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パパになってくれませんか?

 アロアロは診療所に毎日通い続けた。老婆に言われた雑務をきちんとこなし、時間の空いたときにはレーナの部屋で依頼の絵を描いていた。フリットもたまに見舞いに来ては、少しずつ確実に回復していくレーナを見て安堵していた。


「アロアロも休憩中か。……って、俺が入ってきても見向きすらしないとか、どんだけ絵に集中してんだよ。……まぁ、いいか。レーナ、身体の傷の方はどうだ?」


「痛みは取れたよ。少しなら自分で立って歩くこともできる。博物館に行くためにも早く治さなきゃね」


「博物館、か……」


 レーナの前向きな発言にフリットは顔を曇らせた。


「浮かない顔だね。どうしたの?」


「どうやらしばらくの間、休館になるらしいんだ。理由は明確にされていないが、魔神種の侵入を恐れた上での、警戒強化によるものだと推測している」


「休館しちゃうの? しばらくの間っていつまで?」


「しばらくはしばらくだ。安全が約束されるまでだろう」


「そっか。残念。行きたかったなぁ……」


 三人で博物館に行くのを楽しみにしていたレーナは、フリットの報告に大きなショックを受けた。そして、さらなる追い討ちがフリットから告げられる。


「俺はもう王都に用が無くなった訳だし、明日にでも他所へ旅立とうと思っている」


「え!? そう……だよね。せっかく仲良くなれたのに、寂しいな」


「またきっと、どこかで会えるさ」


 フリットがいなくなるのは寂しいが、ゴーレムの素材集めの邪魔はしたくない。せめて見送りくらいはしたかったが、まだ外出ができるほど、身体の毒素は抜けていなかった。


 二人の会話中、アロアロは無言で絵を描き続けていた。フリットが旅立つことに興味が無いとかではなく、単に夢中になりすぎて会話が頭に入っていないだけなのだ。


「ところで、アロアロはさっきから何を描いているんだ?」


 フリットがスケッチブックを覗き込むと、アロアロはペンを走らせながら小声で答える。


「これは立ち絵です。ウサギの獣人。レーナの分身でもあり、もう一つの姿。これをケモVって言うんです。もふもふで、すごく可愛いんです」


「なるほど……。確かに可愛い絵だ。ぬいぐるみにしたら子供たちに売れそうだな」


「ぬいぐるみ……ですか?」


 アロアロは手の動きを止めて目を丸くした。


「ぬいぐるみ……。なるほど、ぬいぐるみですか……。あっ!」


 いきなり立ち上がり、ポンっと手を叩く。


「レーナ! 大発見です!」


「な、何? 急にどうしたの?」


 たった今、昼の分の聖水を飲み終えたばかりのレーナは、驚いて口から吹き出しそうになった。


「ケモVのぬいぐるみを作って、それを3Dモデルの代わりにしましょう! ぬいぐるみを動かして配信するんです!」


 聞き慣れない言葉の羅列にフリットは首を傾げる。一方、レーナは親指をグッと立てて喜んだ。


「そのアイデア、凄く良い!」


「ですよね! レーナの身体の動きに合わせて、フリットにぬいぐるみを動かしてもらうんです!」


「採用! 傀儡師のフリットなら出来るはずだよ」


「おいおい、待ってくれ。一体、何の話をしている?」


「配信の話です!」


 アロアロは身体を乗り出し、フリットに顔を近づけた。


「ちゃんと俺にも分かるように説明しろよ。お前らと違って、俺はこっちの世界のことしか知らないんだ」


「あのですね。フリットさんにはケモVのぬいぐるみをレーナの動きに合わせて操作して欲しいんです」


「人形劇でもするつもりなのか?」


「感覚としては……それに近いかもです! フリットさん、私たちに力を貸してくれませんか? レーナの……パパになって下さい!」


「パパ!? パパって何だよ! まぁ、魂を持たない物なら何でも操ることは可能だ。しかし、俺にはゴーレムの素材を集めるという目的がある。お前らの遊びに付き合ってやることはできないんだよ」


「遊びじゃ無いよ。それと、私たちも素材集めの旅に同行する。目指すは魔王城! 耐久生配信! お願い! フリットの力を貸して!」


 フリットは訳が分からなくなり頭を掻いた。


「悪いことは言わない。魔王城に行くのだけはやめておけ。最近は魔王が復活したなんて噂も聞く。危険すぎる」


「それなら心配いりません。こう見えてレーナは凄く強いし、私も一緒なんです。だから安心して下さい」


 アロアロはドヤ顔で杖を構えてみせた。


「お前が一緒だから余計に危ないんだ」


 呆れ返るフリットに、レーナは真顔で説得を始める。


「フリット、聞いて。最終的な目的地は魔王城だけど、そこまでの経路はフリットに合わせるつもりだよ。フリットには当然お金も払う。魔物が現れても私が退治する。悪くない話だと思わない?」


「そうだな。ちょっと考えさせてくれ……」


 フリットはあれやこれやと考え始めた。今までは、危険な場所に行くときには必ず傭兵を雇っていた。と、言うのも、フリット自身は剣を振るえず、傀儡師ということを伏せれば、ただの一般人と何ら変わりないからである。だが、レーナが一緒なら、いちいち傭兵を雇う手間が省ける。確かに悪くない話だ。


「二つだけ条件がある。一つ目は、俺はお前らから金を受け取らない」


「どうしてですか? 私たちが歳下だから気を遣ってるんですか? 依頼に対する報酬を払うのは当然のことです。それを拒む理由が分かりません」


「いいや、気を遣うとかではないんだ。すまない。言葉が足りなかった。金を貰わないのは、むしろ俺の方がレーナに護衛を頼みたいからなんだよ。だから、報酬は相殺で良いんじゃないか?」


「なるほど……。フリットさんがそれで良いならそうしましょう。ところで、前から思ってたんですが、フリットさんって、レーナのことが好きですよね?」


 アロアロの突然の発言に二人は顔を赤くした。そして、フリットは額から汗をダラダラ流し、レーナの目は完全に泳いでしまっている。


「もしかして、両思いでしたか?」


「バ、バカを言うな! 出会ってまだ日も浅いんだぞ。何を根拠にそんなことを!」


「そうだよ! 私たち全然そんなんじゃ無いんだから!」


「ん〜。気のせいですかね。フリットさんってレーナといるときは凄く自然体ですし、気も緩んでるというか、楽しそうというか……。レーナも満更でもないって顔してますし……」


「満更でもないって、どんな顔よ!」


 アロアロにそのような目で見られているとすれば、間違いなくあの一件があったからだろう。確かに、あれから二人の距離は近くなった。だが、誤解である。話せばきっと分かるはず。レーナはそう思った。


「ねぇフリット。あの日のこと、アロアロに話してもいい? なんか、凄い誤解してるみたいだし」


「あぁ。俺は構わない。なんせ、俺は何も気にしてないんだからな。気にして無いのだから、何も拒む理由は無い」


 ここまで言うと、さすがに嘘がバレる。


 レーナは誤解を解くため、アロアロにあの日の出来事を話した。話を聞いている途中、アロアロは驚いたり顔を赤くしたりしていたが、最後には気まずそうにしながら、二人へ深々と謝罪した。


「私の帰りが遅かったばかりに、とんだご迷惑を……。特にフリットさんには何とお詫びすれば良いのやら……」


「身体の不自由な者を助けるのは当然だ。だから、俺には謝らなくていい。それより二つ目の条件について話して良いか?」


「そうでした! 二つ目の条件は何ですか?」


「二つ目の条件、それはアロアロの体力についてだ」


「私の体力ですか?」


「そうだ。旅に出るまでに多少は身体を鍛えておいてくれ。今のお前では、すぐ脚がパンパンになって歩けなくなるのがオチだ」


 馬車を使った優雅な旅のイメージをアロアロは勝手に抱いていたが、聞けばフリットは馬車など使わないらしい。フリットに合わせる旅である以上、アロアロはこれを受け入れなければならない。


「確かにどこ触ってもプニプニだもんね」


 レーナはアロアロの二の腕を摘んでみせた。わらび餅のような柔らかさに思わず苦笑する。


「こんなんじゃ杖を振ることもできないね」


「杖くらい振れますよ! 分かりました。私だって、足手まといにはなりたくないですし。体力作り、頑張ります!」


「では決まりだな。楽しい旅になりそうだ」


 ぬいぐるみを操り、それを見せ物として金を稼ぎながらの楽しい旅。フリットはそんな風に思い描いていた。魔王城耐久生配信の意味は分からなかったが、それについては深く考えなかった。


 アロアロは老婆に呼ばれて部屋から出ていった。フリットはアロアロの足音が聞こえなくなるまで待つと、先程までとは違う表情でレーナに語りかけた。


「お前の言った通りだった。見回りの兵士たちの中には、影に妙な動きのある者たちが紛れ込んでいた。だが、注意深く見ないと気付かないレベルだ。それに一人や二人じゃない。かなりの数がいた。俺の目から見ても、そいつらの正体が魔神種とは思えないほどに自然だった。なぁ、あれは本当に魔神種の化けた姿なのか?」


「うん。それは間違いないよ。私たちは実際にそいつらが魔神種になるのを見ているしね。腑に落ちないのは王宮騎士団が奴らの正体に気付いてないことだよ。平和ボケしてるのか……ま、気付かない方が今は安全なのかもしれないけど」


「どういう意味だ?」


「たぶん、奴らの狙いはアロアロなんだ。なるべく騒ぎを立てずに捕まえることが目的だとしたら、街中で無闇に暴れたりはしないでしょ。魔神種にも慎重にやらなきゃいけない事情があるんだよ。こちらが手を出さなければ、向こうから攻めてくることは無いんじゃないかな」


「確か、アロアロは記憶を無くしてるんだよな? あいつが持ってる杖が、何か関係してたりはしないのか? 例えば、魔神種の狙いがアロアロの杖という可能性は?」


「どうかなぁ。ちゃんと調べてみないと分からないけど、奴らはアロアロ本人を捕まえようとしてたよ。杖が目当てなら、アロアロを生かしておく必要もないわけだけど、そうじゃなかったし。とにかく、いつまでもアロアロを危険な王都にいさせちゃいけない。今はクリスさんの防御結界で見つからないようにしてもらってるけど、それだっていつまで保っていられるか分からない」


 クリスが見舞いに来た時、レーナはアロアロのことを相談していた。クリスがアロアロの身体に防御結界をかけたことで、魔神種たちからは姿が見えないようになっている。


「防御結界か。優秀な魔法使いがいるんだな」


「その優秀な魔法使いのクリスさんが、アロアロは転生人じゃないかもしれないって言ってたんだ……」


「ん? それはどういうことだ? あいつがこの世界に無い知識を持っていることはお前も良く知っているはずだろ。あの知識は前世で得たものじゃないって言うのか?」


「クリスさんが言うには、何者かに転移させられたんじゃないかって。つまり、アロアロは記憶を無くしたんじゃなくて、元々ここでの記憶なんて無かったんだよ」


「それって言い換えれば召喚ってやつだろ? 召喚魔法は禁じられているはずだ。そんな悪趣味なこと、一体誰がやるって言うんだよ」


「魔族、だろうね」


「ま、そうなるよな。で、このことを本人には伝えたのか?」


「まだ話してない。でも伝えようと思う。アロアロの人生の選択は、私たちじゃなくてアロアロ自身がするべきだと思うから」


 夕刻、レーナはアロアロに全てを話した。アロアロはショックを受けるでもなく、不思議そうに自分の杖を眺めているだけだった。宝玉のついた杖、何故か自分はこれを大事そうに持っている。


「この杖、魔族から与えられたものなんでしょうか?」


「かもしれないね」


「……気持ち悪いので捨てましょう」


「その杖、重要なアイテムかもしれないよ?」


「いかにも呪われてそうですし、不気味ですよ。やっぱり捨てましょう」


「呪われてたら、捨てても戻ってくると思うけどね」


「怖いこと言わないでくださいよ」


 案の定、杖は呪われていた。夜のうちに捨てたにもかかわらず、次の日の朝にはアロアロの枕元に戻ってきていたのである。


「何なんですか、この杖は! 朝から最悪な気分です……」


 それから毎日、アロアロは体力作りのジョギングがてら、遠くまで杖を捨てに行っていた。しかし、朝になると必ず杖は戻っていた。やはり、かなり強い呪いがかけられているのだろう。


 さらに数日が過ぎた。レーナの身体から毒素が全て抜け切り、あとは外傷の回復を待つだけだった。かなり深く抉られていたので、回復魔法をかけても細胞が元に戻るまでに相当な時間がかかっていた。


「あら? 今日も本を読んでいるのね」


 クリスが見舞いにきた。その手にはウサギ顔の獣人のぬいぐるみを持っている。


「それって、もしや!」


「ついに出来たわよ」


「わぁー! 頼んでたぬいぐるみが完成したんですね! ありがとうございます!」


 無邪気な子どものように喜ぶレーナを見て、クリスはクスッと微笑む。


「新衣装の着替えにも対応できるよう、服は着脱式にしてあるの。私、こういうとこには抜かりが無いのよ?」


 もふもふの体毛や、レーナとお揃いにしてある衣装まで、再現度はばっちりだ。手には着脱式の特大ブーメラン。外して背中につけることもできる。全体のサイズはリンゴ3つ分。鞄に入れても邪魔にならない。


「凄いなぁ。クリスさんが旅についてきてくれたら、ものすごく心強いんだけど」


「私も一緒に行けたら良いんだけど、施設を留守にする訳にもいかなくて。ごめんね」


 レーナのような転生者たちにとって、施設やそこで働く者たちの存在は欠かせない。無理は言えないことをレーナは理解していた。それでも、離れたくないという気持ちまでは隠せない。魔神種の蔓延る王都にクリスを残していくことにも不安がある。


「王宮騎士団に紛れ込んでる魔神種のことですが、私がギルドでお世話になっていたチームの団長には話を通しておきます。何かあったらその人を頼ってみて下さい」


「ありがとう。その人はレーナにとって頼れる人なのね。心強いわ」


 そして、ついに旅立ちの朝がやってきた。

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