めるどころか、すぐに疲れて移動もままならず、みんなの足を止めてしまっている。
……どうして、わたしはこうなのかしら。見た目はみんなと同じ獣人族なのに、どうしてみんなと同じようにできないの?
悲しくて申し訳なくて、何を言われても、言い返すことなんてできない。役に立たないのに、ごはんだけは食べるのだから、責められるのも仕方ないのだ。
そんなわたしなので、家の中にも、居場所はなかった。
お父さんやお母さんも、わたしのせいで集落のみんなから冷たい目で見られているから、それも当然だった。
それでも、両親はわたしを捨てることなく育ててくれているので、わたしは感謝しなければならない。
――でも、弟が生まれてから、両親は以前よりもずっと、わたしに冷たくなった。
「お母さん、おなかすいた……」
「…………」
弟を抱きながら、母がちらりとわたしに視線を向けた。けれど、すぐに腕の中の弟へと視線を戻した。
最近、両親はこうしてわたしを無視することが増えた。
みんなで助け合う集落の中で、一人だけ役に立たないどころか、いつまでも足を引っ張っているわたしのことなんて、見たくないと思っているのかもしれない。
だから、ここ数日は何も食べることができていなかった。
でも、もう限界だった。
「お、お母さん。すみません。おなかがすいたので、何か食べものをもらえないでしょうか……?」
「……」
丁寧にお願いしてみると、母は仕方なさそうに食べ物をくれた。固くなったパンひとつだったけれど、わたしはお礼を言い、必死になってそれを食べた。
それから、わたしはいつも、誰に対しても丁寧に話すことにした。そうすると、少しだけ周囲の態度が和らぐことに気がついたからだ。
それから一年経っても、二年経っても、わたしは相変わらず役立たずのままだった。
転機が訪れたのは、わたしがもうすぐ九歳になるころだった。
わたしは狩りでへまをして、怪我をした腕を押さえていた。大きく裂けた皮膚から血がどんどん出てきて、わたしはとても怖かった。痛くて痛くて、でも、誰もわたしを心配なんてしてくれなかった。
「……治って、治って。お願いだから……」
必死で祈ると、不思議なことに、温かい光が傷口を包んだ。びっくりして手を離すと、なんと傷口が綺麗になくなっていたのだ。
これは人間族の聖女様だけが使えるという、治癒魔法というものらしい。どうして獣人族であるわたしが使えたのかはわからないが、その時から、また少しわたしはおかしな存在だと思われるようになったらしい。
元々みんなと違って体力もなく、身体能力も高くないため浮いていたというのに、人間族しか使えないはずの治癒魔法を使えるようになってしまったのだ。
周囲からの、気味の悪いものを見るような視線が、その日からあからさまになった。
そしてそれは、両親も同じだった。
悲しくて、でもどうしていいのかわからなくて、夜はいつも一人で泣いていた。
みんなに気持ち悪い子だと、いらない子だと思われながら生活するのは辛かったけれど、ここを出て一人で生きていける自信はなかった。ただひたすら、息を殺して暮らすしかなかったのだ。
――しかし、そんな日々も終わる時がやってきた。
「セラ、神殿へ行きなさい」
久しぶりに名前を呼ばれたかと思えば、母が不気味なほど機嫌の良さそうな声でそう言った。うっすらと笑顔さえ浮かべている。母に笑顔を向けられたことなんて、一体何年ぶりだろうか。
その横では、父が何も聞こえていないかのようにわたしに背を向けて、弟を寝かしつけている。
「し、神殿……?」
「そうよ。あなたみたいに治癒魔法が使える子は、神殿へ行って聖女として暮らすのが当然だそうよ。良かったわね、ここにいるよりいい暮らしができるわよ」
やっと厄介払いができるから、これほど上機嫌なのだろうか。でも、わたしは神殿に行くのが怖かった。わたしが出来そこないの役立たずだから誰にも愛されないことはわかっているけれど、少なくとも今までは、生きていられるだけの世話をしてもらえていた。それは、きっと血がつながった家族だからだ。
けれど、神殿へ行けば、わたしを知っている人は誰もいない。わたしが役立たずだとわかったら、すぐに捨てられてしまうかもしれない。
でも、わたしの意見なんて聞こうともしない両親に、行きたくないなんて言えなかった。
出発の日、わたしはいつもの着古したボロボロの服ではなく、新しいワンピースを着せられて、近くの町の入り口に母とともに立っていた。秋も深まってきて少し冷える日だったが、フードのついた上着のおかげで、とてもあたたかかった。
母も今日は小綺麗な服を着て、帽子までかぶっている。しっぽもスカートに隠れているので、こうしていると、まるで人間族の親子のようだと思った。
そろそろお迎えが来る時間になるという時、母はわたしの頭にフードをしっかりとかぶせると、低い声でこう言った。
「いい? 決して獣人族だと知られないようにしなさい。これをいつも被っていればバレないわ。しっぽも絶対に服から出してはダメよ」
わたしは驚いて母を見つめた。
どうやら、わたしが獣人族であることを、神殿の人たちは知らないらしい。いくらフードがあっても、すぐにバレてしまうのではないだろうか。
「あ、あの、おかあさ……」
「シッ! 来たわよ」
母は笑顔で神殿の人たちを迎えた。
三人いる神殿の人たちはとても優しそうな人たちだったが、わたしは種族を隠さなければならないことが心配で仕方がなかった。
「はじめまして。君が新たな聖女様かな?」
「えっ、わ、わたし……」
何と答えていいのかわからず口ごもると、母が小さく舌打ちをした。わたしはビクッと肩をすくませる。
「ええ、そうです。間違いありません。娘は、治癒魔法が使えますから」
「そうですか。では、一応確認させていただきます。お嬢さん、この植木鉢に、あなたの力を使っていただけますかな?」
母が聞いたこともない声音と話し方で、神殿の人たちと会話をしている。わけがわからなくて混乱したけれど、わたしは神殿の人たちから言われた通りに、萎れた花が植えられている植木鉢に向かって、力を使ってみた。
すると、なんと花はみるみる力を取り戻し、美しく咲いたのである。
「おお……」
「間違いありません、聖女様です!」
「新たな聖女様の誕生だ!」
癒やしの魔法は、植物にも効果があるのだと、わたしはこの時に初めて知った。元気を取り戻した花を見て驚いていると、神殿の男の人が、母に小さな袋を手渡した。ジャラリという音が、いやによく耳に響いた。
「ご報告、ありがとうございました。これで、この方は聖女様となりました。あなた方との縁はこれまでとなりますが、よろしいですね?」
「ええ、もちろんです。セラ、しっかり聖女としてのお務めを果たすのですよ」
母はわたしを渡す代わりに、神殿からお金を受け取ることになっていたようだ。最後に見たこともないようなとびきりの笑顔を向けられたが、わたしは笑顔を返すことなんてとてもできなかった。
今さら、母がそれを気にするとも思えないけれど。




