治癒魔法
殴り飛ばした男に向かってそう言ってみたけれど、ズルズルと床に崩れ落ちたあとピクリとも動かないので、たぶん聞こえていなかったと思う。
でも、ずっとニヤニヤ笑いながら女の子がいたぶられる様子を見ていた周りの男たちにも言いたいことだったので、別にいいのだ。彼らが口をあんぐりと開けて固まっているのを見て、少しだけスッキリできた。
わたしは、呆然とこちらを見ている女の子に駆け寄って、声をかけた。
「大丈夫? ……うわぁ、赤くなってるわ。痛いよね?」
「……あ、あの……」
痛そうな痣のあるほっぺたに目を向けると、戸惑うように声を震わせながら、彼女はなんとか返事をしてくれた。わたしを見つめる、まんまるで茶色い目と目が合って、初めて彼女がとても可愛らしい顔立ちをしていることに気がついた。
同い年くらいなのに、そんなふうに潤んだ目を向けられたら、なんだかわたしが守ってあげなければという気持ちにさせられる。
……こんな子を殴るなんて、本当にどうかしてるわ!
わたしが改めて男たちの行動に憤慨していると、通路の方から、誰かの低い声が聞こえてきた。
「……治療しろ」
声の主を探して視線を向ければ、ひときわ悪そうな人相をしたマッチョの男が、恐ろしい顔をして女の子に凄んでいた。他の男たちとは一線を画す、威厳のある態度である。もしかしたら、この中では一番偉い人なのかもしれない。
しかし何と言っても、彼の特徴はその頭部にある。
……つ、ツルピカだわ!
わたしはマッチョな男のハゲ頭を、思わずまじまじと見つめてしまった。初めて全く髪がない人を見たので、それも仕方ないと思う。村にいるおじいさんたちは髪が少なくなっていたけれど、この人は若いのに、どうしてこれほどツルピカなのだろうか。
しかし、すぐにそんなことを考えている場合ではなくなってしまった。
「ううっ……!」
獣人の女の子が、急に首輪を押さえて苦しそうにうずくまったのだ。
「えっ、なに? どうしたの!?」
「聞こえなかったのか? 早くソイツを治療しろ。今のお前の主人は、この俺だぞ」
「や、やめてくださ……熱、ああっ!」
男がさらに強い口調でそう言うと、首輪の模様がだんだん赤く光り始め、ジュウッという肌の焼ける嫌な音がした。命令に従わなかったので、女の子の首輪が高熱を持ち、火傷をしてしまっているようだ。
……どういうこと!? こんな状態で、他の人の怪我を治療しろって言ってるの? そもそも、どうしてこの子だけにそれを命令するの!?
「わ、わかり、ました……っ!」
わたしは混乱していたが、彼女はわたしの疑問をすぐさま吹き飛ばした。
わたしが殴り飛ばして気絶している男に向かって彼女が手を伸ばすと、淡い光が男を包み込んだのだ。そして、赤く腫れ上がっていた頬が、みるみる元の色と形に戻っていく。
「え……!?」
治癒魔法。
それは神の祝福を受けた者たちだけが使えるという、珍しい魔法だ。まさかこの子が、その使い手だったなんて。
……でも、治癒魔法が使える人は珍しくて貴重だから、例外なく教会所属の聖者や聖女として保護されるって聞いたことがあるわ。それなのに、この子はどうしてこんなところにいるのかしら?
わたしの頭に疑問符が浮かぶ。
聖女なら、奴隷になんてなるはずがないのに。
「目を覚まさねぇが、どうなってんだ?」
「け、怪我は治っているはずです。気を、失っているだけかと……」
低い声で飛んできた質問に、女の子が苦しげに答える。けれど、首輪の温度は戻っているのか、だんだんと息が落ち着いてきていた。
「フン」
その様子を見て彼女がきちんと命令をきいたことがわかったのか、ハゲ男は彼女から興味をなくしたように視線を外す。そして、ギロリとわたしにその鋭い視線を向けた。
「つーかてめぇ、なんで首輪をしてない? 確かにマドンの奴に渡したはずだが」
マドンとは、もしかしてあの髭男のことだろうか。わたしに首輪をはめてきたのは彼なので、きっとそうなのだろう。
「ふん! あんなの、わたしには通用しないんだから。あなたたちの思い通りにはならないわ!」
「はぁ? 何言ってんだ、てめぇ」
ハゲ男が、意味がわからないというように顔を歪める。
奴隷の首輪が通用しないなんて、考えもしないようだ。この人たちは、今まで誰も彼も、首輪をつけることで従わせてきたのだろう。そう思い至って、わたしもムッと顔をしかめた。
「あっ! は、離してくださ……!」
「うるせぇ、静かにしろ!」
獣人族の女の子の声に、ハッとそちらを見ると、彼女が別の男に腕を取られ、どこかへ連れていかれそうになっていた。もしかしたら、わたしが最初に倒した髭男たちを治療させようとしているのかもしれない。
「やめなさいって……!」
わたしは、グッと拳に力を込めた。「ヒィッ」と女の子の手を掴む男が悲鳴をあげる。
「言ってるでしょお!!」
「げほあっ!」
腕を掴んだ男の顔面にパンチを繰り出せば、見事に吹っ飛んでいった。彼は気絶したのか大人しくなったが、わたしの行動はハゲ男の怒りに火をつけてしまったようだ。ピキピキと、彼のツルピカ頭に青筋が浮かぶ。
「……てめぇ、やってくれるじゃねえか。部下の報告は、どうも大げさじゃなかったらしい。チビのくせに、ずいぶんな力自慢のようだな。まさか獣人族か? そうは見えねえが」
……なんか、さっきもやった気がするわ、このやりとり。
「まぁ、別になんだっていい。お前はいい奴隷になりそうだ。特別に、売らずに手元で使ってやる。どうせお前も、首輪をつけりゃおしまいだからな」
「……さぁ、それはどうかしらね?」
ハゲ男はわたしが首輪を壊したところを見ていないので、まだわたしを従わせることができると思っているらしい。
「フン、ずいぶんと身体能力に自信があるようだし、首輪をつけられなきゃ大丈夫だと思ってるのかもしれねえが、少し考えりゃあお前の弱点なんかすぐにわかる」
ハゲ男が言っていることは全くの見当違いだが、彼の浮かべたニヤリとした笑みに、わたしはなぜか嫌な予感がした。
「ガキのくせに……いやガキだからか? ずいぶんお優しい性格のようじゃねえか。さっきから庇っているソイツは俺の奴隷だってこと、忘れてるなら思い出させてやるぜ」




