やっつける!
「……奴隷?」
母に聞いたことがある。
わたしが半分は獣人族だと知られたら、人さらいに遭うかもしれないと。そして、奴隷にされてしまうかもしれないのだと。
「そうさ。嬢ちゃんを動けないようにしていたのは、それが届くまでの繋ぎだったんだよ。結構貴重なモンなんで、手持ちがなかったんだ。ボスを説得するのにちょいと時間がかかったが、嬢ちゃんの力を知れば、きっと納得するはずさ。その首輪は奴隷の証であり、それを嵌めた主人に逆らうと、火傷するほどの高熱を発するようになってる。ああ、ちなみに逆らわなくても、主人は自由に首輪の機能を操作することができる。だからこれからは、俺の機嫌を損ねないよう大人しくして、言うことをよく聞くこったな!」
奴隷とは、自分の意思とは関係なく、無理矢理誰かに従い続けなければならない人たちのことだと聞いていた。彼らがそうしなければならないのは、どうやらこの首輪のせいだったらしい。
こういう不思議な道具は今まで見たことがなかったけれど、きっとこれが、魔法使いだけが作れるという、魔道具というものなのだろう。
魔法が込められたたくさんの不思議な道具が、世の中には存在しているらしい。でも、ただでさえ数少ない魔法使いの、そのまた一部の人しか作れないという貴重な道具なので、当然高価なのである。そのため、うちにはひとつもそんなものはない。
村でも、きっと持っている人はほとんどいないだろう。
初めて見る魔道具がこんなひどいものだなんて、ガッカリである。
「なによ、こんなもの……!」
わたしが首輪を壊そうと手をかけると、髭男が右手を出して、待ったをかけた。
「おっと、やめておけ。その首輪は、無理に外したり壊したりすると、爆発するようになってんだ。首元で爆発なんてしたらどうなるか、嬢ちゃんでもさすがにわかるだろ?」
髭男がニヤリと口角を上げて、バカにしたようにわたしを見る。
「いくら剣が効かないほど腕を頑丈にできる嬢ちゃんでも、頭部は弱いんじゃねえのか? 部下に殴られて、気絶してたもんな。そいつは首元にあるし、しかも爆発だ。衝撃は剣の比じゃねえぜ?」
髭男が首輪の恐ろしさを語る一方、わたしはこの首輪を作った魔法使いに、ムカムカとした怒りを覚えていた。
……なんてものを作るのよ。これを発明した人は、性格が最悪ね。いつか会うことがあったら、絶対に一発ぶん殴ってやるわ!
わたしは密かにそう決意しながら、髭男を見上げた。そして、ふと思いついた。
「じゃあ、わたしが今これを壊せば、ここにいるあなたたちを巻き添えにできるってこと?」
そう問えば、周囲にいた男たちはみんな、ゲラゲラと笑い始めた。
「ガッハッハッハ、嬢ちゃん、そりゃあ無理な話だ。そんな大きな威力にすると、自暴自棄になって、主人を道連れにしようと首輪を壊す奴隷が出てもおかしくないだろ? 残念だが、爆発の規模はそれほど大きくない。爆発すれば、間違いなく奴隷の首は弾け飛んで死ぬ程度の威力はあるがな」
クックックと笑う、腹の立つ髭男の鼻を明かせる時が、やっと来たのかもしれない。
わたしはにっこりと笑って、首輪に手をかけた。
「ふーん。でも、試してみないとわからないわよね?」
その場にいた男たちがピタリと笑うのを止め、驚いた顔でわたしを見る。
「なっ! おい、やめろ。本当に爆発するんだぞ!」
せっかくできたわたしという奴隷を失いたくないのか、髭男が焦った様子でわたしを止めようとしている。
しかし、わたしはためらいなく、首の魔道具に力を込めた。
「やめろっ!!」
「ひぃっ!」
「うわあああ!?」
バキバキバキッ!
両手でグイッと広げるように力を入れると、首輪はあっけなく壊れた。さすがに目の前でわたしの首が飛ぶのを見るのが恐ろしいのか、何人かの男たちが怯えた声をあげて目を逸らした。
ボンッ!!
そして壊れた首輪は、わたしがそれを投げ捨てる間もなく、バチッと危険な音をたてると、激しい音と共に爆発した。
もうもうと、わたしの上半身を煙が包み込んだ。
「……ッ、バカ野郎……!」
ギリ、と髭男が奥歯を噛み締めるような音がした。
それをわたしは、しっかりと認識していた。
「……!?」
わたしの体がいつまでたっても倒れないことに、やっと男たちが気づき始めた。
煙が晴れると、きちんと首と胴体が繋がったままのわたしの姿を視界に捉えた男たちが、様々な表情をこちらへ向けていた。
驚きや恐怖の感情を向ける男たちの中で、髭男はなぜか一人だけ、驚きながらも喜びの表情を浮かべていた。
まだわたしを奴隷にすることができると思っているのか、わたしが死んでいないことが嬉しいらしい。
わたしはまだ煙をあげている首輪だったものの残骸をポイッと投げ捨てた。わざと怯えている男の方へ投げると、その男は「ヒィッ」という情けない声をあげて身をよじっていた。
「ふん、爆発がなによ。わたしは昔、屋根の上で遊んでた時に、煙突の穴から燃えてる暖炉に落ちても無傷だったのよ。これくらいへっちゃらなんだから!」
あれは四歳の時だった。落ちたことにびっくりして身を固くしていたら、火も衝撃も、全然平気だった。わたしって結構頑丈なんだなと、初めて知った瞬間である。
料理をしていたら暖炉から娘が落ちてきたので、母は相当驚いたらしい。しかも、服に火がついた状態で、暖炉から出てきたのだ。
いつの間に屋根に登ったのかと母に怒られ、泣かれながら、二度と屋根で遊ばないときつく約束させられた苦い記憶が蘇る。
「ハハハッ……やっぱりとんでもねぇ嬢ちゃんだ! どうだ? 俺と一緒に、この国を……」
バキィッ!!
なんだかよくわからないけれど隙だらけになっていた髭男の顎に、わたしの拳がクリーンヒットした。
ぐるんと髭男が白目をむいて、ドォンと倒れた衝撃で床を揺らした。興奮からか高揚からかわからないが、完全に油断していたところを攻撃できたようで、髭男は回避も防御もできず、一撃で床に沈んだのだった。
わたしは、ようやく髭男を一泡吹かせることに成功し、にんまりと笑みを浮かべた。
「あなたなんかと一緒に何かするなんて、絶対にお断りよ!」
気絶している髭男にそう言ってやると、少しだけ気持ちがスッキリしたのだった。
そして残った男たちにくるりと向き直ると、わたしはキランと目を光らせた。
「あ、兄貴!」
「兄貴がやられた!」
「おい、これマズくないか!?」
「ヒィッ! く、来るなぁ!!」
わたしはそうわめく彼らめがけて、ダッと駆け出した。
ドガッ! バキッ! ドゴン! ドッカーン!!
「ぎゃああああ!」
「ブベッ!」
「ガハッ!」
「ぐっふぉおお!」
髭男以外は、誰もわたしの攻撃に対応できる人はいなかったようで、わたしはあっという間にその場にいた男たちを全員倒すことに成功した。
「ふう、やったわ。完全勝利ね!」
死屍累々となった部屋の物陰から、クロがひょこっと姿を現した。
《……さすがだな、キアラ》
「あっ、クロ! さっきは助かったわ。ありがとう!」
後ろから攻撃された時、クロが念話で教えてくれたので、ちゃんと防御することができた。あの時油断したまま殴られていたら、またしばらく気絶してしまっていたかもしれない。
《いや。むしろ、あれくらいしかできなくてごめん》
「何を言ってるの? すっごく助かったわ。やっぱり、クロは最高よ!」
なぜか少し申し訳なさそうなクロをひょいっと抱き上げ、しっかりと目を合わせてそう言うと、クロはやっと少し表情を緩めた。
《それより、早くここを出よう。これだけの施設だし、きっと他にも仲間がいるはずだ》
「そうね。よーし、脱出するわよ!」
わたしは、意気揚々と部屋を出た。
しかし、すぐにその足を止める。
部屋の外は、無機質な雰囲気の石造りの廊下が左右に向かって続いていた。どうやら、すぐに出口というわけにはいかないようだ。
……というか、そもそも、ここはどこなのかしら?
あんな、武器や拘束具だらけの部屋なんて普通ではないし、ここはひょっとして、あの悪いやつらのアジトなのだろうか。
母を人質に取ってわたしを攫おうとしたり、わたしを奴隷にしようとしたりしたのだから、あいつらがめちゃくちゃ悪いやつらなのは間違いない。
……あんなやつらを捕まえて取り締まるのも、領主の仕事のはずよね? まったく、あのブーゴン男ったら、本当に役に立たないんだから!
「クロ、どっちが出口かわかる?」
《ごめん、わからない。俺はキアラのポケットに身を潜めて、ここまで来たから》
「えっ、わたしのポケットに入ってたの!?」
……確かにこのポケットは大きいし、クロは小さいから入るだろうけど、まさかそこまでしてついてきてくれるなんて。
「危険なのに、わたしを助けようとしてついてきてくれたのね。ありがとうクロ!」
《……いいから、早く行こう》
クロはそっけない態度でツンと顔を背けたが、きっと照れ隠しに違いない。
そんなクロに、思わずふふっと笑みがこぼれた。
「じゃあとりあえず、こっちに行ってみようか?」
どちらが出口かはわからないので、とにかく進んでみるしかない。
わたしはクロと一緒に、左へ向かって走った。
そしていくつか角を曲がると、開けた場所に出た。
「えっ……なにこれ……?」
わたしは想像もしていなかった状況に、一瞬にして固まってしまった。
辿り着いた場所は行き止まりになっていたのだが、わたしが驚いたのは、それが理由ではない。
そこが、まるで悪人を閉じ込める、牢屋のようだったからだ。
鉄格子がはめられたたくさんの部屋の奥に、ボロボロの服を着た人たちが何人もいた。
そのほとんどが、痩せ細った体に虚ろな目をしていて、うずくまるように地面に腰を下ろしている。
「……ここって、もしかして、捕まえた奴隷たちを閉じ込めておく場所なの?」




