獣人族の女の子
よく見れば、牢屋の中にいる人たちは全員、先ほどわたしがつけられたのと同じ首輪をしている。
わたしが現れたことに気づいたらしい、檻の中にいる男の人と、一瞬目が合った。
しかし、その人はすぐに視線を地面に落とした。全てを諦めてしまったような彼の無表情に、胸が痛くなる。
《……どうやらあいつらは、奴隷商人だったみたいだな》
頭の中で聞こえてきたクロの声に、ハッと我に返る。クロは、わたしの足元で顔をしかめながら、周囲にいる人たちを見ていた。
「クロ、どうしてあの人たちは、ここに捕まってるのかな?」
《わからないけど、この状態は間違いなく違法だから、まともな理由なんてないと思うぞ。帝国は奴隷制度を禁止しているから、属国となった時点でこのフェルドナも帝国法に従うべきなのに、きっと裏ではこうして以前の奴隷制度がずっと存在していたんだろうな》
クロの弁に、わたしはぎょっとしてクロを見つめた。
……聞いたのはわたしだけど、クロってば、プーニャなのに賢すぎない!?
母から教わったことがある。
ここフェルドナという国は、何十年も前に帝国へ戦争をけしかけ、敗戦して属国となったのだと。
だから、この国は厳密に言うともう国ではなく、フェルドナという名の、帝国の領地なのだ。それをさらにいくつかに分けて、それぞれの地に小領主が置かれているのだとか。その一人が、あのブーゴン男というわけである。
「じゃあ、この人たちが奴隷にされているのはおかしいってことよね?」
《当然そうなるな》
「むうう……!」
……なんてやつらなの。わたしだけじゃなくて、こんなにたくさんの人たちを捕まえて、無理矢理奴隷にしているなんて!
「クロ。わたし、あいつらのこと許せないわ。それに、ここの人たちを逃がしてあげたい!」
《……気持ちはわかるけど、すでに首輪をつけられてる。無理に壊して爆発したら、みんなはキアラみたいに無事ではいられないぞ》
「うっ、ええっと、じゃあ鍵を見つけて……」
《あの首輪、たぶん鍵で開けるわけじゃないと思う。魔道具だから、解除には専用の魔法を使うんじゃないかな》
「ええっ!?」
……そんなの、どうやって外せばいいの!?
《とりあえずここを出て、後で然るべき場所へ報告するのが妥当な対応だと思うけど》
「でも、それだと逃げられちゃうかもしれないわ!」
クロの提案に、わたしは首を振る。
先ほど髭男が言っていたが、首輪を管理している、ボスと呼ばれている人が他にいるらしい。きっと何人もの仲間が、まだ残っているのだろう。
わたしがここを出れば、悪いやつらは当然そのことにすぐ気づくはずだ。わたしが誰かに助けを求めることはきっと想像できるだろうし、騎士や兵士が来る前に、この人たちを連れて逃げようとするに違いない。
そもそも、わたしはここがどこなのか、全くわからないのだ。どこへ報告に行けばいいのかもわからないのだから、助けを呼ぶまで、もしかしたらかなり時間がかかってしまうかもしれない。
どうしたらいいのだろうと頭を悩ませていると、後ろの通路から、どよどよと大勢の人の気配がし始めた。
耳をすませると、かすかに「ガキを探せ!」という荒々しい言葉が聞こえてくる。
《まずいな。俺たちが逃げたのがバレたみたいだ》
「ど、どうしよう!?」
キョロキョロと周囲を見回すも、ここには隠れられそうな場所などない。また、この場所は袋小路になっているので、逃げようもなかった。
そして、まもなく男たちがこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
「とりあえず、クロはここに隠れていて!」
《ちょっ、おい!》
慌ててクロをひっつかみポケットへ突っ込むと同時に、男が一人、いや二人、この場にやってきた。そしてわたしを見つけるなり、大声で叫んだ。
「いたぞ! こっちだ!」
「奴隷どもの部屋にいる!!」
散らばって探していたようだが、やってきた男たちの声によって、他の人たちまで集まり始めた。
やがて、二十人ほどの人相の悪い男たちが集まった。みんな、ものすごい形相でわたしを睨んでいる。
「おい嬢ちゃん。仲間をやったのはオメェか?」
「小せぇナリして、やってくれんじゃねぇの」
男たちは仲間をやられたことで怒り心頭に発しているようだが、それはわたしも同じだった。
「そっちが先に、わたしとお母さんに手を出してきたんじゃない。文句を言われる筋合いはないわ!」
そう言い返すと、相手はピキピキと青筋を立ててさらに怒りを募らせたようだが、知ったことではない。
……わたしだって、怒ってるんだからね!
「きゃあっ! や、やめてください……!」
一触即発といった雰囲気の場に、怯えきった女の子の声が響いた。
何事かと声がした方へ視線を向けると、垂れるように折れたプーニャの耳を頭から生やした女の子が、男たちに檻から連れ出されているところだった。
……あの子、獣人族だわ。初めて見た!
ボサボサになっているアプリコット色の髪と短めのしっぽを振り乱し、わたしと同い年ほどの女の子は、いやいやと抵抗している。彼女の首にも、当然のように奴隷の首輪がはまっていた。
「大人しく言うことを聞け!」
「きゃあっ!」
バチンと、男が女の子の頬を張った。女の子は為す術もなく、床に倒れる。
そのあまりにひどい行動に、わたしはカッと頭に血がのぼった。
「ちょっと、なんてことするのよ!?」
わたしと違って、あの子はかよわそうな女の子なのだ。あんなことをしたら、すごく痛いに決まっている。
「あぁん? コイツが大人しく言うことをきかねぇからこうなるんだよ。悪いのはコイツだろ?」
男は悪びれもせず、わたしの言葉を鼻で笑った。
「それに、コイツは獣人族だ。俺ら人間族に何されたって文句は言えない、下等な存在なんだよ」
わたしは驚いて、言葉を失ってしまった。
母から聞いてはいたものの、獣人族への差別というものを、初めて目の当たりにしたのだ。
こうして、わたしと同じくらいの背格好の女の子が痛みと恐怖に震えているのに、動物の耳としっぽがあるというだけで、この人たちはどうしてこんなにひどいことが言えるのだろう。
……ううん。この獣人族の女の子じゃなくても、理不尽に奴隷にされている人たちがここに大勢いるんだもの。この人たちはきっと、自分たちのことしか考えられないおバカさんばっかりなんだわ!
「さぁ来い。お前のおかしな力を役立ててやろうってんだよ!」
「い、痛いです……!」
女の子の髪をひっ掴んで無理矢理連れて行こうとする男に、わたしは堪忍袋の緒が切れた。
「やめなさいよ、このバカたれー!!」
ボカーン!!
「ぐっぼぇええ!」
男の顔面にパンチをお見舞いすると、男は軽々と吹っ飛んでいった。
獣人族の女の子がパチパチと目を瞬きながら、飛ばされて壁に激突した男を見ている。
そしてその後、わたしに視線を移した。
信じられないというように、ポカンとした顔でわたしを見ている。
「獣人族かどうかなんて関係あるか! 弱い者いじめをするんじゃないっ!!」




